~空が青くなるその前に~(1)
「おやおや、まさかこんな辺境まで小さいのが二人で来たのかい?」
「うん。その口振りだと宿舎は空いてるみたいだ。使っても良いかい?」
「生意気な小僧だな。別に構わないよ、こんなところなんて遠征職の連中すら好んで来ないからね」
『ありがとう』の一言を最後に、野営地を管理する気の強い受付嬢は裏へと消えていく。群青を経て、漆を返したように暗くなった周囲を、松明と焚き火の橙のみが外の世界を照らしている。
野営地の宿舎を利用するのはいつぶりだろうか。殆どの場合は鎧をギラ付かせた戦闘職・遠征職の者や、ギルドお抱えの遠征隊がこぞって占領する、安心して眠れる寝床。備え付けてあるランタンを灯すと、整頓された二階建てのベッドが二つ、露になった。
「……案外マメな性格なのかもね。誰も来ないのに埃っぽさも感じないや」
「へへ、そうかもね。 …少し寒いんだね。夜は」
「スカーフがあるとはいえ、その格好じゃ寒かったでしょ。…あるかどうかは分からないけど、配給食を貰ってくるから、先にベッドに入ってなよ」
「そうしよっかな。ありがと、ユリィ」
・・・・・・・・・・
…また、愛想笑いが板についた気がした。
でもユリィと一緒だと、少しだけ心から笑えるようになった気がした。私は少しだけ、いや。少しずつ、彼に助けられていた。
傍らに錆び付いた音を捉えた瞬間。ユリィの顔は確かに『怖い』と訴えていた。それを内側に押さえ付けいるように、私は見えていた。私もハガネクビヅカが怖かったから、二人で離れなければ大丈夫だと、手を掴んで、握った。
でも、ユリィは自分からそれを手放した。…驚いたのは手放した瞬間、ユリィは『怖さ』を忘れたように、表情を空っぽにしていて、また少しだけ胸が痛くなった。
「……まだ私、ユリィの事何も知らないや」
強奪行為なんてどうやっても正当化の出来ない、恥ずべき事をしたのに。彼は…私を見捨てなかった。あの時首都で一か八かの賭けに出てなければ。狙ったのがユリィでなければ、私は誰の力になれないまま細く生きていたことだろう。
ポツンと一人になった宿舎の中、ベッドの上。転がって寝返りをうってもスッキリしない。彼に生かされた私は、その恩を返したい。ユリィの力になりたいし、ユリィの事をもっと知りたい。
でも、何処まで?
その僅かな距離が測れず、心地悪かった。
「入るよ」
ユリィの声が扉から聞こえる。両の手には湯気の立った金属容器。少なくとも何かしらの配給食は、何も分からない湿地の中でもあったみたいだ。
「…これは、根っこ?」
「うん。使える食糧も取れる食糧も限られてるから、此処では専ら根っこと繊維肉のスープが定番なんだって」
「へへへ…。暖かいね」
白い、花弁のようにも見える塊。一口含むと、ホロホロと口の中で簡単にすりつぶされる。ホクホクとしていて、味自体は淡白だけども、だからスープの暖かい塩気が身体に染み渡る。 とても、美味しい。
隣で静かにスープを啜るユリィ。聞こえるのは私達の食事の音だけ。ランタンの音は静けさに溶けて、全く気にならない。…だから
「……ユリィは、どんなところで育ったの?」
何故だか静けさに押されて、引っ込めていた『聞きたい』を、聞いてしまった。
・・・・・・・・・・