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~泥濘が呼んでいる~(1)




 「……起きて、パーシィ」


 「んぇぇ…もう朝?」



 パーシィは、壊滅的に朝に弱かった。


 熾火の消えた薪の炉から、灰を少しばかり掬うように吹いた珍しく冷たい風。空が湖畔色に呑まれ始めてもなお、その意識は半ばぬるま湯に浸されているらしい。


 昨日の夜に野営地に着いたが、宿舎は戦闘職の面々に取られていた。僕達は外で一夜を明かした筈なのに、何故此処まで眠れるのだろうか。



 「朝だよ。…日差しの質感からして、天辺に登る頃にはきっととても暑くなる。今の内に水筒に水を入れておこう」



 今現在僕達が居るのは、シヴァル国首都から馬車で半日程掛かる距離にある湿地帯。今回製図するのは此処だ。 不安定な泥濘(ぬかるみ)の底には死者の国があるとか、蟲の巣窟になってるとか。有ること無いことが混淆(こんこう)としている、滅多な事がない限りは人の踏み要らない場所。


 …後者は経験からして信憑性がある。仕事として、何より自分達の命を守る為に、踏み間違えのない道順(ルート)を綴らなければならない。



 「(広さが分からない…。シヴァルの南に出たのは覚えてるから…)


 今日は馬車の陸路沿いから戻って、湿地の境界線を探そう。外から埋めて、それから内側だ……」



 と、伝える頃には、彼女は再び夢の中へと溺れているのだった。…彼女は僕とは異なり『狩猟者資格』は何とか持っていた為、僕は守って貰う側になる。ならばもう少しだけ寝かせてあげようと、溜め息を混ぜながらパーシィの水筒を拝借し、水を買いに行く。



 「(…ついでに此処(ここ)の位置を記録しておこう)」



 この世界にも『魔術』なる物はある。が、どのような原理・理屈・根源を以て発動しているのかを余暇の時間に書物を読んだけれども、一切の理解を脳は拒んだ。それでもなんとか読み取れたのは『素質のない者は入り口にて迷う』という事。……理解出来ない者には無用の長物という事だろう。


 僕の冒険者証明と、位置を記録して貰うコンパス。水筒二つ。…この背丈では色々と手持ち過多になっている気がするが、気にせず野営地の受付へと向かった。



 ・・・・・・



 ・・・・・・


 

 ・・・・・・




 「…よし。コンパスは機能してる。問題なく出発出来るよ。 …パーシィは大丈夫?」


 「うん。水筒ありがとね。 …それにしても暑いね、スカーフは脱いじゃおうかな」



 …確かに暑い。けれども、僕は彼女を止める。



 「防護出来る物は多い方が良い。環境は簡単に僕達の命を奪いかねない。 この湿地帯も、もしかしたら毒気や小さな蟲の温床かもしれないから」


 

 良くない事を連想したのか、何も言わず脱ごうとしたスカーフから手を離すパーシィ。本当であれば着用しているノースリーブの制服にもう一枚来てほしいが、生憎持ち物には上着になるようなものは持ち合わせていない。 …この熱さだと、肌を火傷してしまうかもしれない。休憩は場所を見つけ次第するようにしよう。



 「…どうしたの?」



 先を歩き始める僕を、後からついてくるパーシィは見つめてくる。袖の無い格好で蟲の温床になってるかもしれない場所を渡るのだから、ハマっちゃ行けないのは当然の事だと思うが、何か疑問に思うことでもあったのだろうか?



 「ユリィって、しっかりしてるんだね。私は冒険中、そこまで考えたこともなかったや」


 「……どうやって生きてきたんだ、キミ」


 「うーん…私は考えるよりも身体を動かして解決してたからなぁ。私ね、『罠師』の冒険者なの。環境に潜んだり、馴染んだりって、あんまりしたことないんだ。


 だから、ユリィみたいに色んなこと知ってるわけじゃ無いんだよね」



 冒険者とは一口にいっても、内包する職業の区分は幾つか分かれている。僕は地図を作る製図家で、パーシィは罠を張って研究用の土着生物を捕獲する『罠師』らしい。 


 何度か一緒に仕事をした事はあるが、少なくとも環境に適応する為の擬態技術や手製の罠等を作る技術は持っていた筈だが…。



 「(……豪快に捕ってたのかな)」



 天辺に登った差すような熱は臭気の混ざる湿気と混ざり、今にも僕達の身体に渇きをもたらす。湿地の果てが少しは涼しい事を願い、長い戻り道を歩き始めた。

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