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サガ・黄昏の星  作者: 白夜
冒険者パーティー編
8/36

壁画洞窟 後編

 周囲のマナが歪んでいくのを感じる

 割れた鏡を覗き込むような虚像が取り囲んでいった

 殺気は感じない

 ただ、死、そのものと相対すれば感じるだろう恐れがわいた

 深淵を覗いているのかもしれなかった

 スライムはただ揺れている

 アリは防御の姿勢でスライムに近づいていった

 油断していたといえ、直前に防御をとったジュールの意識を刈り取るほどのダメージを与えた巨大な剣だ

 絶対に突破されてはいけない

 ただ、宙に浮いた剣を誰が振るうというのだろう?

 スライムは何を擬態したのだろうか

 姿の見えない敵を見据える

 スライムがまた大きく揺れた

 巨大な剣が、まるで鞘から抜いた時のような音を立ててアリに切っ先を向けた

「ビルドアップ!」

 高く掲げられた5本の剣が、アリ目掛けて次々と突き立てられた

 直前にケントの身体強化術が間に合ったが、受けるだけで太刀打ち出来なかった

 1本だけなら反撃の目を感じたが、5本全ての威力は火竜かそれ以上だ

 衝撃に腕が震える

 威力を地に流したが膝が沈みかけた

 これはまずい、秘術で応じてなんとか読み切れる代物だ

 すぐにまた剣撃が迫る

 ブリョウに向かった剣が戦斧を打ちのめし、膝をついたブリョウを2つの剣が串刺しにした

 ケントの回復魔法とダニールの精霊魔法が二人掛かりで回復をかけた

 駄目だ、受けに回っていては手が足りなくなる

 すぐに立ち上がったブリョウが果敢にスライムに向かっていったが、あと一歩のところで剣の一本に吹き飛ばされた

 槍であれば届いた距離だった

 スライムが揺れて、また鞘が鳴った

 剣の嵐がアリを狙う

「スローストリーム!」

 ケントの水行術が巨大な剣を氷の嵐に閉じ込めた

 氷の粒は剣に取り付き、一時動きを阻害した

 アリは大剣にありったけのマナを込めて下段から斬りあげる

 マナを纏った斬撃が石畳を削り、削った石飛礫もろともスライムに襲いかかった

「瞬速の矢」

 スライムに迫る斬撃に、瞬きの間に放たれた光の矢がスライムの核を狙って同時に着弾した

 破裂したスライムに引きずられるように空に浮く剣が傾く

 溶解するスライムに、勝利を感じて弛緩した心が瞬く間に凍りついた

 斜めに傾いていた剣から抜刀の音が立った瞬間、剣が後衛に襲いかかったのだ

 ブリョウが剣を遮るように飛び出し、剣の腹に斧を打ち付ける

 インパクトの瞬間にマナが弾け飛ぶほどの光がほとばしり、剣筋が乱れた

「ピュリファイ!」

 ケントが回復魔法を叫んだ

 ダニールの詠唱は聞こえてこなかった

 アリは再度斬撃を飛ばしたが、スライムの再生が早い

 総攻撃だ、全員でかからなければと構えたとき、後方から悲鳴が飛んだ

「トウコツだ!」

 サビオが叫ぶ

 アリの表情が歪んだ

 今この時にか!

