クリスマスまでに彼女が欲しいと相談したら来年のクリスマスまでにはできるだろうと言われた。来年ってそれじゃ遅すぎるというか今からそんなこと言われても早すぎるというか……
ここはとある町外れの診療所。白髪眼鏡の初老の医者がどんな症状でも匙を投げることなく処方してくれるが効果は人によると言われている。
12月になり町にはイルミネーションが溢れ、どこもかしこもクリスマスムードだというのに先生はクリスマスに対して何の関心もない。だがそんな事はお構いなしにクリスマスにまつわる相談が先生に殺到する。なんとも皮肉なものである。
最近、興味がないはずの先生がクリスマスの夜の予定について何か気にしているらしい、という噂が立ち始めていることを先生はまだ知らない。
「次の方どうぞー」
「失礼します」
「どうされましたか?」
「先生、おれ、初めて彼女ができたんです」
「おめでとうございます。それは良かったですね」
「ありがとうございます。それでクリスマスにデートする事になって、カラオケに行くつもりなんです」
「カラオケデートですか。素敵じゃないですか」
「そうなんですが……おれ、何を歌えばいいかわからなくて」
「ほう、わからないと言いますと?」
「その、なんて言うか、おれいつもマイナーなバンドの曲ばっかり歌ってるんで、今の流行りの曲があんまり歌えないんです」
「なるほど。今の流行りの曲はご存知ですか?」
「まあ、はい、それなりにですが」
「じゃあ練習ですね」
「練習ですか?」
「はい、練習しかありません。彼女と素敵な時間が過ごしたいなら事前準備が大切です」
「え、でも彼女とのカラオケのためにわざわざカラオケの練習するって、なんかダサくないですか?」
「そうでしょうか?私からすると変なプライドのために何もせずに挑んで恥をかく方がダサいかと」
「うっ……どストレートですね……」
「因みに彼女さんの好きなジャンルやアーティストは確認済みですか?」
「いえ、それはしてないです。そんな事する必要ありますか?」
「そうですねえ……あなたがあまり聞かない音楽のジャンルは何ですか?」
「えー、アニソンとか演歌とかですかね」
「なるほど、ではあなたの彼女がエンドレスでボーカロイドやアニソンしか歌わなかったらどうでしょう?たまにアメリカ国歌とかはさんできたとしたら?」
「それどんな状況ですか?」
「その状況楽しめますか?相手がネタではなく真剣に選曲していたらどうですか?」
「…………何とも言えない気持ちになりますね」
「カラオケはストレス発散になる素敵な場所です。でも、デートで行く、しかも今の話ですと初のカラオケデートですね?自分が楽しむ事も大切ですが相手も楽しめるようにする事が大切ですよ」
「わ、わかりました」
「あ、そうそう、くれぐれもラブソングの歌詞に出てくる『君』や『おまえ』といった二人称を彼女さんの名前にするのはやめた方がいいですよ」
「えっ」
「たまにやりたがる男性がいらっしゃいますが、あれを喜ぶ女性は少ないと聞きます。喜んでもらえたらいいですがもし滑ったら大惨事です」
「そうなんですね……危なかった、ありがとうございます。あ、そうだ。先生はカラオケに行くことってありますか?」
「はい、行きますよ」
「へー意外、先生も歌うんですね。先生の十八番ってなんですか?」
「そうですねえ、幅広いジャンルの音楽が好きなので特にこれっていうのはありませんが……強いて言えば平家物語でしょうか」
「…………は?」
「冒頭の部分は有名ですね。初デートで歌うのはおすすめしませんが素晴らしい曲ですよ」
「次の方どうぞー」
「こんにちは。先生、久しぶりですね」
「おやおやこれは、お久しぶりです」
「また来てしまったよ、先生に話を聞いて欲しくてね」
「いいんですよ。それが私の仕事なので」
「すまないね。いやあさあ、最近のクリスマスプレゼント事情の変化がすごいんだよ。最近の子どもは本当にすごいね、iTunesギフトカードやドローンがほしいって言う子が増えてきたよ」
「ほー、それはそれは。時代が変わりましたね」
「先生もそう思うでしょう。もう変化の速さにびっくりだよ」
「ギフトカードのプレゼント。もはやそれはお金をあげているような気がしますね」
「そうそう、そうなんだよ。なんだか味気ない気がしてさ……まあでも、それで喜んでくれるならいいんだけどね」
「なんとも言えませんね」
「ね。あ、あとなんか最近高層マンションが多すぎだと思わないかい?本当に勘弁して欲しいよ。私、高所恐怖症だから上の方の階の家に行くのがすごく怖いんだよ」
「そういえば前におっしゃられていましたね、高所恐怖症だって」
「そう、だからいつもトナカイさんにはなるべく低く飛んでもらっているんだけどさ。アメリカのサンタはすごいよ?空軍に護衛されながら仕事するんだって。どんな高度だよ。そんな高いところ飛べないよ私」
「アメリカはやはりやる事が違いますね。でも優しさを感じますね」
