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~泥濘が呼んでいる~(3)




 "オォォォォオォォォォ………"



 「あれ? 何か音が…」



 南へと筆を進める道中。風鳴りや地響きとは違う、低く連なる音を僕達の耳は捉えた。それは重い金属を圧し曲げる、唸りや轟きとも受け取れる重苦しさを彷彿とさせるものだった。


 歩を止め、僕は身体を伏せながら聞き耳を立てる。



 「…聞こえるね、金属音みたいな音だ」



 窪んだ泥濘が各所に点在している殺伐とした中、誘うように聞こえてくる不協和音は不気味な事この上ない。真偽の入り混ざる人族の噂話が、首都を飛び交うのも納得出来る。


 もう一度辺りを見回す。湿り気と熱を帯びた地面と、自然的な二色に分け隔てられた荒漠たる光景しか見当たらない。先程休んでいた丘も、今となっては陽炎の揺らめきと同化していて、戻る事は出来ない。



 「正体が分からない以上、動くのは得策じゃない。もう僕達の足元に居て、少しでも移動しようとしたら食べられる…なんて事も有り得る。


 此処で少し待機しよう。せめて音が鳴り止むまで…」


 「ど、どうしよう……。ハガネクビヅカって肉食種だよ?」


 「対策はおいおい………なんだって?」



 パーシィの口から聞き覚えのない固有名詞が飛び出してきた気がした為、二度見がてら聞き返してしまった。相対する彼女も『え?』と呆気に取られた様子でを返答を寄越してくる。



 「……もしかして、蟲?」


 「うん。簡単な蟲の調査って、私達の仕事でもあるから…名前とちょっとした生態なら分かるよ」



 蟲の生態調査なんて物は聞いた事も無かった。僕は抵抗権…『武器証明』と『狩猟者資格』を持ち合わせていない身で、蟲と出会そう物なら身を隠すので精一杯だ。


 少しでも蟲に詳しいのであれば、自分達の選択肢は間違いなく増える。見える物も、感じ取る物も変わるだろう。



 「…パーシィ、幾つかの質問がある。ハガネクビヅカの生態についてだ。分かる範囲で構わないから答えて欲しい」


 「うん、任せて。期待に答えられるかは分からないけど…」



 日の位置が全く動かない僅かの間、滲む汗は僕達の体力を蝕む様に奪い去っていく。僕だけならまだしも、パーシィを道連れにする訳にはいかない。




  "オォォォォオォォォォオォォォォオ━━"


 「っ…! すぐ其処にいるっ……!」




 …けれども、限り無い時間は、僕達に話し合いの猶予すら与えてくれないらしい。その場から動けなくなった僕達の目の前には、周囲の色の同化した赤錆の十字架が鎖のように連なっている物が、ゆっくりと動きを伴っていた。


 あれが『ハガネクビヅカ』、泥濘の呼び声の主なのだろう。



 「…蟲の特徴は?」



 彼女の小さくなった掠れ声を聞く限り、『音』は間違いなくダメだろう。であれば色々と背負っている僕達が動くのもダメ。増える筈の手札は一枚、一枚と減っている状況下、僕も小さくすぼめた声で彼女に問い掛ける。



 「特徴…特徴…。 …肉食種だから、私達を餌として食べる。その為に擬態して獲物を待つ。でも、自分からは襲ってこない。音で聞き分けて、物音の方に向かって動く。


 今は動いちゃダメ。…ユリィ、私の手を握って」



 策を考えようとした途端、パーシィの差し出す左手が僕の同じ手に触れる。動くのは得策じゃない事は分かっているが、かといってこのまま蟲の気紛れに付き合い続けるのは僕達の体力を犠牲にし続けるだけだ。


 ……かと思えば、パーシィは僕の否応無しに左手同士を繋ぎ合わせた。



 「……何故?」


 「一纏まりになっておけば、お互いに気が向いて動きづらくなる。……後、純粋に怖いから…かな。


 だってほら、私もユリィも震えてるよ?」




 ……震え?そんな筈は無い。僕は少なくとも目の前の化け物に命を差し出しても良いとすら思ってる。『怖い』の塊の様な、あるいは残酷を体現したかのような。人間の叡知を『無為』にする存在に、一種の希望すら抱いているというのに。




 「気のせいだよ。━━暑さで身体がおかしくなり始めたかもしれない。 あまり音は立てられないのなら、音の立つ物を遠くに投げれば回避は出来るかも。


 僕の鞄に手頃な石ころがあった筈だから、それを泥濘に投げ込もう」



 思わず、彼女の手を離してしまった。冷静さは何とかして保っているが、相変わらず日の光は容赦なく降り注ぎ、僕達を焦がし続ける。このまま動かないでいる方が気が狂ってしまうだろう。


 鞄から取り出したのはもしもの時の為の石ころ。その場から動かず投げた塊は山なりの弧を描きながら、それなりの高度から泥濘へと急転直下した。





 "オォォォォオォォォォ………"




 「………離れていった。 対処自体は結構簡単だったね」


 「そっか、音で反応するんだもんね…。 …ちゃんと生態調査として報告しなくちゃ!」


 「(多分誰かしらしてると思うけど……)」



 金属の音色は遠ざかっていく。僕達も同時に南へと歩を進め始めると、重苦しい音は霧散し、再び僕達以外から『音』が消える。


 ハガネクビヅカが再び現れる可能性もある。此処から先、せめて野営地を見つける所までは歩き続けよう。



 「(………ユリィ、大丈夫かな)」

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