幸運の木
大昔、鱗山が噴火する前には大森林があり、精霊の棲家になっていたという
森林の守護者の大精霊がこの土地の信仰の対象だった
鱗山が噴火してからは、木の精霊と火の精霊の大ゲンカを火竜が仲裁したのだ、という唄が流行った
今は火竜ゼリンがこの土地の守護者で、精霊と違ってものを食うので、魔物がさっぱり寄り付かなくなった
食いようの無いトレントあたりが爪とぎ用にひっそりと生かされている
大精霊たちが去っていった今でも、残り香の様にマナの残滓があり、低ランクの精霊が住み着いている
安全で、そこそこのマナがある鱗山の周辺には魔法使いの研究者が度々訪れた
深い森の奥、獣道も埋まるような道なき道の先に、地図に乗らない泉がある
岩場に埋まるようにある、水量の少ない泉は、泉というより沼のようだった
岩場の祠の前に、粗末な麻の貫頭衣をきた男が靴も履かずに裸足で立っていた
動くとむき出しの素足に石がめり込むので、歩くことすら覚束ない
祠の前にある木箱ににじり寄りながら、金遁を練る
心を決めて素早く開けると、粘性のある水が飛び散った
貫頭衣が黒ずみながら溶け出していって、火傷をしたような熱と痛みが肌を覆った
恐怖で回復魔法を唱えかけて、やめろ!と檄が飛んだ
「マジックロック!」
痛みと恐怖で歯の根が合わないながらも、木箱の中にいる不定系の魔物を魔法の監獄に閉じ込めた
ぎゅうぎゅうに圧縮されて長方形の延べ板にされたミミックに、攻撃魔法を次々撃った
術具が無ければ攻撃魔法は炎の矢しかない
マジックロックを挟みながら気絶寸前までマナが枯渇したところで、やっとミミックが力尽きた
明滅していた核が境目がわからないくらい薄く揺らいで散っていく
粘度が無くなり、くすんだ石版のようになったミミックの残骸が、茫洋と光りながら表面に文字を刻んでいった
その様子を茫然と眺めていると、見守っていた男にやったな、と肩を叩かれ靴を渡された
自分で得たはじめての魔道板だ
喜びで体の痛みも消えていくようだった
喜びを噛み締めている魔法学院の後輩に、ケントは自分の時のことを思い出しながら回復魔法をかけてやった
魔法学院の卒業試験のシーズンだ
自分の魔道板を得てそれを読み解き、得た力を示せば卒業だ
その後は国の魔法兵団に入ったり、冒険者になったり、学院の上位学部の魔導院に入ったり、そこから本格的に魔法使いの人生がはじまっていく
魔道板を得られなければ落第だが、魔法学院で学んだものとして、就職先はそこそこあった
魔道板の入手方法は魔物との戦闘で低確率で手に入るとされている
だからこの時期の冒険者ギルドの掲示板には、学院からの戦闘補助の依頼が増えてくる
ギズモの街の冒険者ギルドには、ケントの学生時代の恩師から名指しで依頼が入っていた
ケントの師匠が教えてくれた魔道板の入手方法は特殊で、入手確率が高い上に、高位の魔道板が手に入る確率が非常に高かった
たがそのかわり、とても危険だ
いっさいの武具、防具、補助道具の使用が禁止で、靴すらも着用してはならず、自らの魔力のみでスライム系のミミックを一人で討伐するというものだ
ただのスライムを倒すのは初級魔法でも簡単だが、ミミック化したスライムになると難易度が跳ね上がる
スライムの擬態レベルが上がり、強力な魔物の攻撃が飛んでくるのだ
後衛職が前提の魔法使いが、比喩でなく紙防御で物理攻撃に晒されながらのタイマン勝負はなかなか厳しい
この方法が下手に流行って、死亡者が出ても困るので、実力のある口の堅い者だけが選抜されて来る
後輩が服を着る間、ミミックがいた木箱を祠の中に戻して、また来年のシーズンまで置いておく
沼地などの停滞した水場ではスライムがよく育ち、鱗山のマナを吸ってミミックに進化するはずだ
