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~泥濘が呼んでいる~(2)





 目の前には、果てを感じさせない赤茶けた錆色が、明確に雲外蒼天を隔てた空があった。風景を描画する記録屋であればさぞ喉が唸る圧巻の光景だろうが、生憎製図家にとっては『いつ終わるのだろう』とうんざりする、気だるい旅路の始まりでしかなかった。



 「(此処までは真っ直ぐ、一本道。方角に大きな誤差はない。…周囲に目標物無し、か)……パーシィ、上を見て」


 「(んぇ)?」



 僕の言うとおりに通りに上を見るパーシィ。僕達の頭上には土地同士の気候変動をなぞっているような『境界線』がある。雲海と晴天とを不規則に隔てた模様は、製図家の冒険者にとっては大事な目印となる一つだ。


 今日のように対称的な天候・気候であれば、地図上に記載するのはそこまで苦労はしない。大まかに形が分かる『アタリ』の日、というヤツだった。



 「君にはその斧を持って、あの空の境界線の形が変わるところまで行って欲しい。斧は空高く掲げて、分かりやすく居る位置を教えて。


 あまりにも遠くなり過ぎても意味がないから、その時は大体70()で止まって、僕を待っててくれ」



 今まではこの作業を一人で行っていた。背中に背負った剣を一定のラインまで歩いては、戻って羊皮紙に道筋を書き記す。その往来の繰り返しは単調だが、決して楽なものではなかった。こういった人による手作業で多くの地図が賄われている為、ギルドはこの地図を整地するべく遠征隊を送るのだ。


 …それよりも距離を効率的に図る測量機の開発や、距離を指し示す公的な単位を導き出す方がよっぽど安全な近道だと思うが、其処に関してはお構い無しだ。



 「おーい! この辺りで良ーいー!?」


 「っと…(この手の愚痴になるとつい考え込んでしまうな…)」



 耳を撫でる風だけが聞こえる中で、彼女の爛漫(らんまん)な声は良く届いた。パーシィは僕が言った通り、目測で70歩くらい先から、斧を目印にして僕を呼んでいる。 空に描かれた気紛れな線を基準に、手元に握られた羊皮紙には一本の線が描かれた。



・・・・・・


・・・・・・


・・・・・・



 「…北は書き終わった。縦に長いかもしれない、この湿地」



 羊皮紙の一枚を書き終えた辺りだった。少しばかりの緩急のある丘の上から再び、今度は南を見つめてそう思った。


 赤錆色(あかさびいろ)天色(あまいろ)を境に、陽炎の揺らめく奥まった地平線。視界に見える少し低い全体像は、変わらない風景のままずっと向こうを埋め尽くしていたのだから。


 人の通らない、人の痕跡の一切が介入していない。僕達人とは理の違う世界を前に、冒険者となった日から僕は何処か『期待』を抱くようになっていた。



 「……ユリィ?」


 「……ごめん、少しだけ暑くてぼーっとしてた。水は有限だし、こんな環境じゃ尚更貴重だから飲むのは憚られるけど…流石に少し飲もうかな」



 でも、その期待は決してパーシィには言えないモノだ。僕自身の本懐でもあるけど、背中に背負った(ちかい)が熱気の所為だと僕を言い聞かせた。遠くを見つめる眼差しに、パーシィは顔を覗かせてきた。


 水筒の蓋を開き、一口だけ自分の身体へと冷水を流し込む。…もっと飲みたいのは山々で、刺激された欲を抑えるこの合間はやっぱり少しだけ辛いモノがある。


 それでも汗を滲ませては乾かすを繰り返した身体に、潤いが浸透していくのを感じる。冷えた水分が内蔵を通り抜け、息詰まる気持ちが少しずつ解れていく。



 「(…そう、これは全て暑さの所為だ。…暑さの所為なんだ)」



 何の因果か。物好きな神様は世界を二人を巡り合わせた。僕が彼女に本心を、死に往く為の旅路だと打ち明けられるのはいつになるのだろうか。


 

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