~人の御旗に集いしは~(3)
「━━我々はもっと、我々自身を誇っても良い!
『英雄たるエクトル様』は人の身でありながら、後世に伝わる知恵の種をこの世に蒔いた!我々はそれを育んだ、叡知と勇気の民!
『人』という種族は、叡知によって昇華した存在なのだ!! いずれ近い将来、我等は蟲や獣の脅威にすら対抗出来るようになるだろう!
何故なら!英雄の授けて下さった『叡知』は、絶対に人を裏切る事は無いのだから!」
街へと戻れば、疎らではあるが、活気のある観衆の中から威勢の良い言説が耳を侵してくる。貧民窟の商人が言っていた事はどうやら本当らしく、勢い付いた『叡知派』の信徒はその腹に溜め込んだ脂を、舌に乗せて息巻いていた。
「……馬鹿馬鹿しいな。知恵が人を裏切らないなんて事は無いのにね」
「そうなの?」
「裏切られない為に進歩するんだよ、パーシィ。アレの信仰している物は僕等を待ってくれないし、すぐに風化する。
……なのに、まるで『自分の手柄』のように話すんだから馬鹿馬鹿しくなる。耳を傾けるだけ無駄だよ」
『誰もが特別』。『人』の多くが集うこの場所で、その言葉はさぞ心地の良いモノなのだろう。
だがそう宣う者多くはその実、『自分が特別である事』を肯定する為に用いているのだと僕は思っている。どうやら『叡知派』は、僕が想定している以上に腐りきった組織のようだ。
パーシィの手を引き、耳障りな演説から離れようとする。
「ふざけるな!!! 何が『昇華した存在』だ!!」
観衆の視線が、その怒号に一斉に向かう。……すぐ隣に居た痩せぎすの男が、対照的な体格をした信徒に対して怒りの矛先を向けていた。 …余計な事に、僕達二人は巻き込まれてしまった。
「貴様達は英雄神様の名を借りて傲慢を振りかざすだけの異常者じゃないか!!
何をする訳でもなく優位を貪り、貧困と差別に目もくれずして何が『叡知と勇気の民』かっ!!」
逃げるに逃げられない。此処で変に逃げてしまえば、確実に巻き添えを喰らう。……いや、時既に遅し。
荒げた呼吸で睨み据える男に対し、信徒は変わらぬ素振りで指を差す。
「殺せ。それは『獣』だ」
先の演説よりもその言葉は小さく、冷たく放たれた。その筈なのに、何故か観衆の全員の耳へと入り込んできたかの様に、痩せぎすの男へと向けられた視線は波へと変わった。
……男を飲み込んだ波は次第に塊となった。
……塊となって、水を潰す音が聞こえた。
次第に疎らになったと思えば……其処に残されたのは……。
「っっ………!!」
非道の所業を他所に、何事も無かったかの如く信徒は続ける。
「叡知派に対しての侮辱は『人』への侮辱。『人』への侮辱とは即ち、『英雄たるエクトル様』の授けて下さった叡知への侮辱。
恐らくは円環派の一匹だったのだろうが……やはり世界を和と考える輩は獣か蟲と同等なのだろう。人とは強い生き物でなくてはならない。
弱きに落ちた者を救えば其処から腐敗していくだろうに、何故それが分からないのだろう?」