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手強いひとたち

「……脅してみるとかどうですか?」


「えっ?」


「脅すんです。もう二度とサボることがないように」


 あさがおに配信のことをバラされると言われたときの動揺はいまでもはっきりと覚えている。こちらもあさがおの弱みを握っていたから相殺できたものの、一方的だったらいまごろ僕は彼女の奴隷になっていたかもしれない。

 でも、いいのかなぁ。そう思案げに心は十代さんがうなっている。画面の前で眉間に皺を寄せて困惑している姿が、その声色から伝わってきた。

 たとえ相手が自分を困らせている原因だとしても、その人を傷つけることに抵抗があるのだろう。おそらく彼女は本当に優しい人なんだと思う。

 でも、その優しさに付け込まれているのだ。ヘッドホンの向こうはいまだに葛藤しているようだったが話を続ける。


「きっと心は十代さんは優しすぎるんですよ。頼めばなんでもやってくれるからとその同僚さんは甘えてるんです。だから生半可な対応をするよりも少し強引な荒治療をしたほうが今後のためになると思います。なにか弱みとか持ってたりしませんか?」


 そう問いかけるとピタリと音がなくなり沈黙が生まれた。マイク越しに伝わる緊迫した空気に息が詰まる。喉の奥から込み上げるざらりとした不穏な感触に首を傾げていると、空気を吸い込む微かな音を耳が捉えた。

 次の言葉に意識を集めると、彼女は危ないものを取り出すようにおずおずとつぶやき始めた。


「……まあ、あるにはあります」


「あるのなら話は早いですね。それを使って仕事をやらせましょうよ」


「でも、いいんですかね。そんなことしても」


「いいんですよ。だってそうでもしなきゃ心は十代さんはずっと大変な思いをするはめになるじゃないですか。リスナーがそんな目に合うの僕は嫌です」


 背中を押すようにきっぱり言い切る。

 しかし、彼女の良心はまだ揺らいでいるようだった。


「ほんとにいいんですかね?」


「はい。大丈夫です」


「ほんとに? ほんとにいいんですか?」


「いいんですよ。これまでのこともあるだろうし、ここで一発ガツンとやってやりましょう!」


 勢いよく飛び出した言葉が、部屋のなかに散らばっていく。ふくろうが描かれた、心は十代さんのアイコン。それを見つめながら、僕は大きく頷いた。

 無音のノイズがさらさらと耳をかすめていく。なぜか呼吸をするのもはばかられて、ぐっと唾を飲み込んだ。空気が張り詰める。

 じっと硬直していると、よし! と活気に満ちた声が飛び込んできた。踏ん切りがついたのだとすぐにわかった。


「わかりました! ちょっと申し訳ない気持ちもありますけど、ディーテさんがそこまで言うならガツンとやってやろうと思います!」


 放たれた声はまるで別人だった。キラキラと明るさを纏った声はどこか楽しそうだった。それだけで嬉しい気持ちになる。

 まだ解決には至っていないが、彼女の悩みに貢献できたという実感が込み上げてくる。なんだかくすぐったい。気づいたら笑みがこぼれていた。


「はい。応援してますね!」


「進捗があったら報告しますね。今日はありがとうございました。初めての凸だったからすごく緊張してたんですけど楽しかったです」


 それでは、とお互い別れを告げる。二人の嬉々とした声が電波越しに重なり、温かな気持ちで通話終了のボタンを押した。吐き出された安堵の息はわずかに熱を帯び、マウスに添えた手の甲をふわりとなでる。いますぐにでも飛び跳ねたい衝動が、ソワソワと神経を急かしていた。


 やってやった、と身体の前で拳を握りしめて天を仰いだ。心は十代さんの反応を見るに、僕の対応は成功だったと言ってもいいだろう。ふつふつと湧き上がってきた手応えが心をくすぐっている。通話終了のボタンの上で佇んでいるカーソルにはどことなく達成感が漂っているように見えた。

 それ見たことか。これで馬鹿にしてきたあさがおを見返すことができる。きっとリスナーも称賛してくれているに違いない。高まっていく期待に身を委ねながら、通話に集中してあまり見れていなかったコメント欄に目を向けた。


【脅せは草】

【絶対もっといい案あっただろwww】

【現実的じゃなさすぎる】

【弱み持ってなかったら悲惨だったなw】

【脅すはさすがに「ない」】


 左胸の辺りから、バキッと亀裂が入った音が鳴った。熱くなっていた心が、辛辣なコメント郡に急激に冷やされていく。ほころんでいた表情に皺が集まっていき、気づいたらしわくちゃに歪んでいた。手元に落ちていた安堵の息を再び吸い込み直し、怒りと一緒にめいっぱいに肺を膨らませた。


「なんだよ。最高の案だったでしょ! 凸者も喜んでたの聞いてたでしょ。なんなんだおまえら! 好き勝手言いやがってさあ!」


 力のこもった声も【草】や【w】といったコメントにあっけなく流されていく。

 基本的にリスナーたちは僕を舐めているのだ。あさがおと同様にこいつらを認めさせるのはなかなか骨が折れそうだと思った。そう馬鹿にしていられるのもいまのうちだと俄然やる気が湧いてくる。


 マウスを握りしめる。力んだ右手のなかでマウスがギシリと悲痛な叫びのような音を鳴らした。


「はい。うるさいコメントはほっといて次の人に行きまーす」


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