~人の御旗に集いしは~(2)
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「…………はい、携帯食糧を十枚程。これくらいで足ります?」
「あぁ、足りるな。……にしてもアンタ、随分困窮してんなぁ。背中の立派なモンは飾りか?」
「そうですが」
「おいおい…冗談のつもりだったんだが…」
露店立ち並ぶ貧民窟、不衛生極まったこの地区では非合法経済上等の闇市が日頃から運営されている。人と品揃えが日々変わる土色の光景が暫くを埋め尽くしている。そんな中ですら、僕は困窮していると見られていた。
「僕は武器証明なんて持ってないんでね。何処かの流派でお世話になった訳でもない、しがない冒険者なもんで。
でも託された物ですから、身を守る盾にすら出来ないんですよ」
「…あぁ、なるほどね。……貧民窟が雁字搦めのローカルルールばかりで助かったな。じゃなかったらもう身ぐるみ剥がされてんぜ、アンタ」
僕の姿と『冒険者』という単語で諸々を察したか。露店の店主が品物を手渡すと同時に哀愁漂う視線をおまけとして付けてきた。
「それはそうと……アンタ冒険者ってことは『円環派』かい?」
問い掛ける店主の顔は何故だか物々しく、視線も僕ではなくガヤガヤとしている周りへと向いている。しかも声の大きさはかなり小さく、雑踏の中に掻き消えてしまいそうだった。
僕が指で『正解』を示すと、彼は分かりやすく項垂れる。……何があるのかがとても気になる。
「何かあるんです?」
「あーっとな……。最近『叡知派』がちょっとな。何をしたって訳でもないが、ちょっくら危なっかしい噂を聞いたもんでな。
まぁ、あくまで噂よ。用心に越したことはねぇが、歩く時は気を付けとけよ。容易く『正義』を突き出して来るような連中だ」
どうにも、歯切れが悪い。かといって、親切心で教えてくれたであろう彼にこれ以上問い詰めるのも無礼というものだ。 溜飲を下げ、人混みを掻き分けながら闇市を後にする。
『円環』と『叡知』。一つが右に立てば片方は左に、上に行けば下に。…そんな風に、同じ道筋を行こうとせずに、真逆に対立する二つの宗派。何処から何処まで普及しているのかは知らないが、少なからずこのシヴァル国首都では、その二つの宗派が蔓延していた。
この世界の在り方を『円』として捉え、無数の命や知性はその内側に連ねられていると考えるのが『円環派』。人の繋がりを作り、国を造り、叡知を創る。神話にて『勇気と叡知の神』として描かれた英雄神を信仰の対象としている。
対して、言語の発達、武器の精製、素材の錬成等、蟲や獣では届かない知能の高さを吟った経典を元としているのが後天に現れた『叡知派』。円環に対抗するかのように、人の誇りとして神ではない『英雄』を信仰の対象としている。
叡知派は人にとってこれ程なく都合の良い派閥だ。例え仁義や常識に反する狼藉を働いた所で、それを『叡知による導き』とでも唄ってしまえば正当化が為されてしまう。対して失った者はその優位性の名の下に、『獣』や『蟲』の烙印を押されて、迫害の対象となる。
本当なら僕は宗教なんてものに関わりたくもない。そんなものは、既に救われてる者にとっての救いにしかない『娯楽』と同義だと思うからだ。
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「━━あ、ユリィ!おかえりなさい!」
貧民窟の入り口付近。薄汚れた空気と倒れる人の浮き出た肋骨に不安げなパーシィ。心細かったのか、彼女の様子は何を吹聴しても耳を傾けて反応してくれそうだった。
「ただいま。……それよりも早く。あまり長居しても得は無い場所だから」
「やっぱり……。分かった、行こっ!」