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経緯

「婚約者もいらっしゃる王太子をその卑しい体でたぶらかし、彼だけでなくその側近にも色目を使っていいように扱ってきた貴女に、同情の余地があるとでも思っているの?」


 姉は固まる私に刃物のような視線を向け、冷たく告げた。




 私は妾の子である。

 母は私が幼い頃に病死した。

 私の父は侯爵の位にあり、その正妻もまた、母が死ぬより昔に事故で亡くなっている。

 そのため、私は、血の繋がりはある父と、腹違いの姉と、姉に同情的な使用人の暮らす屋敷で育ってきた。

 父が私をいらない子と疎んでいるのは、その目だけで分かった。正妻が、そして愛妾さえもいなくなったというのに何故お前はここにいるのだ。そんな視線だった。

 使用人もまた、そんな父に倣い、私を必要以上に構おうとはしなかった。


 姉とは顔を合わせることすら禁じられ、私は姉が何を思っているのか予測できず、怖かった。

 姉だけでなく、その頃は父も、使用人も、恐ろしかった。何故誰も声をかけてくれないのか、分からなかった。このままでは家から追い出されるのではないのか。そうなったらどうすればいいのか、野垂れ死ぬのではないか。

 恐怖は日に日に増大していった。

 ある日、使用人がこんな話をしているのを耳にした。


「あの子もお嬢様みたいにもう少し可愛げがあれば、哀れみも湧いてくるんだろうけどねえ」

「いつもぶすっとしていて、感じ悪いわよねえ」


 自分のことだとすぐに理解した。

 お嬢様とは姉だろう。姉は可愛げがある。私はぶすっとしていて、感じが悪い。

 そういうことだったのか。

 次の日から私は、とにかく愛嬌に力を入れるようになった。鏡の前で笑顔の練習をし、はきはきとものを言えるように密かに声出しを繰り返し、年相応の仕草を意識して、生活した。

 すると、だんだん使用人達の態度が軟化していった。

 やっぱり笑うとちょっとお嬢様に似るわねえ、子供らしく元気で可愛いわねえ。使用人達は、優しくしてくれるようになった。

 父も変わった。目から冷たさが薄れ、時々お土産を買ってきてくれるようになった。

 この路線だ、と私は悟った。

 こうしていれば、きっと家から追放されることはない。死ななくて済むに違いない。

 私は必死でもっと可愛らしい子供になろうと努力した。

 けれど、評判が良くなっても、姉とは会わせてもらえなかった。時折顔を見ることはあっても、話すことはなかった。


 十三歳になり、姉と同じ学園に入ることとなった。姉は私の一つ年上で、すでに屋敷から出て学園の寮で暮らしていた。

 そこでなら、ようやく姉と会話をできる、楽しみだと思っていた。

 使用人の話では、姉は自由奔放な人で、私が目指す可愛らしい子供の典型であるらしい。

 今の私なら邪険にされることはないだろう。早く会いたい。仲良くしたい。


 だが、姉と出会う前に、私は出会ってしまった。

 そう、運命的な出会いだ。

 入学式、笑顔を浮かべるのは慣れっこだが、あまりにも人が多く人酔い気味だった私を、それは優しく受け入れてくれた。

 図書室である。

 そこには人類の叡智が詰まっていた。元々昔話や言い伝えといった歴史に興味を惹かれていた私は、一瞬で虜となった。

 授業時間以外では、図書室に入り浸りになり、ろくに人と会話しなかった。

 姉とも一度だけ面会して自己紹介から入ったが、それ以来先方の都合が悪いのもあって、私はすっかり姉との交流を失念していた。

 溢れんばかりの書物に、私は思うままに浸っていた。




 しかし、そんな日々も唐突に終わりを告げる。

 王太子に目をつけられたのだ。

 彼は常に人に囲まれているが故か、自分に寄ってこない生徒に興味を持ち、ちょっかいをかけるようになっていた。私も例外ではなく、声をかけられた。

 相手は王太子。少しでも対応を間違えたら処刑される。実際、過去この国に攻め入り支配下においた世界でも有数の残虐と称される皇帝リオニス三世は、自らの前で目を逸らした者を達磨にして部屋のインテリアとして愛でたという。

