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最悪? な偶然

「オフ会ってさ、楽しかった?」


「うぇっ? オフ会?」


 予想外の質問だった。逃げ出したい気持ちがびっくりして飛び跳ね、その場に立ち止まる。

 まさかあさがおのほうからオフ会のことを聞かれるとは思ってもみなかった。呆然と見開かれた僕の目に、あさがおの冷たい視線が突き刺さる。


「なに、その反応」


「え、いや、なんでもない。えーっと、オフ会だっけ? オフ会は楽しかったよ。生まれて初めてのオフ会だったからなにもかも新鮮だったし、リスナーと直接会うことで『俺はこの人たちに応援してもらってるんだな』って肌で感じることができたからやってよかったと思ったよ」


「へぇ、そう」


 オフ会のことを素直に伝えるも、質問の意図がわからず授業の音読みたいな抑揚のない声になってしまった。

 チラチラと反応をうかがっていると、彼女はおもむろにパフェをひとくちぶん含んだ。喉が上下し、仰々しい息が吐き出される。ずいぶんと悲しみに満ちた、重たい吐息だった。


「私も……、私もオフ会行きたかった。いつも仲よく絡んでくれるリスナーさんとも会ってみたかったし、迷子になって慌ててるところも見たかった。カラオケとかボウリングとかみんなでいろんなところに行って遊びたかった」


――ディーテが兄じゃなければ。という言葉がそこには続くのだろうと思った。


「ごめん」


「謝らなくていいよ。別に悪いことしたわけじゃないんだし」


「あさがお、オフ会でどんなことをしたのか知ってるんだね」


「まあ、あの日の配信一応最初から見てたし」


「そうなの? てっきり最後だけ来たのかと思ってた」


「ううん。最初からいた。だって私がどんな理由でオフ会に来てないことになってたのか知らなかったもん。だからお兄ちゃんの発言とズレがあったらまずいかなと思って、理由が聞けるまでコメントしなかった」


――あー、急用ができたらしくて。


 あの日の配信終了間際に言った言葉が脳裏に蘇る。

 あさがおは僕がゴッドアフロの不参加の理由を『急用』にしたことを知らなかった。だから僕の嘘と齟齬そごが出てしまってはいけないと、僕の口から不参加の理由が出てくるのを待っていたのだ。あの日の夜はそんなことを考える余裕はなかったはずなのに。

 リスナーとしての別れを告げる投げ銭を送るにしてもそうだ。終わる直前に送ったのは、配信の雰囲気を壊さないようにするための配慮だろう。


「ありがとね。いろいろ気を使ってくれたみたいで。俺なんてなんにも知らないで普通に配信してたし」


「それはいいよ。だって配信やるって約束してたじゃん。しょうがないでしょ」


「そう言ってもらえると助かる」


「そんなことよりさ、お兄ちゃん早くそれ食べなよ。で、食べたら少しちょーだい」


「あ、あぁ、そうね」


 そう促され、でき上がった状態のままで佇んでいたケーキをひとくち食べた。舌の上に広がる密度の高いチョコクリームが、パサパサに乾ききった口内にねっとりとまとわりついてくる。正直味なんてよくわからなかった。


 僕はあさがおに助けられたばかりなんだなと、咀嚼しながら考える。結局自分からなにかを変えることはできていなく、流れに身を任せてるだけになってる。

 兄としての情けなさをケーキと一緒に黙々と噛み締めていると、向かいからカチャリとスプーンが容器に触れる音がした。


「ねえ、前から聞こうと思ってたんだけどさ」


「な、なに?」


 ケーキから顔を上げると、あさがおの細い体躯がなぜかおずおずと縮こまっていた。居心地悪そうに身をよじるその様子が、こちらに動揺を誘ってくる。お腹の前の指は、簡単にほどけないほど固く組まれていた。僕の様子を気にしているようだが、目が合うたびに視線が下へと逃げられる。

 なにをそんなに言いづらそうにしているのだろうか。緊張が空気を伝って僕にまで伝染し、ついまばたきを忘れてしまう。

 いったいどんな質問が飛び出してくるのかと身構えていると、彼女は気まずそうに口を開いた。


「ディーテって名前あるじゃん。あれって、どうやって考えたの」


――えっ? そんなこと?


 緊迫したなかに放たれた彼女の問いは、予想に反してありきたりなものだった。雑談配信のコメントみたいに一切の重みがなく、拍子抜けしてしまう。強張っていた身体が一気に緩んだせいで、思わず関西人並みのコケを披露しそうになった。急に日常的な空気が流れ込み、さっきまでの空気とのギャップに思考がふわふわと浮かんでいく。


 ただ、この考えに考えて生み出した『ディーテ』という名前は我ながら結構気に入っていた。本名がもとになっているせいでいままで配信で語ることはできなかったが、ようやく話せるときが来たと胸がわずかに踊っている。高揚が暗い感情を呑み込み、僕の声音を明るいものにした。


「ディーテはね、名字の『彩風あやかぜ』がもとになっているんだよ。ちょっと強引に変換したところがポイント。そのほうが本名にたどり着かれないからね」


 数学の解を求めるみたいに『彩風』から答えの『ディーテ』へと、ほんの少し得意げに導いていく。


  まず『彩風あやかぜ』を『あふう』って読んで。

 『あふう』の音から『あふろ』を連想して。

 『あふろ』から、ギリシャ神話の『アフロディーテ』って神様に行き着いて……。


 あれ? アフロ?



「あっ……」


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