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傾くフレーム、色づいたレンズ

「おはよう。彩風くん」


「ああ、委員長おはよう。気づかなかった」


「すごい剣幕だったけど、なにをそんなに一生懸命見てたの?」


 委員長はほんの少しだけ前のめりになると、僕に向いていた黒目をちらりと机の上へと落とした。銀色のフレームは角度を変え、また別の箇所で朝の透明な光を跳ね返す。

 彼女の視線の先にあったのは僕のスマホだった。ついたままになっていたその画面には、送られてきてから一週間近く放置している織部あてなからのDMが表示されていた。

 まずい。慌てて電源を消すと、画面は一瞬で真っ黒に塗りつぶされた。僕のとっさの行動に、委員長の瞼がきょとんと見開かれる。首を傾げ不思議そうに揺れる瞳のなかには、曖昧な笑みを浮かべた僕が映り込んでいた。

 委員長がどれほどの興味があって聞いてきたのかはわからない。僕がネットで活動していることを隠している以上本当のことを言えるはずもなかった。

 もし本当のことを話したら委員長はどんな反応をするのだろう。おそらく、うん、うんと真剣に聞いてくれる。でも、彼女にとって配信の話なんてつまらないものになったに違いない。

 感性の違いが生み出す気まずい空気に触れ、自分が持つ配信に対しての好意的感情がぐらつくのが怖い。ならばこれ以上話を広げないほうがいい。彼女の好奇心が尾を引かないよう冷静を装って質問に答える。


「いや、たいしたものじゃないよ。それに、たぶん委員長が見ても面白くないものだと思うし」


 だから、気にしないで。口角を上げなだめるように吐き出した台詞に、委員長は、あ、そうと細い声でつぶやいた。差し込む日光が一瞬だけ彼女のレンズを白く染め、薄茶色の瞳をすっぽりと隠す。

 空気に優しく馴染むいつもと変わらない委員長の声。しかし、その声音に得体のしれない感情の塊を感じとった。刃物で突き刺されたような痛みが僕の心臓に走る。

 ハッと息を呑み、委員長の表情を確認する。だがそこにはあったのは、お姉さんのような精神的余裕を思わせる見慣れた彼女の顔だった。

 その微笑みを引き剥がして裏に隠した感情を知りたい。衝動的に湧き上がった思いは、すぐさま喉の奥へと戻っていった。相手の本心に触れることに尻込みし、開いた口を動かすことができなかった。


「それはそうとこの前に渡したプリント確認してくれた? そろそろ次の集まりがあるんだけど」


 僕だけが感じていた不穏な空気を、委員長の言葉があっという間に僕を日常へと連れ戻す。最初からそうだったと思わせる彼女の口調。その平静な態度に、全部早とちりだったかもしれないという考えが僕のなかで固まりつつあった。


 プリント。そういえばそんなものがあったなと頭の端っこに追いやっていた記憶が蘇ってきた。

 委員長から渡されたプリントは、そのときに確認して以来見ていない。貴重なコレクションを扱うような厳重さでクリアファイルに保管されたままだった。

 取り出していない以上、当然内容の確認なんてしていない。バツが悪く、僕の視線が彼女の目からゆっくりと逃げていく。


「……すみません。見てないです」


「だと思った」


 怒られると思い身構えた僕に反して、委員長の反応はあっさりしたものだった。急に縮こまった僕が面白かったのか、口に手を添えて彼女はふふっと笑みをこぼした。軽く触れている指の向こうにある白い頬が、愉快げにほころんでいる。


「聞いといてよかったー。ちゃんと見ておいてね」


 保育園の先生が園児に語りかけるような口調だった。丁寧に言い聞かせると、踵を返して自分の席へと戻っていった。すらりと背筋が伸びた後ろ姿を目で追いかけながら、頬杖をつく。さっき委員長から感じた冷たさはなんだったんだろうと考えてみるも、結局彼女からはなにも異変は感じなかった。

 やっぱり僕の気のせいだったかもしれない。そう結論づけ、僕は心に引っかかっていた杞憂きゆうを取り外した。


 そんなことよりいまは委員会のことだ。次はどんな理由でサボろうかと、それ以外の思考をすべて追い出して頭をフル回転させた。


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