祠の扉に魔法学院の魔法印を焼き付けて岩場を出る
沼地の周囲には同じものが何個も設置してあった
なぜこの方法で魔道板が取れるのか、ケントは知らない
学院で検証しているようだが、下手に首を突っ込むと研究員にされてしまうので、取れた魔道板を送るだけにしている
沼地を離れて獣道を進んでいくと一枚の大岩が道沿いに出て来て、岩から生えるように巨木がたっていた
ダニールが幸運の木だな、と言っていたのが通称になっている
岩の前でキャンプを張っているパーティーメンバーに挨拶をして座った
魔道板の事は魔法学院の秘密なので、たとえ仲間でも同席は遠慮してもらっている
まぁ、見ようと思えば見られるのだが
「これで全員か」
アリが聞いて、学院の生徒3人が頷いた
「例年通り、平原で魔物狩りをする。戦闘はこちらで受け持つので、学生さん達は回復魔法だけをお願いする」
契約している内容を再度確認した
魔道板を読み解くにはマナを込めればいいが、机の上で込めても魔道板は反応しない
戦闘の中で巡るマナに反応するのだ
「学生さんが回復したら移動を開始する」
最後に魔道板を取得した学生が返事をして、さっそく自分の魔道板をいじりだした
学院で支給されるものではなく、自分で獲得した魔道板だ、喜びもひとしおだろう
サビオがスープの入ったカップとナイフを渡してくる
暇つぶしに近くの木を的にしてダーツをしていたようだ
ナイフを投げるが弾かれてしまった
向いていないようだ
ダニールはリラを弾いている
ポロポロと小さな音色が静かに響いていて、ジルが唄うようにピイと鳴いた
ブリョウは新しい武器の戦斧を振り回して調子を整えている
脇には切り倒された木々が横たわっていて、やや開拓されていた
古屋ぐらいは作りたいと思っていた所だが、生木では無理だろう
ジュールは暇を持て余して何処かへ行ってしまったようだ
「剣士が魔道板を持つのは大変だぞ」
沼地で取れた初級魔道板を眺めているアリにケントが言った
手でなぞりながらマナを込めているようにみえる
「勇者でも目指すか?」
お伽話のように語られる、剣と魔法を操る勇者の話を思い出した
「あの人は特別製だからなぁ」
「アリは会ったことがあるんだっけ」
男の子の憧れの勇者に会ったことがあるという、羨ましすぎて聞けなかった話を聞いてみた
地域によっては勇者のイメージは大幅に違って語られている
巌のような大男だったり、エルフのような線の細い美男子だったりする
日々の小銭を稼ぐ吟遊詩人が見栄え良く話を盛っているのだろう
アリから聞く話の方がよっぽど信用出来そうだ
会ったんじゃない、見ただけだ、と前置きしてアリが話した
「俺がいくつの時だったか……割と小柄なひとだったな。だが鋼のような強靭さだった。例えるなら、見た目がお前で正体が火竜、か?」
なんだそりゃ本当に人間か?
「それで魔法も使うんだろ?」
普通、武道家は自分のマナを無意識レベルで肉体に巡らせ自己強化に使っていて、魔法に割いている余裕はない
強化魔法を一つ二つ持っているだけだ
攻撃魔法にまで振っているやつは中途半端な器用貧乏になるだけだった
「魔法の方はわからんな。領主が魔法抜きの、騎士団長との試合を開いたんだ」
大人対子供のような有様で団長が負けて、結局、騎士団全員の勝ち抜き戦になってしまい、それでも息すら上がっていないようだった
「すげえなソレ。騎士団の実力も千差あるけど、それギズモの騎士団?あれでもリーダー出身どこだっけ」
いつの間にか戻ってきていたジュールが、どこかで採ってきたらしい蜂の巣を抱えていて、ハチの子を摘みながら話に混じってきた
「全員揃ったな」
学生たちの体力も戻った頃合いだ、いくか、とアリが腰を上げる
「ええ〜……俺今戻ったばっかなのに」
知るか、遊びに来たんじゃないんだぞ