 王族に逆らってはならない。


 王太子は愛想よく接した私に気を良くしたのか、その後側近と一緒になって何かと構ってくるようになった。

 早く終わらないかな、と思いつつも私も盛大に彼らをもてはやす。

 それでますます王太子御一行は私を気に入る。

 そうしているうちに、いつの間にか私は学園の女生徒から敵視されるようになってしまった。


 そして、十六歳になって今日。姉が自身の婚約者である第二王子と共に、私と王太子らに引導を渡した。

 国の未来を担う者が、一人の女子に入れ込み、本来の責務を放棄して国財を用いて遊び呆けた罪。

 庶子であるにもかかわらず身の程知らずに王太子とその側近に近づいてたらし込み、堕落させた罪。

 断罪は全校生徒、学園長、国王の前で行われた。

 逃げ場はない。


 姉が初めに声を上げた時は、何かな、と呑気に見守り、雲行きが怪しくなっていくうちに冷や汗がだくだくと流れ、「何か弁解はございますか?」と問われた時には目眩がした。

 殺される。このままではきっと国家内乱罪で殺される。かつて一人の女のために王子の側近に上り詰め暗殺に成功したが女に裏切られ処刑された罪人グリーンゾーンのように!


「お、お姉様…」

「貴女にお姉様と呼ばれる筋合いはございません」


 腹違いでも一応妹だからそれは許してほしい。


「…貴女のことがずっと嫌いだった。お父様も、家の皆も、貴女に懐柔されていって、貴女ばかり可愛がるようになって…私の居場所を奪った貴女を、ずっと憎んでいた!」


 その叫びに衝撃を受けた。

 自分の環境を改善させることしか考えていなかった私は、そのせいで姉がどんな思いを、仕打ちを受けていたかなんて、想像もしていなかった。

 身から出た錆だと言うのか。こうなったのは、因果だとでも。


「…それでも、貴女はお父様の実の娘。跪いて許しを乞うなら恩赦は…」

「申し訳ございませんでした」


 躊躇いはなかった。

 妨げようとする王太子の腕を振り解き、恥も外聞も投げ捨て、多くの人が傍観する前で私は、土下座した。

 これで刑が軽くなるのなら安いものだ。

 だが、姉は何故かショックを受けたようだった。軽くよろめき、婚約者に支えられ大きく息を吐いた。


「…そんなに罰を受けたくないのね」


 どこか非難するような声色だった。でも、それは事実だ。

 私は死にたくない。図書室の本だってまだ解釈し切れていないのだ。死ぬのは嫌だ。まだ生きていたい。

 思えば、最初からそうだった。私は死にたくないから人に気に入られようと笑顔を貼り付けた。死にたくないから王太子の望み通りの言動をした。死にたくないから、這いつくばって命乞いをする。


「私の軽はずみな行動で、皆様に不利益をもたらしたこと、心よりお詫び申し上げます。お姉様、いいえ、フレイア様。どうか、お慈悲を」

「…貴女の処遇は追って沙汰を下します。退場なさい」


 命じられた通りに立ち上がり、歩き出す。王太子が何かを叫んでいるが、それに答えれば、きっと姉は気分を害するだろう。だから私は振り返ることなく、その場を後にした。




 審議の結果、私は嫁に出されることになった。

 それを聞いて、そんなに軽くて済むのか、と驚きがまず支配し、次に、こんな身を受け入れるということは、きっとその相手は何か思惑を抱いているに違いない、と悟った。

 女狂いの男の何十人目かの妾となるのか、拷問趣味の男に玩具として渡されるのか、はたまた生物学者の実験体にでもされるのか…と様々な推測が浮かんだが、真実はどれでもなかった。

 辺境に住う変人が、結婚相手を募集していたらしい。その条件は特になく、私のような罪人だろうが何だろうが嫁にさえ来ればどうでも良いとのこと。

 何と寛大な方か、と尊敬の念を抱く私の隣で、使用人は泣いて「こんなに可愛いお嬢様が変態の手に渡るなんて」とすがり付いてきた。学園で何が起こったのか知っているだろうに、未だに彼らは私のことを哀れんでくれていた。

 父は私に何も言うことはなかったが、姉と散々話をしたようで、どこか疲れた様子だった。それでも出立の日には見送りに参加してくれた。


 姉とはあの日以来顔を合わせていない。私のせいで彼女の人生は狂ってしまった。姉が存在して当然な居場所を、私が横取りしてしまった。

 もう一度会って謝りたいとも思うが、彼女は私の姿を目にするのも嫌だろう。せめて、これから先は愛する人と幸福になってくれることを祈る。


 私は屋敷を出て一人、片道馬車で嫁入りに向かう。

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