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苦味のあとだからこそ、引き立つ甘味

「オフ会が成功したのはあさがおのおかげだよ」


「え、なに急に。私なにもやってないけど」


 あさがおは指で目尻を拭い、口角を上げたまま眉をしかめた。純粋な笑みの上に、困惑の色が覆いかぶさる。

 心当たりが無いのは当然だろう。あの日、あさがおはすぐに帰ったのだから。

 標準をまっすぐ彼女に合わせる。いままでせき止めていた感謝の気持ちを、抑えることなく一気に吐き出した。


「俺、自分でオフ会企画しといてなんだけど、実はオフ会行くのめっちゃ億劫だったんだよね。ご存知のとおり社交性もないし、顔見せるのも初めてだったから、そんなやつがオフ会なんてやってもがっかりさせたり期待を裏切って終わるだけになるんじゃないかって。それでオフ会前日に『不安になってきた……』みたいなツイートしたんだけど覚えてる? それにあさがおがリプくれたんだけど」


「まあ、覚えてるけど」


「そのリプがちょー嬉しくて。えーっとね、『私、ディーテくんに会えるだけでも幸せな――」


「あー! ちょっとちょっと! 読まなくていいからそんなの!」


 スマホを開いて実際に読み上げていると、空気を裂く勢いで飛んできた彼女の手に遮られてしまった。

 色白の手のひらが、スマホを握りしめて画面を隠す。荒い息を吐くたびに、肩が大きく揺れている。ゆがんだ唇から熱を排出する姿は、蒸気機関車を思わせた。長い睫毛に縁取られた瞳に、厚い水膜がたゆたっている。


「なんで止めるのさ」


「覚えてるし、わざわざ、読まなくていいから……」


「えーいいじゃん。冗談抜きでこのリプに助けられたんだってば」


「わかったから、もうスマホしまってよ。じゃないとそのリプ、私のほうで消すよ?」


 殺気が香る力強い声色に、しょうがなくスマホを閉じる。

 せっかくこっちは感謝を伝えようとしているのだ。素直に受け取ってくれてもいいのにと口を尖らせる。

 あさがおはこちらにリプを読む意思がないことを確認すると、ソファーに座り直した。「あぁー」と悶絶しながら、手のひらで両頬を覆っている


「でもさ、このリプがあったおかげで、リスナーがこんなにも俺を信用してくれてるのに当の本人が落ちてたらダメだな、オフ会の成功は全部俺に懸かってるんだなって気付かされたんだよ。正直言うとね、あの日、あさがおが帰った後、俺もオフ会なんて放り投げて逃げようかと思ってた。もうオフ会ができるほどの気力が残ってなかったから。だけどあさがおのリプを思い出してさ、他のリスナーまでも傷つけちゃいけない、来てくれた人のためにもしっかりやり遂げなきゃって思えたからこそオフ会を成功させることができたんだよ。もしあのリプがなければオフ会はもっと悲惨なことになってたと思う。だからすごく感謝してる。ありがとう」


 溢れ出る感情の粒が次々に言葉を形成していく。妹という存在にここまで自分の感情をさらけ出したことはいままでなかったかもしれない。しかし不思議と照れや恥ずかしさを感じることはなかった。

 僕が話している間、あさがおはひっきりなしに両手で顔をパタパタと扇いでいた。「へぇー。そりゃどうも」と、素っ気ない返事を寄こす。高いところにいた太陽が地平線に向かって傾き、影を少しだけ伸ばす。のどかな休日を演出していた日差しが、柑橘系のソースみたいにパフェをほのかな黄色に染めた。


「パフェ美味しかったよ。ごちそうさま。そのケーキも全部食べちゃっていいよ」


 手元のパフェを押し出すと、容器の底に溜まっていた水滴が引きずられテーブルの上に線を付けた。僕からあさがおへと繋がる水の粒が日光に照らされ、ガラスの粉を撒いたみたいに輝いている。


「えっ、お兄ちゃんケーキひとくちしか食べてないじゃん。本当に全部食べちゃっていいの?」


「どうぞどうぞ」


「じゃ、お言葉に甘えて。ふふっ、ありがと」


 パフェとケーキ。両サイドにスイーツがそろい、あさがおは満足そうに笑ってみせた。その笑顔を見てなんだかほっとした気持ちになる。

 コーヒーを手に取り最後のひとくちを飲み干した。空になったカップの底は白へと戻り、覆っていた黒は綺麗になくなっていた。


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