余命30年
人にも環境にも恵まれて、何不自由なく育ってた僕は
ただのからっぽでした。
余命30年
1992年。3800gの大きな男の子が産まれた。
これが僕だ。
僕は初めての初孫ということもあり親族一同大層喜んだみたいだ。
母の名前は香苗と父の名前は順
僕の両親は二人とも暴走族の総長で、各学校の番長を倒してはのし上がっていたそうだ。
そんな二人は香苗がスナックのママとして働いていた店に順がお客として来たときに意気投合して、そこから結婚したらしい。正直親の結婚の馴れ初めなんて詳しく聞くもんじゃないと思っているからこれくらいしかしらない。
そんなヤンキーど真ん中で仁義に生きていた二人から産まれた僕の名は、
大きなことを成し遂げる男になってほしいという意味で「大成」という名前が付けられた。
母方の祖母(京香)は
「今年は貴闘力が強いから名前は貴登にするべきだ!」
と当時注目を集めていた力士の貴闘力から取って貴登という名を推したらしいが、香苗は断固拒否して大成に落ち着いたようだ。
たいそうな名前を付けられた大成はその名前はとは裏腹に生後2か月で生死の間を迎えることになる。
病名は水腎症。おしっこの通り道が何らかの原因で狭くなることで、おしっこの流れが悪くなり、うまく流れないおしっこが腎臓に溜まってしまった。
手術でおしっこの通りを切り開かならなくてはいけないくらいの危険な状態で、当時の医療技術では乳児の臓器を手術することがなかったようで12時間もかかったようだ。
まだ輸血も安全ではないと言われていた時代で京香は生きた心地がしなかったという。
この話は耳にタコができるくらい話されたので、相当心配をかけたのであろう。
そんな大手術はなんとか成功し、香苗が大成を抱きしめられたのは産まれてから3か月後のことだった。
「産まれてからすぐこんな大きな困難に勝ったんだらから、大成は大物になるぞ!」
と我が子の生命力の強さに感極まっている順を横目に
「ただ元気に生きてさえくれれば私はそれでいいよ」
香苗は腕の中の小さな命を大切に抱きかかえながら言った。
初投稿です。
小説の書き方もわからないままに書いています。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
投稿は遅いかもしれもせんが最後まで書ききります。