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サガ・黄昏の星  作者: 白夜
冒険者パーティー編
9/36

休暇


 ガウンを羽織っただけのラフなスタイルで腰掛けたスツールの横には、イーゼルが描きかけのキャンバスを掲げている

 筆をとり、豚毛についた赤色を灯油で洗い、ボロ布でぬぐった

 筆先がパレットの上で彷徨う

 キャンバスの向こうには、ジャカード織りのバラ柄のソファに横たわった女が、切れ長の目をさらに細めて、思わせぶりな表情でブリョウを見ていた

 テレピン油を少量つけて、黄色、黒、少し悩んで青色を筆先にとってくしゃくしゃとパレットの上で軽く混ぜる

 キャンバスの絵にそれを乗せると、女の乳房がグールのようにくすんでしまった

 ブリョウは落胆して筆を置く

 部屋の周りには大小様々なキャンバスが立て掛けてあった

 どこかの印章とともにSOLDOUTの札がかけてあるものもあり、アトリエの主人の技量を伺わせた

 中にはブリョウをモデルにしたような人物画もあり、この女にはこう見えているのかと思った

 ブリョウのしぼんだ気持ちを感じとった裸の女が、シルクのガウンを肩にかけて近づいてきた

 ブリョウの膝の上に乗って頬を撫でる

 シルクの生地が女の肢体を柔らかく包み、乳首の形を浮き上がらせた

 光沢のある生地が肌色を明るく見せて、女がブリョウの視界に浮かび上がる

 俺から見えるこの女の姿を、いつか描ききることが出来るだろうかと、溶けた頭で考えた


 コットンのプルオーバーにスパッツ、カーキのハーフパンツを履いて、左肩と腕にはジルが留まれるように革材の保護具をつける

 長く履いているフェザーブーツは怪鳥パラバニーの羽が編み込まれていて、フットワークを軽くした

 新しく買ったニット帽にジルの羽を刺して深くかぶる

 金が貯まって独立するときはジルの羽をトレードマークにして店を出そうと考えていた

 手首までの指ぬきグローブをはめてメッセンジャーバッグを担ぎ、家を出る

 温泉街へ向かう下り坂を駆け下りた

 ジルのために借りた借家は街の中心地から離れた高台にあり、硫黄の匂いは遠く、緑が多い

 街路樹の楓の木に括られている小鳥のえさ台にパンくずを投げ入れた

 鱗山からの山おろしの風が背中をうって、飛ぶように駆ける

 坂道の中段にある大通りの十字路に差し掛かると、馬車と出会い頭にすれ違った

 車体の下スレスレをスライディングですり抜けて駆け抜ける

 またお前か!と背中に御者の罵倒が追いかけてきた

 悪いね〜とたいして悪びれた風もなくいつものように返す

 よく見かけるこの馬車に誰が乗っているのかは知らないが、遊具のように飛び越えたり潜ったりと遊んでいる

 この前はすり抜けた車体の下にエストックが突き立てられて、危うく串刺しになりそうになった

 今日は車体をいつもより下げて妨害してきたがまだまだ、膝丈あれば十分だ

 鼻で笑ってチラリと後ろを振り向いてギョッとする

 馬車の天井からエストックが生えていた

 車体を下げたのは馬車を飛び越えるのを誘導しての事だったらしい

 もうそろそろコースを変えたほうがいいかもしれない

 落ちたスピードを上げて駆けていくと追走してくるヤツがいた

「サビオじゃん、おはよ。メッセンジャー辞めたんじゃなかったの?」

 昔の仕事仲間の女だった

 冒険者向きではない軽装で爆走するサビオを見ての事だろう

「なに、パーティークビになった?」

「なってねえよ。休業中。バイトしようと思って」

 久々に着た昔の仕事着が、体が温まっていくと同時に身に馴染んでいく

 街中の配達でも隣街までの長距離配達でも何でもいい、体が鈍らないように毎日の体力作りは走り込みから始まる

 一般的な成人男性よりも体が育たず、魔力も乏しいサビオの就職先はあまり無く、メッセンジャーで細々と生計を立てていた

 走りまわっているうちにスタミナだけは増えていって、いつの間にか誰よりも長く走れるようになった

「ふーん。じゃあ、ヒマなら今日飲みに行こうよ。」

 冒険者の話とか聴きたいな、などと言うだけいって昔馴染みは去っていった

 去り際にサビオの二の腕をつねっていった感触が、心臓のあたりをチリリと焦がした





 市街地から離れた閑散とした住宅地に佇む、こじんまりとした木造建ての住宅には、時折精霊の光が現れる

 手入れのされていない、ボウボウに繁った庭にかくれんぼするように見え隠れする

 近所の子供達が柵ごしに庭を指差してわ〜きゃ〜と騒いでいた

 庭の奥から出てきたエルフに子供達は一時黙ったが、エルフが出した楽器を見て興味津々に様子を伺う

 リラの音色と共に精霊が舞い出すのを見て柵の向こうから歓喜の声が響いた

 ただの光だったものが、形を変えて親指サイズの翅のある人の姿に変わった

 りんりん鳴る翅の音でリズムを取りながら、リラの伴奏と子供達の歌声を舞台に、そよ風をパートナーにしてティンカーベルが踊る


 アリ名義の、パーティ共用の住居の一室から庭先の一幕を観覧し、カーテンをひく

 通信の魔道具を取り出しマナを流すと、古時計が鳴るような低い音の呼び出し音がしばらく続いてから、しわがれた声が応答した

「ケントです。遺跡調査の報告です。冒険者ギルドと各神殿の神官が共同で調査を行ってますが、神殿内部に特筆するような物は何もなかったそうです。何もなさ過ぎてかえって怪しいと調査員が言ってましたが」

