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お年頃なオバケが抱えていたもの

「……ねえ。なにしてんの」


 正体不明の白い塊の正体は、布団を抱えたあさがおだった。

 自分より大きな布団を懸命に両手を広げて運び、床の上にそれを落とす。

 そして僕の声に反応する素振りを見せることなく部屋を出ていくと、今度は一回り小さい掛け布団を運んできた。


「え、なに。ここで寝るの?」


 目の前に広がる異様な光景に、湧き上がる疑問を抑えることはできなかった。が、またしても僕の声は無視されてしまった。

 あさがおは床に膝を付き、脇目も振らずにベッドメイキングに勤しんでいる。その小さな背中からは、誰からの問いも寄せ付けない鋭利な気迫が伝わってきた。


「あーあれか。さては怖くて一人で寝れなかったんだな」


「うるさいよっ! だってしょうがないじゃん。お母さんたちもう寝ちゃったし、ここしかなかったんだよ!」


 図星だったようだ。

 あさがおは髪を乱しながら振り向き、そこでようやく僕の存在を認める。ギリギリで堪えていた黙秘が崩れ、ダムが決壊したみたいに感情が溢れ出てきた。

 鬼気迫る表情で訴えているが、深夜ということもありささやき声で叫んでいるその様子はチグハグで可笑しかった。


「まあー、別にいいけど?」


 自ずと声色がほんのりと高くなってしまう。彼女には悪いが、こんな状況に笑わずにはいられなかった。

 したり顔で見やった僕に、あさがおはムッと顔をしかめる。その表情が紅潮して見えるのは、きっとお風呂上がりという理由だけじゃないだろう。なんだか昔の自分を見ているようだった。


 小さい頃の僕は怖いものが苦手なくせに、よく心霊番組を見ていた。テレビが好奇心を引っ張ってくるのだからしょうがない。

 そして、当然のごとく恐怖に打ちのめされた僕は、一人じゃ怖いという気持ちと、母にすがるのは恥ずかしいという二つの気持ちに揺れ、最終的に母にピタリとくっついていたのを思い出す。

 そのときの僕もいまのあさがおのように「別に好きで一緒にいるんじゃないですけど?」と、無理にふてくされた態度をとっていた。


 そういえば僕と一緒にテレビを見ていることが多かったあさがおは、そのたびに道連れになっていたっけ。まさに今日の出来事と同じだ。歴史を繰り返す僕ら兄妹に、吹き出しそうになった。


「ニヤニヤすんな」


「ごめんごめん」


 皺が寄った顔から、ひりついた圧力が浮き出ている。

 年頃の女の子には屈辱的な選択なのだろうが、背に腹は代えられない事態だということが伺える。あさがおの葛藤がよくわかるからこそ、少し惜しい気もするがこれ以上追求するのはやめておいた。


「電気消すねー」


 トイレから戻ってきたときにはすでにベッドメイキングは終わっていた。あさがおはクリーム色のまゆに包まれ、頭だけをひょこりと出している。返事はなく、沈黙が漂う部屋にパチッとスイッチの単調な音が響く。

 一瞬で視界は外と同じ夜色に塗りつぶされ、足元に気をつけながら自分のベッドに入った。


「……でん」


「えっ?」


「豆電」


「いや、俺いっつも全部消して――」


「お願い」


 凄みのある口調に、こちらに選択肢がないことを理解する。仰せのままにと、一度入ったベッドから抜け出して豆電球に切り替えた。

 オレンジ色にぼやけた部屋が、いつもと違う表情を見せる。たまにはいいかと、小さく光る光源をベッドのなかから見つめた。


「……ありがと」


「うん」


 少し馬鹿にしておいてあれだが、なんだかんだこの状況は僕にとってもよかったのかもしれない。誰かがそばにいるというのは、それだけで恐怖を紛らわせてくれる。これで余計な妄想に苦しめられる心配はなくなった。

 安堵した途端、恐怖の裏に隠れていた疲労感がじわじわと姿を現してきた。暗幕を下ろすように、虚ろな瞼が視界をオレンジから黒に変えていく。


「ねえ」


 遠のく意識が、あさがおの声によって呼び戻された。なに、とのっそりと頭を上げ、ベッドの下の彼女に目を向ける。

 彼女は僕とは反対の方向を向いていたため、どんな表情かわからなかった。

 視線の先で、グッと小さく喉が鳴る音がした。



「お兄ちゃんはさ、私がその……、ゴッドアフロだと知って、どう思ったの」

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