 猿の魔獣だ、知恵が回り、人間のように武器を持ち、剣技を操る

 前衛が必要だ、

 前衛を割かなければ、

 トウコツを倒すまで持ちこたえるしかない、

 だが、

「任せろ!」

 背後でジュールのマナが弾けた

 剣の打ち付け合う音が響く

「5分で片付ける!」


 学生たちの前に出て、猿の魔獣と交差した

「ビルドアップ!」

「アーマーブレス!」

「ピュリファイ!」

 何も指示をしなくても学生たちはデザートランスの陣形をとり、ジュールの援護に回った

 まぁ、他にやり用はないけど

 それでも恐怖に竦むことなく動けるようになっている

 トウコツは威嚇の吠え声をあげて剣を振り回した

 ニタリと嗤った好戦的な表情が人間臭くも見えた

 猿よりも賢いが、人間よりも雑な剣技だ

 だがその膂力は侮れない

 ただの力比べなら押し負けるだろう

 トウコツの大振りな剣筋をシミターで逸らし、開いた懐に斬りつけた

 あまり力が乗らない

 胸の剣撃の跡から力が抜けるような心地がした

 肺に溜まっている血を吐き出そうと、喉が勝手に咳を吐き出してくる

 身体の代謝は戦闘時には隙になる

 トウコツがその隙を狙って襲って来た

 猿特有の長い腕が広い範囲をなぎ払う

 ジュールのシミターがトウコツの剣線をなぞるように弾いたが、衝撃が胸にしみて踏ん張りが弱まる

「ウェポンブレス!」

「デテクトアニマル!」

「ピュリファイ!」

 押し出されたジュールを追うようにトウコツが飛び上がって蹴りを放った

 喉元に迫って来た蹴りを鱗の盾で防ぎ、斬りつける

 学生がかけた支援魔法が効いているのか、さっきよりも切れ味がいい

 猿が驚いて跳び退いた

「クラウドコール!」

「バブルブロー!」

「ピュリファイ!」

 学生たちが良い連携で援護する

 魔法はどうしても後手に回ってしまうもので、扱う魔法が無用にならないように戦場を読まなければならない

 オレにはムリだな、と頭より先に体が動くジュールは思った

 トウコツが吠えて剣と蹴りが交互に襲ってくる

 手足に無駄な動きがない

 人間が剣と蹴りを打ち出せば切り替えの隙ができるが、トウコツは腕が4つあるような、足が4つあるような、四肢を使った動きは滑らかでジュールは思わず舌打ちした

 交差する攻撃の合間に視界をうろつくサルの尻尾が鬱陶しい

 挑発するようなトウコツの鳴き声にイラつきながらも、攻撃を慎重に捌いた

 体の不調が冷静さを身近に寄せる

 いつも熱くなる勢いのまま振り回していた剣が、今は主導権を握るように存在を示した

 だが悠長にしている場合でもない

 後がつっかえているのだ

 徐々に押されはじめた死合模様に焦りはじめたトウコツが、気合を込めるように吠え声を上げて突っ込んできた

 マナが乗ったハウリングは学生たちには効いたらしく、小さい悲鳴が背後から聴こえた

 ジュールは咄嗟に次は蹴りがくる、と感じた

 蹴りには蹴りを

 何故そう思ったのかわからないが、ひらめきと共に動いた体がトウコツの動きを鏡合わせのようになぞった

 一撃、二撃、三撃と続いたトウコツの蹴りを蹴り返し、三撃目の蹴りで身をよじってトウコツの上空へ躍り出る

 目を見開き、驚愕したサルの顔へ一文字になぎ払って目を潰した

 《炎の矢!》

 学生たちの三重奏が響き渡り、火だるまになった魔獣が絶叫を上げてのたうちまわった

「行ってください!」

 イージスの盾をまとった学生が前に出てジュールに言った

 後の2人がひたすら土行術の岩石弾を撃っている

 ジュールは魔獣とすれ違いざまに尻尾を切り落としてから、仲間のもとへ駆けた


 魚の形をしたダニールの精霊が、ブリョウに回復魔法をかけている

 落ちた意識が浮上して直ぐに攻撃に移れるブリョウの精神はどうなっているのかと、頭の隅で考えるともなく考えた

 精霊との交感が薄れている

 先のダメージで五行値が崩れていた

 回復の威力が落ちている

 肩に受けた剣撃の痕が弓の命中率にも影響を出していた

 狙って撃ってもでたらめに飛んでいく有様に、数を撃つだけ撃って居直っている

 剣の攻撃を完全に捌けるのはアリだけだった

 ケントの魔法盾は土行値次第だが、今は水行値の方が高いので危険な水準だ

 ブリョウは3本目まではさばいていて、何度も体に穴が開いているにも関わらず、闘志が尽きる事がない

 私に攻撃が来たら対処のしようがなかった

 腹立たしいことである

 剣の攻撃範囲が広く易々とは近づけないにも関わらず、肝心の遠距離攻撃の担当が回復魔法で手一杯だ

 火竜ゼリンが優しかったと感じるほどだった

 今のところ、アリに攻撃が行ったときだけが反撃のチャンスだが、スライムにしてはあり得ないほどのしぶとさで倒しきれずにいる

 鬱屈した感情が湧いてきて、詰んだな、などと腐っていると後方から火行のたかぶりを感じ、一陣の風が傍を通り過ぎていった

「遅い」

 笑いそうになる口を誤魔化した


 剣撃がブリョウを狙っていた

 3本を撃ち返したが、腕に走る衝撃が戦斧の刃を下げさせてブリョウの命を脅かした

 歪んだマナが前方に迫るが、後方から近づく馴染みの気配がブリョウの闘志を燃やした