 変な形の神殿の中はがらんどうで、絵画や彫刻があった痕跡があるものの、全て撤去されていたらしい

 撤去であって、盗掘ではない、らしい

 綺麗に掃き清められ清潔にされていて、盗賊が掃除していくとも考えられないので、意味があって何もないと結論づけられた

 ケント達が聞いた古代語の声も止んでしまっている

 古代人は何を伝えたかったのだろう

 まだトリックがあると踏んだ冒険者ギルドが引き続き調査を行っている

「私たちが遭遇した異形のモンスターも他には存在していないようです。スライムが湧いたそうですが、普通のスライムだったそうです」

 部屋の暗がりに目がいく

 不気味に揺れるあれが脳裏に浮かんで背筋が凍った

 首が飛んだ感触を思い出し、不快感を紛らわそうと首をさする

 一生忘れられない気がした

『……スライムを研究しておる導師がな、あれは精霊の一種であると仮説を立てておる』

「精霊ですか?」

『意思のない、木霊の精霊である、と言うておる。力を木霊するとな』

「……」

『何を木霊したのかは知れないが、お前達ほどの者を追い詰めるとは脅威であるな』

 そして助けたものもな、と師匠が続ける

『学生どもを古代魔法の教授のところに飛ばしておる。その内何者が助けたのかくらいは分かろう。お主も引き続き調査を、』

「あ〜、もしも〜し、何か声が遠くなってきたんですけど、聞こえてますか〜?マナの通りが悪くなってきたんですかね〜切りますね〜」

 師匠がごにょごにょと喋っていたが、とっとと切った

 ハイハイと何でも言う事を聞いていたら、調査員にされてしまう

 これ以上面倒事に関わるのはごめんだ

 最低限の報告はしたのだし、あとは勝手にやって下さい





 夜の冒険者ギルドの賑わいは街の繁華街の喧騒とは一味違う趣きだ

 ここでは金があるものが幅を効かせるのではない

 力がものを言う世界だ

 ランク付けされた冒険者の順に持て囃される


 神殿の療養所での精進料理に辟易して抜け出した夜の街に、アリの身はすぐに馴染んでいった

 病衣のままギルド併設の食堂の扉をくぐり、いつもの大テーブルに向かう

 最近よく見る男女の冒険者が山盛りの餃子をビールで流し込んでいる

 思わず溢れたツバを啜りながら今日のメニューを心に決めた

 いつものテーブルのいつもの席で、いつものメンツに挨拶しながら飲み代をチャージする

「療養中だろ」

「飲まんと治るものも治らん」

 ケントのツッコミに言い訳をしてかえす

 実際に肉体の回復はもうとっくに済んでいる

 スライムとの戦いで唯一入院となったアリは、秘術の行使が過ぎて生命力にダメージを負った

 馴染みの神殿の癒やしを受けているわけだが、いかんせん暇だった

 日がな一日何もすることがなく、安静にと言われ、1日が過ぎゆくのをぼーっと見送っていた

 精神が混沌に囚われそうになった……

「それでアレはなんなんだ」

 アリの目線の先には人だかりが出来ている

 店の真ん中のテーブルに陣取り、女性に囲まれたジュールが鼻を伸ばして騒いでいる

 女性冒険者はもとより街角で見かける花屋の娘や、お堅そうな司書の女、メッセンジャーのような軽装の女や、商売女に見える者もいる

「オレらは古代遺跡発見の有名人だからな、クソが。特にジュールやダニールは目立つから注目される、クソが。ジュールのやつオンナ相手だとペラッペラ喋りまくるから集まる、クソッ」

