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サガ・黄昏の星  作者: 白夜
冒険者パーティー編
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しっとりとした空気が辺りを包んでいる

陽を浴びて暖かくなった土を冷やす雨は、逆に土を焼いたようなツンとする匂いを浮かび上がらせた

だが時間が経ち、湿度が匂いを包んで落ち着かせると、モミの木が雨を含んで強い香りを放っているのに気づく

雨雲によって周囲は薄暗く、遠くの花畑が雨で煙って見えた

だが暗闇ではない明るさが目に優しく周囲の色合いを映した

太陽の光と爽やかな風で輝くような色味を出していた草花が、今は雨に濡れて落ち着いた色合いに変わっていた

色味は濃くなり、水滴が艶を演出しているようだった

生命の水を受けて、草花に生命力が満ちている

そんな雨のカーテンの中を、一匹の魚が泳いでいた

蒼く長い尾びれをたなびかせ、踊っているようにも見える

踊る精霊を眺めながらエルフがリラを弾いていた

ゆっくりと余韻をもって奏でる音色に、彼の精霊は楽しそうにスカートをひるがえした




モミの木の群生地を見つけてキャンプを張ったころ、雨が降り出してきた

強くはない雨だがもう半日ほど降っている

今日の移動は諦めて天幕を増やし、学生達に火の魔法やら風の魔法やらをやらせて食事を作った

肉料理に飽きてきているサビオは、降る雨を見て水性の魔物を思い出した

デカいカニの魔物だ

ただ茹でただけでも旨いダシが出る

乾燥野菜をそれで戻すとダシが染みて高級料理だ

ホロリと口の中で解ける身は、噛むほど甘いエキスが舌の上に広がる

旨い妄想はしかし、出来上がった焼肉の匂いに消えていった

仲間達が早く肉をよこせとせっついてくる


学生の実習は今の所順調だ

先ほど仕留めた魔鳥の焼き肉と乾パンをかじりながら、ケントは依頼の進捗を確認する

すでに何個か中級術を取得していて、その術をもとに高等術を読み解くわけだが、ここからは色々な術を使ってマナの巡りを促さなければならない

学生達も戦闘に慣れてきたようだし、いっそ全員出して、デザートランスか龍陣で行けないだろうかと考える

アリに相談しようとして、それに気づいた

「ほんとに勇者目指すのか?」

前にも聞いたことをまた聞いていた

アリが魔道板を眺めていて、読み解きがほんの少し進んでいた

「ただのロマンだ」

だよなあ

俺もそのロマンを追いかけた事もある

結果はこのとおり

勇者が悪魔だか魔王だかと戦ってから20年

戦後に生まれたもの達は、今もどこかで実在する英雄に憧れた

吟遊詩人の唄に夢を見たものだ

世界中の神殿の祈りが勇者を呼び、滅びを遠ざけて平和が訪れた

ダニールがおもむろに英雄の唄を歌い出した

昔吟遊詩人をやっていたことがあるらしい歌声が、雨の中に静かに響いていった


じっとしていられない男ジュールが、濡れねずみになってキャンプに戻ってきた

鱗が水気を弾くので、濡れるということに忌避感が無いらしい

なんかあっちに洞窟がある、と言って食事に加わった

横数キロが段差になって盛り上がっていて、一部洞窟が覗いている所があるらしい

ちょっと中に入ってみたら所々に壁画が描かれていたと言っている

アリ達のパーティーにとって、ここらの平原はホームだ

そんな壁画洞窟は知らない

遺跡があるという話も聞かないが、

「人族が知らないからと言って、この星の全てが語られた訳ではあるまい」

と、長命のエルフに言われてしまった

今は依頼中なので探索することは出来ないのだが、学生達が興味津々で聞いている

爛々と輝く6個の目玉に、お調子者のジュールがのぼせないわけもなく、興味を引くような事をペラペラと喋っている




平原の先にある岩山地帯には遺跡群があり、遺跡を発見した冒険者は山の麓の地下洞窟を伝って辿り着いたという

地下洞窟の壁画を伝い、罠や仕掛けを解いて抜けた先は岩山の頂上で、岩山全体が蟻の巣状の遺跡になっていた

頂上の穴はワイバーンの群れが巣にしているので、岩山の9合目以上は調査が進んでいないが、幻の古代文明のお宝を求めて今も冒険者は後を絶たない



洞窟の中に入ると粉塵が舞っているような埃っぽさがあった

探検家などが入って整理された洞窟と違い、足場のない岩だらけのなかを進んだ

進むたびにガラガラと音を立てて岩が崩れていく

地盤沈下などで出来た新しい入り口なのだろう

地盤が落ち着いていないのなら、長居するのは良くないかもしれない

引き返そうかと考えた時に、赤い塗料が壁面に現れた

蝙蝠のような翼に、鱗で覆われた長い尻尾が描かれているように見える

何かの生き物のようだが壁面が崩れた岩で覆われていて全体は見えない

だがジュールにはピンときた

ドラゴンだ、そうに違いない

もっと見ようと壁面を覆う岩を崩して除ける

カエルのように飛び跳ねながら岩の先を崩して回った

崩した先から新しい壁画が顔を出していて、誘導されるように奥へ奥へと進んでいった

洞窟の奥は先細っていって、突き当たった先には何もなかった

だがなんとなく、マナの流れが違って感じた

地層の動きでもない、地脈の流れでもない、停滞してこもった何かを感じる

しばし考えて、やめた

頭を使うのは性に合わない

そういうのはリーダーやケントがやる事だ

塗料のついた小石を一つポケットに入れてその場を後にした


ジュールが持ち出してきた小石を学生達が調査を始めた

塗料を削り出して色々な術をかけて反応を見ている

卒業試験中の学生にはどんな発見でもチャンスになる

遺跡の発見、調査を学院に報告すれば、試験合格の確実な一手になるだろう

どんな遺跡にせよ、新しい発見ならそれは人生のチャンスだ

ジュールの言う、『停滞してこもった何か』が本当なら、永らく封印されていた古代遺跡の可能性も高まる

学生の安全を考えるなら、出来たばかりの洞窟になど連れて行くべきではない

試験が無事終了して足場を作ってから臨むほうがいい

「ロマンか……」

アリは十代の頃を思い出した

自分の無鉄砲に付き合ってくれた大人達を思い出す

順当に番が回ってきたと言う事だろう


小雨に降っていた空が、いつのまにか霧雨に変わっていた

雨雲の隙間から陽が差してきて、淡い光が行く先を照らしている


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