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~袖を連ねる夢同士~(5)





 ……まだだ。再び沈黙を貫く。━━しかし事の権限は当然の如く、彼等が握っている。



 「いっ…っ!!」



 腕を訳の分からない方向に押さえ付けられる。痛みで全身にまで麻痺が行き渡る様に、衛兵の力任せな拘束が襲ってきた。これの何処が『守る行為』だというのか。 勝ち誇る彼等の顔は再び、変わる。悦に浸れてさぞ、楽しいのだろう。


 …けれども、これで構わない。僕にだって手札はある。



 「━━この辺りは巡回経路には無い筈です。此処は衛兵達が来れる筈のない場所だ。 喧嘩なんてのが当たり前のこの首都(まち)で時間なんて割いてられないから、なんだかんだで製図家(ぼくたち)に依頼が回ってきてるんですよ。有り難い事にね」


 「あー…っと、何が言いたいのか分からない。つまり我々が怠慢していたとでも?


 …ユーモアのある侮辱じゃないか?ん?もしかして、違うのかい?」



 依然、彼等の立場は上にある。僕は再び口を開く。



 「その通り。侮辱でもなんでもない、事実として明言しましょう。 ━━アンタ等は英雄神(エクトル)の名前を借りて、物乞いを獣扱いして遊んでいたんだ」



 僕も嘘を付いている。実際はパーシィに金品を強奪されたが、報いを受けた際に一回、少なくはあるが『硬貨を落とした』。此処は確かに人通りは少ないが、だからこそ金銭に飢えている者達は此処で寝泊まりをする。金銭の音に一切の反応が無いのは、考え難い。


 それが意味する事、それは物乞いに対しての不要な暴力行為が行われた可能性だ。



 「んー…だから何なんだ?物乞いを粛清し、武器証明を持たない犯罪者を取り締まり、疑わしき者の是非を決定する。今、我々に何か不足しているものがあるか?


 正しきは此方にある。不正は堕ちた者にある。叡知は常に正しきに味方する。それが人という種族が高尚である事の(ほまれ)だ。君達に無く、我々には賜れるモノの違いだ」



 ……パーシィの悲痛な懇願よりも、響いて来ない文字の羅列だ。聞くに堪えない言葉を前に、僕の口からは思わず溜め息が漏れる。



 「ならアンタ等も十分堕ちてるよ。何もしてない、何も起きてないのに僕達を拘束してさ。語るに落ちるとはこの事だね。


 アンタ等は此処で僕を殺せない。首都での小競り合いは兎も角、人が人の命を奪うのは非常時で無い限り重罪になる。衛兵だろうが王様だろうがね。其処には誉も何もない、あるのはせいぜい私怨位だろう?」



 正論で彼等は折れる事は無く、ならばと真っ白になってきた頭の中、なんとかして虚勢を張り続ける。



 「もう一度言う。…僕等は何もしていない。何も起きていない。もう十分弱者をいたぶっただろう?いたぶった上で小遣いまで稼げる。楽な商売じゃないか。


 其処の袋にもう一つ付ける。…でなければ、僕は兵団に直訴するつもりだ。依頼の大本も受け付けられなくなり、仕事は滞るだろう。これからのシヴァル衛兵団の未来は二人に託されていますよ?」



 もう、自分でも何を言っているのか分からない。真っ白になった頭は、冷たさのみを感覚として通している。これが恐らく麻痺の深い境地で、そもそも麻痺だと気付く事も……


 …と、此処まで文字の羅列が頭を埋め尽くした辺りで、身体を取り巻いていた圧力は解き放たれたようだった。視界には色が戻り、ぼやけた耳元からは麻袋を要求する声が聞こえる。



 「━━肝の座ったガキに免じて、『見なかった事』にはしておいてやる。とっとと消え失せな━━」



 聞き取れた、というよりも記憶になんとか残ったのはその言葉だけだ。痛いし固いし、じわじわと感覚が戻ってくるこの感触が気持ち悪くて仕方がない。


 その場に倒れる僕はしばらく動けず、建物の隙間から見える黒紫の夜を仰いでいた。





 「…………?」




 少し目を瞑った後、何故だか見えたのは顔の煤汚れた女の子の顔だった。



 「あぁ……大丈夫?強く押さえ付けられてたみたいだけど」


 「痛かった…。でも、それは貴方も一緒。


 …ねぇ、何で私を助けてくれたの?さっきは『運が悪かった』なんて言ってたのに」



 当然の疑問に対して、僕はまだ答えられる渦中にはなかった。依然として身体のダルさと痛みは取れないし、事無かれにする為とはいえど自分の持つ有り金の半分は持っていかれたのだから。



 「……正義は我に在り、って風に弱きを力で押さえ付けるような…。そんな自分達を偉いと思ってる傲慢さが気に喰わないだけかな。


 あんな風に力ずくで女の子が押さえ付けられてるのは、見てる側としても気持ち悪いだけから」


 「そっか……。……うん、ありがとうね。…投斧(ぶき)も、戻ってきたし」



 鞘の斧をなんとかして見ようと首を傾けると、視線に気付いたのか背中を向けるパーシィ。押さえ込まれた跡も痛々しく残ってしまっているが、背中には僕に突き付けられた斧が納められていた。



 「……思い出の物なんだ。私の我が儘で、よく遊んでた友達から貰ったの。 村では資格とかそういうの無くて…私の日常はこの街だと罪人になるみたいだね」


 「……なら、何でその村を出てきたの?」



 空を仰ぎながら続けられる会話に、パーシィは付き合ってくれるようだった。彼女は視界から居なくなると、角の無い柔らかな声が耳元で聞こえてきた。



 「……窮屈だったから、かな。あの衛兵(ひと)達みたいに、人っていう種族の叡知を誇りに思ってて…。とても厳しかった。


 私、もっと広い世界が見たかった。友達ね、エドっていうんだけど…世界を見たいって事を親に話したら……」



 それ以上は何も言わず、こちらが察するべき内容だと分かった。『エド』という友達の末路も、何となくではあるが想像する事が出来た。



 「……ごめんね。でも、それが理由。


 友達の見たかった世界、広い、広い世界を、エドの使ってた投斧と見てみたい。だから、村を飛び出したんだ」



 黒紫の空に、パーシィの言葉が届いたのか。少しだけ空の星が強く、輝いたように見えた。



 「……だから、一生後悔するって言ったのか。…僕と少しだけ、似てる」


 「……貴方は?」




 左を見ると、パーシィの顔が移る。同年代の女の子と、こうして寝っ転がっていると、少しだけ身体が擽ったくなる。身体を起こして砂を払い、僕の背負う剣をパーシィに見せる。



 「僕は……勝手に同業者(センパイ)の夢を受け継いだだけ。それが気付いたら生きる目的になってて、逆に追われてる。……みたいな、何となく分かる?」


 「ふふっ、分かるかも」



 パーシィも起き上がり、同じように砂を払う。顔に残った砂も取り払い、彼女は居住まいを正して僕を見た。


 此処まで話したからか、不思議と彼女が次に何を言うのかが手に取るように分かった。根拠はないけど、何処か心が通じた様なシンパシーが、僕達の間にはあった。



 「…僕はユリィ。ユリィ・オズウェル」


 「…私はパーシィ。パーシィ・ナターシャ」





 二人の名前が交差する。すると声は、すぐに重なった。





 『二人で、世界を見て渡ろう』

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