「ね。私もそう思うよ。最近体がなかなか言うことを聞かなくなってきたから、私の場合は護衛じゃなくてお手伝いをしてくれる人が欲しいな」
「手伝ってくれる人がいないんですか?そういえば息子さんが跡を継ぎたいって言ってるって前におっしゃられていませんでしたか?」
「ああ息子に手伝ってもらっているよ。冗談だ冗談。ちょっと言ってみたくなっただけさ。さあ、さてさてそろそろ行くかな。毎年悪いねつまらない話を聞いてもらって」
「いえいえとんでもない。毎年来てくださって嬉しいですよ。是非来年もいらしてください」
「ありがとう。じゃあ少し早いけれどメリークリスマス。良いお年を」
「メリークリスマス。良いお年を」
「次の方どうぞー」
「こんにちは」
「どうなされましたか?」
「先生、おれクリスマスまでに彼女が欲しいんです」
「クリスマスまでに彼女が欲しいんですね」
「でも、彼女が出来る気配がありません。クリスマスも近いし焦ってるんです」
「なるほど、でも彼女は焦ってもできるものではないと思うのですが」
「そりゃそうですよ。でもクリスマスを一人で過ごしたくないんです。実家暮らしなんで一人じゃないっちゃないんですけど、でもやっぱり彼女と過ごしたいと言うか…………」
「そうですか。でもそれ来年じゃダメですか?」
「え?来年?」
「はい、来年です。彼女が欲しいと思って本気で動いたら来年にはできると思いますよ。根拠はありませんが」
「ちょっと、根拠ないんですか。でも、来年って話が早すぎません?いや、早いのか。どうなんだろう……いや、遅い。遅いな。それじゃ遅いんですよ。おれは今年のクリスマスを彼女と過ごしたいんです」
「なるほど、でも考えてみてください。クリスマスを家族で過ごす。それがあと何年できると思いますか?」
「え?」
「あなたが毎年歳を取るように、あなたのご両親も毎年歳を取ります。実家にいれば親とクリスマスを過ごせると思いがちですがあと何年それができるか考えた事がありますか?」
「…………ないです」
「焦って動いて彼女ができたとします。でもそれが『クリスマスを一緒に過ごすためだけの彼女』だったら本当にクリスマスを楽しむことができますか?それにあなたと同じように考えている女性がいたらどうでしょう?」
「え、どういう事ですか?」
「あなたが付き合った女性があなたの事を『クリスマスを一緒に過ごすためだけの彼氏』として見ていたらどうでしょう。そんなクリスマスは楽しいですか?」
「…………嫌、ですね」
「今話したのはたらればの話なので無意味な話かもしれません。でもそういう事も考えてみてもいいのではないかなあと思いました。すみません説教くさくなりましたね」
「いえ…………ありがとうございます」
「今、クリスマスのご予定が空いていらっしゃるんですよね?話は変わりますが飲食店での勤務経験はお有りですか?」
「いえ?ありませんが。なんでですか?」
「ああいえ、すみません。こちらの話ですのでお気になさらず」
診察時間が終わり、医者が入り口の鍵を閉めていると1人のお婆さんがやってきた。
「先生、今日もお疲れさん。おや、どうしたんだい?珍しいね暗い顔して」
「ああ、どうも。顔に出ていましたか。情けない。実は一人で居酒屋を切り盛りしている友人がいまして、彼は365日年中無休で働いているんです。彼曰く、常連さんをいつでも迎えられるようにするために毎日店を開けていたいそうです。彼、今年パパになったところでして、クリスマスの夜ぐらい家族とゆっくりさせてあげたいなと思いまして。思い切って私、店番を買って出たんですが…………」
「ん?どうしたんだい?言ってみなよ」
「実は私、飲食店で働いた経験がなく、ホールスタッフスキルも料理人のスキルも何も持ち合わせていないのです」
「ちょっと先生、優しいのもいいけどそりゃ無謀ってやつだよ」
「はい、承知しています。勢いで動いてはいけませんね。なんとか合法的且つ居酒屋に来てくださったお客様に満足してもらえる方法がないかと考えているんですが思い浮かばなくて……」
「はあ…………仕方ない。私が一肌脱いでやるよ」
「ん?それはどういう事でしょうか?」
「私が一緒に店番してやるってことだよ。鈍いねえ先生」
「え、いいんですか?」
「いいんだよいいんだよ。先生にはいつも世話になってるからね」
「ありがとうございます。それはとても助かります。ところで飲食店で働いていた経験があるんですか?」
「そりゃあるよ。でなきゃ誰が手伝うもんか」
「たしかにそうですね」
「私だって若い頃はそれなりだったんだよ?5年ほどミシュラン 3つ星のフレンチレストランで修行してたからね。久々に腕が鳴るよ」
「それは心強いですね。酒のアテも作れますか?」
「先生、見くびってもらっちゃ困るよ。これでも酒とつまみ系YouTuberの端くれさ。チャンネル登録数100万は伊達じゃないよ。毎日頑張って働くパパに素敵なクリスマスの夜を一緒に贈ってあげようじゃないか」