 赤ら顔で半眼になった目をジュールに向けて、テーブルに懐いているサビオが答えた

 サビオが珍しく深酒をしている

 フットワークの軽さを売りにしているこいつが、翌日に響くような飲み方をしているのは初めてだ

「どうしたんだ」

「ほっといてやれよ、思春期なんだ」

「ダニールさんは取っ付き辛いし、ジュールさんは明け透けで面白いからみんなそっち行っちゃうんですよね〜」

 竜族っていうブランドも魅力的だし、とオーダーを取りに来たウェイトレスの女が言う

 また酒を注文したサビオが、ハイブランドには無い親しみやすさがだな、などとクダを巻いている

 ウェイトレスに餃子とビールを注文して、サビオの酒をジンジャーエールに替えてもらう

 酔っても顔に出ないらしいブリョウは腸詰めをつまみに黙々とウィスキーを飲んでいた

 ダニールは魚介のフライにワインだ

 傍にはリラを控えているので、ヤル気はあるのではないかと邪推する

「それで、遺跡のことからは手を引いて良かったんだよな」

 ケントが厚焼き玉子をつまみに芋焼酎を飲みながら聞いてきた

 古代遺跡の発見者という名は冒険者を生業にしているなら欲しい称号の一つだろう

 調査し、遺跡の謎を解き明かせば街の有名人どころでは無い、国の歴史に名が残る

 Sランク冒険者を目指すなら良い功績になるだろう

 だが、名が残るのは駄目だ

 ならず者も少なくない冒険者界隈で、まさしくすねに傷を持つ者の集まりであるアリ達は、名を表には出せない事情がある者もいる

 アリのそれは家によるものだが、仲間それぞれの事情は詳しくは聞いてはいない

 世の中に対するわだかまりがあるようだが、つるんでいて気持ちのいい奴らで、命を預けられる実力と信頼で今に至っている

「恐らく騎士団が出張ってくるだろうからな、主導権を巡って目を付けられるのも面倒だ」

 運ばれてきたビールをジョッキの半ばまで飲み干して一息する

 鼻に抜ける麦の香りが魂を洗っていった

 餃子を一つ口に放る

 麦の後の肉の脂は甘く舌に広がった

 ビールで流し込むと麦の香りが肉の脂を溶かしてサッパリとした後味に仕上げた

 また餃子に手が伸びる

 しばらく無言で餃子とビールのローテーションが進んだ


「依頼書にこれがあった」

 3杯目のビールがテーブルに置かれた頃、おもむろにブリョウが一枚の紙を取り出した

 獣人討伐の依頼書だった

 獣人の集団が今年も平原の彼方から人族の縄張りを荒らしに来たらしい

 ゴブリンやミノトンが確認されているとの事だった

 毎年この時期なるとやって来るので、もしかしたら彼らの季節行事かもしれない、とは魔物学者の言だ

 彼らの行動理念は闘争だ

 力が全てを格付けし、虐殺は彼らの存在意義であり、あらゆる物事に打ち勝つことが自らの精神を高めることだと信じている

 格の低いゴブリンでも、子供や老人を大量に殺せば彼らの社会では認められる一因になる

 なるほどブリョウが好みそうな仕事だ

 端的に言えば、人族と獣人の力くらべだ

 遠慮も容赦もなく、ただ純粋にどちらが強いかを命を懸けて証明できる

 9割の人族には迷惑な話であるだろうが、後の1割にとってはこれは祭りであるとも言えた

「今年の頭目はどんなヤツだろうな」

 サーモンの酢漬けをつつきながら、ケントが酔いが回り始めた頭の引き出しを漁る

 ゴブリンが多い年は手当たり次第に村を襲って被害が多い年もあった

 逆に拠点を作ってギルドと騎士団がやって来るまで待ち構えていた奴もいた

 そういう時はやたら強い獣人がいる場合が多く、Bランクになりたてでやや調子に乗っていたアリたちのパーティーは痛い目をみたものだ

 村ギッシリのミノトンなんてもう見たくない

「ギルドの偵察では、拠点を作っているらしい」

 ブリョウが据わった目でニヤリと笑い、ケントはガクリとうなだれた


「その依頼、あたし達も参加するよ」

 大テーブルに近づいてきた人物が、飲み代をチャージしてアリの隣に座った

 いい匂いのする紅いローブを羽織った女達は、同期のAランク冒険者『スカーレット』の面々だ

 いや、メンバーのエルフが白銀の冒険者プレートをチラつかせている

「Sランクに昇格したのか」

「先月ね。今はお祝いも兼ねて骨休めに来てるのよ」

 隣に座った大柄な女はリーダーのローザだ

 アリと同じ大剣を操る

 他は女エルフに、女魔法使いが二人、全員が攻撃技・術のみの、バリバリ攻撃特化型パーティーだ

「今は『壁男』は居ないのか」

 パーティーの壁役として『スカーレット』に入る男を通称壁男という

 パーティーメンバーには含まれない、あくまで臨時のメンバーで、肉壁として使い捨てにされる男のことだが、何故か希望者は後を絶たない

「子供が出来たから郷に帰らせたの」

 魔法使いのコーデリアが事も無げに言った

 器量の良いこの魔法使いの女が、気に入った壁男と関係を持ち、子供が出来たので故郷に帰らせた、というのはもう3回目の話だ

 国のあちこちにいる旧壁男は、女が残した子供を育てながら、女の帰りを待っているらしい

 何故自分で育てないのかと聞いたら、私の方が稼げるし、と返ってきた

 世知辛い

 依頼書をトントンとノックして、ローザはブリョウに目配せする

「開戦は一週間後を目処にしてるらしいね。それまでにギズモに揃った物好き達で大会する。そんなところ」

 ブリョウの瞳に仄暗い闇が降り、不気味に嗤った


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