~補給・休息~
「当ギルドの冒険者証明はお持ちになられてますか?」
「どうぞ。……ほら、パーシィも」
「う、うん」
「確認致します。……ありがとうございます。確認の方取れましたので、此度の『成果』の方を提出お願い致します」
幾度となく聞いた声。相も変わらず受付等は愛想良く、無感情に僕達の応対を進める。
湖での野営から二日経って、やっと湿地外周の製図を終える事が出来た。 過酷に晒された僕達は、身体から衣服に至るまでくまなく草臥れてしまった故、補給と休息も兼ねてシヴァル国首都まで戻ってきた。
結局、あの蒼い光景は幻想だったのか。『在った』という経験を話しても、受付では規則通りの回答しか返ってこない。記憶だけがふわふわと彷徨しているようで、未だに現実味は無いが、間違いなくあの湖はあの場所に存在していた。
諸々の手続きの後、決まり文句の祝福を受けた後。僕達には幾ばくかの自由が解放される。
「(とはいった物の…報酬は相変わらず。なんなら僕達二人でこれを更に分けるんだから…)」
受け取った報酬の金額は、結果として一人の時よりも少なくなった。総合的な金額こそ上がっているが、これを更に均等に山分けする為だ。
目ぼしい箇所には具体的位置と説明を明記し、注意点として報告すべき内容も書き記した。求められる『成果』としては申し分の無い物を提出している筈だった。
が、結局は何処までやった所で、有無を言わさず『精緻』と称して諸費用は天引きされる。 値踏みされるのは今に始まった事ではない。前に樹海林から帰って来た時だって足元を見られた。『そういうものなんだ』と、心構えは既に揺らぐ事のない領域に踏み込んでいる。
…なんて自己暗示でもしていなければ、この辛酸の味を騙す事は出来ない。 雨雲のような表情の僕は溜め息混じりに少しだけ背伸びをすると、替え終わった制服の新しい匂いが香った。……『また帰ってきてしまった』と、珍しく思わなかった。
「(二日後にはまた湿地。それまでに準備と英気は養っておかなきゃ…)……パーシィ、何かしたい事はある?」
曲がりなりにも此所は首都。清濁が入り交じろうとも『蟲』の危険が及ばない場所。羽を伸ばせるならそうするのが一番だ。 僕の場合どうしても義務的になってしまう為、一応パーシィに対して話を振る。
「あ、じゃあギルドの食堂行ってみない?実はまだ行ったこと無いんだ…」
「ん、分かった。…あまり良いのは食べれないかもしれないけどね」
公営ギルドの地下には交流所を兼任した専用の食堂がある。冒険者、戦闘・遠征職問わず利用が可能だが、例に漏れず好んで利用するのは戦闘職の面々ばかりだ。
其処で飲み食らい、語らう金があるならば。冒険者は自らの安全と寝床を確保するだろう。…人との語らいや暖かい食事が決して無駄でない事は、『人』として経験も理解もしているが、『報酬』とは名ばかりの端金でその余裕を買う事が出来ないのだ。
…かくいう僕も地下食堂に行くのは久方ぶりだ。パーシィとの出会いというターニングポイントもある。重なり固まった身体と頭を、少しでも癒すのは僕も賛成だった。
「じゃあ行こうか。…どうせギルドの管轄だし、時間は気にしなくて良い筈だし、ゆっくりとね」
「…うん!」
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木目と黒岩の粗雑さが目立つ室内には、五人あまりの戦闘職。やはり僕達と同じ制服を着用した冒険者は居ない。入り口で冒険者証明を見せさえすれば、僕達にも此所から先に立ち入る権利は手に入れられる。
物珍しげに此方を見る戦闘職の諸先輩に会釈をする。…相手方も会釈をしてくる辺り、そこまで性根の腐った連中ではないらしい。パーシィも同じく会釈をしているが、その様子は少しだけ縮こまっている様子だ。
「二人分で食べれる安いヤツがあればそれで。…すいませんね、こんな風にしか頼めなくて」
「構いやしねェよ。冒険者の小僧じゃ期待も出来ねぇからな。死なねぇように適当に見繕ってやっから待っとけ」
きっと僕以外の冒険者の注文も同じように受けて来たのだろう。乱暴ながら何処か慣れた口調でテーブルを指差すと、厨房の奥へと消えるコック。
「…ふぅ、少しだけ緊張したかも」
「僕も。…こんな風にちゃんとした食事を食べる場所で、誰かと一緒なんて久しぶりだし(……センパイと来て以来だな)」
脳裏に過ったのは同業者との記憶であり、此所で食事をした最後の記憶。 案内されたテーブルへと足を運び、懐かしい食堂での料理を待つことにした。