~空が青くなるその前に~(2)
「……聞いてもそこまで面白いモノじゃないよ」
彼女の知りたがっているような事…恐らくは僕の過ごしてきた日々の思い出や光景。それらは全て土埃を被っている褪せた色味をしてるものばかりで、話してしまえば気持ちが落ち込むかもしれない。そもそも出自をそう易々と話して良いものか、自分でも決めかねる。
「…ご、ごめん。あまり話したくなさそうだし、忘れて」
先まで此方をじっとパーシィは見つめていたのに、慌てて容器の中のスープを口元に押し当てていた。互いに互いの事をよく知らない以上、詮索しようとする事はある種自然なのかもしれない。
・・・・・・
『………お恵みを。"お恵み"をください。たべものが無いんです』
・・・・・・
「(…それが良い。)骸同然だった、代わり映えのしない物乞いだった時の僕の話を聞いても面白くないだろうから」
「……言って、くれるの?」
「え?あ……っと……」
想起された一幕に、僕の口も思わず緩んでしまった。戸惑いながらもまた、今度は顔を紅潮させて僕の方を向いている彼女。 ふと、耳が熱くなっている事に意識が向いて、何処か負けたような気分になった。…溜め息を混ぜてそのまま緩まった口を動かし始める。
「物心がつく頃っていうのかな。自分のやっている事がなんなのか分かり始める記憶のスタートラインまで、僕は孤児だった。 両親…僕を産んだ人の顔も分からないし、思い出そうとしても『そこから前』を思い出せないんだ」
頷きながら、膝を抱える態勢で座り込むパーシィ。
「思い出せる記憶はさっきも言った通り。骸となんら変わらない、物乞いとしての記憶しかない。僕は見ての通り他の人とはちょっとだけ、違うからさ。
当時の人族は…今よりも『叡知の虜』であり『隷属』だった。異端な僕を人として扱わなくてね」
「…渇いて、渇いて、それでも消えない風化した光景。聞こえていた筈の僕の声を『無し』としたあの時の『人』の目。 記憶にこびりついているんだ」
あの時、確かに救いは無かった。かといって冒険者になった今も救われている訳ではない。偶然都合の良い同業者が僕の元に現れて、都合良く死んで、その時の夢が偶然繋がった。
浅黒い肌がランタンの揺らぐ橙に照らされる。容器の灰色が橙を反射する。言葉を失って聞こえる静寂には、ランタンの中で煌々と盛る炎の音が溶けている。……そして
「僕はあの時からずっと『死にたい』って思ってる」
遂に揺らめきに当てられ、ふとあの時と今とを重ね合わせた吐露が浮かび上がり、表出した。…パーシィは案の定というか、絶句していた。表情からは緊張を察することが出来る。
「ごめん。だからあまり、話すべきじゃないなって。でも今は夢に追われてるから、そんな自分のワガママを押し通す余裕なんて無いよ」
自身のアルバムに鍵をかけるように、話の頁を閉じようとベッドの上に登ろうと木組の梯子に手と足を掛ける。…けれども、登りきる前に戸惑いに今も取り巻かれるパーシィは、ちょっとだけ上ずった声で僕を呼び止めたのだ。
「ぁぁあの!話してくれてありがとう!!お陰でユリィの事知る事出来たし!その、当時の人私も酷いなって思うし!
…辛い事思い出させたのは、ほんとにごめん。でも…えっと……あれ、何て言おうとしたか忘れちゃった!へへ……」
「……十分言えてるよ」
ランタンの灯りこお陰か、紅潮して昂るパーシィの涙袋が濡れているのが分かる。…話が話なだけに、下手にある事無い事を勘繰ってしまったのだろうか。梯子を一度降りて、パーシィの肩を掴むと、僅かに落ち着きを取り戻したのか、表情は次第に笑顔から僕への『哀れみ』へと移行する。
「……怖い時は怖いで、良いと思う。表情が無くなったの、少し怖かったんだ」
絞ったように、漏れ出る涙と声。彼女の橙に近い茶色の髪の毛が合間って、宛らそれは果実を彷彿とさせる。しかし、それは僕の『消失』を確かに、恐れた故の心配だった。
ハガネクビヅカを前に、僕は確かに少しだけ震えていた。それを恐怖だと彼女は言い当てたのだ。錆び付いた十字架は恐らく『人』の武器の成れ果てで、捕まればきっと━━
でも、僕は『死にたい』のに、そんなのは矛盾してるから。僕は死んだ者の大半が死にたくなかったということを知ってるから━━
「━━ありがとう、パーシィ。 パーシィの前ではなるべく、素直になろうかな」
…けど、彼女の心配を無下にも出来ないのも事実で。
その心配が煩わしくないのも、事実だった。