 闘気が全身を巡り戦斧に馴染んでいく

 4本目の剣が襲いかかったとき、目の前に現れた影が剣撃を逸らした

 鱗を煌めかせ現れたジュールが、アリと2人がかりで5本目の剣の動きを留め、ブリョウの戦斧が剣の腹目掛けて振り抜かれた

 剣の刀身にひびが入り、刀身が震えて一時動きを止める

 目配せした5人が素早く陣をとった

 右にブリョウとケント、左にジュールとダニール

 アリを中心にしてピラミッド型に展開した陣形はスペキュレイション

 前衛のどこに攻撃が来てもあとの2人が素早く攻撃に移れるよう前衛はやや密集した位置を取っていて、攻撃的な布陣といえる

 硬直が抜けた刀身がアリに襲いかかり、その隙をついてブリョウとジュールが剣撃の傍をすり抜けた

 剣の攻撃は一度に1人しかターゲットしない

 誰か1人でもスライムに肉薄出来れば良い

 ブリョウは武器にマナを込め、スライムに殺気を飛ばした

 殺気に当てられたようにスライムがぶるんと揺れ、ブリョウは深淵の目がこちらを向いたのを感じた

 アリを打ち据えた後、素早くブリョウに狙いを定めた5本の剣が空中から投擲された

 ブリョウは走る勢いを乗せて剣撃と打ち合い、剣の嵐を横断する

 剣の一本に競り負けて腹を串刺しにされたブリョウに、魚の形の精霊が纏わり付いた

 肉体は回復したが、直ぐに反応出来なかった

 ブリョウもアリも生命力が弱まってきている

 限界が近かった

 ブリョウを置き去りにして剣撃の合間を抜けたジュールの耳にまたしても鞘の鳴る音が聞こえる

「スローストリーム!」

 ケントの放った氷雪が剣の動きを阻んだ

 場の高い水行値が暴風雪のように荒れ狂い、スライムまでを凍らせた

 剣の嵐をかいくぐり、アリとブリョウを盾にして詰めた距離、ゼロ距離からの神速の突きが放たれた

 これで終わりだ!


 核まであと数センチ、勝利を確信した瞬間、5つの剣が1つに合わさり、歪んだ漆黒の剣に変貌した

 抜刀の音がした時にはすでにジュールは真っ二つに切り落とされていた

 スライムの左右に投げ出されたジュールだったものが、血溜まりの中に沈んでいく

 漆黒の剣は再び5つに分かれ、ブリョウに矛先を向けた

「ピュリファイ!」

 回復魔法は間に合わなかった

 ブリョウは5本の剣全てに貫かれていた

 アリがスライムに決死で迫ったが、スライムがまた大きく揺れて黒い翼が現れた

 翼が起こした風がマナを歪ませ魂を汚していく

 漆黒の翼から吐き出される瘴気を帯びた吐息がアリの精神を蝕んでいった

 思考が散っていく

 肉体の輪郭が曖昧に感じる

 混沌の海に沈む

 肉体から魂が、魂から精神が、ほどけて消えていくようだった

 また5本の剣が1つに合わさっていく

 漆黒の剣が次に選んだのはケントだった

 イージスの盾は発動せず、首が飛んだ

「ミリオンダラー」

 ダニールの、命全てを込めたマナの矢が放たれた

 漆黒の剣が目の前にあった


 神殿に光が灯った

 月の光のような淡い輝きが血濡れた戦場に降り注ぎ、光は糸になって円を結んでいく

 巨大な魔法陣が戦場を包み、虚空に月が幻視した

 ダニールの首に刺さっていた剣が抜き取られ、命をかけた万の矢がダニールの弓に還っていった

 吹き飛んだケントの首が飛び散った血を回収しながら元の場所に戻ろうとした

 アリの体から黒い影が流れ出て目に光が戻っていく

 大穴が開いたブリョウの体が、肉を再生して起き上がった

 真っ二つに分かたれたジュールの体が元どうりにくっついて、攻撃した姿勢に巻き戻った


「幻日!」

 ジュールがまぼろしの光に包まれるのと漆黒の剣が形作られるのが同時だった

 ジュールの幻影が引き裂かれて消えた後方に本体が無事に姿を現わす

 額に一筋の血が流れ、間一髪で命を繋いだ事を知らせた

 何が起きたのか、誰にも説明はつかなかった

 だが、必殺の攻撃もタイミングが分かるならば

 5本の剣がブリョウを狙った

 ブリョウは全ての剣撃を受けきり、渾身を込めた一撃で剣の一本を打ち砕いた

「レストレーション!」

 アリを覆った漆黒の風が、ケントの木行術で散っていった

 鼻から抜けていった澄んだモミの木の香りがアリの精神を肉体に戻していく

 澄み渡る意識とアリの秘術が、漆黒の剣の軌道を知覚させた

 ケントに迫る黒剣に割り込み弾く

「くれてやる!」

 ブリョウが叫んで剣の腹を打ち据えた

 戦斧が砕け、漆黒の剣にひびが入った

 ダニールに向かった黒剣の軌道上にはすでにジュールが構えている

 学生たちの支援回復がダニールに次々贈られた

「フェニックスアロー」

 黒剣の衝撃にジュールは吹っ飛ばされたが、剣撃はダニールには届かなかった

 火の鳥を纏った矢がスライム目掛けて飛んでいく

 4本の剣が火の鳥を斬りつけたが、いずれもフェニックスを遮ることはできなかった

 迷いなく、撃ち落とされることもなく、核を狙い撃った矢は激しい炎で燃え上がり、スライムは崩れた

 虚空に浮いた剣が形を失い消えていった


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