うろこ山の宝 後編
活火山である鱗山の麓街ギズモは、周辺に噴き出している温泉で観光地として栄えている
加えて火竜ゼリンの縄張りであり、魔物も少ないので、人族の保養地になっていた
すれ違う人々はみな、簡易な服装で温泉街を散策している
鎧を脱いだブリョウも露店を冷やかしながら、失った槍の代わりを探していた
ひと財産になるような業物だったので代わりになる物など無いが、いつかまた、取り返しに挑みに行けばいいと、ちょっとした目標になっている
ぐぅ、と腹が鳴って、空を見上げると太陽が真上にあった
周りの露店も食べ物屋が増えていて、いい匂いを漂わせている
気付くと急に腹が減ってくる
同意するようにまた腹の虫が鳴って、何か食わせろとブリョウを急かしてきた
仲間と落ち合うのは大体昼ごろだ
頃合だろう
冒険者ギルドに併設されている食堂のメニューは、安さとボリュームだけが売りの塩味しかない
エネルギーをかきこむだけが目的のメッセンジャーがいたり、自分で調味出来るのがいいとこだわる研究者もいた
ダニールの目的は、冒険者がたまに持ち込む、変わった素材を使ったメニューだ
店の奥のいつもの定位置に向かいながら、大抵『本日のオススメ』を食べている、最近よく見るカップルをチラ見する
男の前には一枚でも顔ぐらいの大きさがありそうなハンバーグが10枚積んであり、何かのソースをつけて無心で食っている
女はもう食べ終わったのか、コーヒーを飲んでいるだけだ
魚料理のほうが好きなダニールはすぐに興味を失って、奥の席10人掛けの、いつもの大テーブルに座った
ダニールが店員に飲み物を頼んで席に着き、どうぞ、と目で合図を送ってきたのを受けて、ケントは音頭をとった
「まずは依頼達成の報告をしたいと思います。神官の方々には、潜入、撤退の折のご協力ありがとうございました」
大テーブルの右側にケント達のパーティー、左側に黒服の神官達が座る
修道帽から垂れ下がる薄布が顔を覆っていて、性別はおろか種族もよく分からなかった
アリが重ねて礼をすると、神官達は軽く頷いた
山に隠蔽魔法をかける契約をしていた、闇の神殿の神官達だ
「報酬の3割を、神殿への寄付として契約していましたが、回復の支援も頂いたので4割の寄付として手続きをいたしました」
あの時、火竜の尾に串刺しにされたのは、ジュールの特殊魔法幻日による幻影だ
一度だけ、致死の攻撃をまぼろしで回避する幻惑魔法だ
ジュールの一族にだけ伝わる術らしく、魔法学院の古文書にうっすら載っているくらいで、見たのは初めてだった
だが直前の竜尾の鞭はまともに受けて酷い有様で、パーティーの元へたどり着いたときは本当に虫の息だった
内臓機能は止まりかけていて、骨は所々粉砕骨折、マナの乱れがとくに酷く、これで死んだら確実にグール化していただろう
ケントの魔法で回復しきれるものではなかった
ジュールの状態を見てアリは撤退を決め、本命がうまくやってくれることを祈ることにしたのだ
『癒しは神官の義務ですので、礼には及びません。ですが、信仰の気持ちを示すのなら、受け入れましょう』
男のような女のような、2重の声がケント達に祝福の祈りを送り、席を後にした
椅子の背につかまり、ジッと様子を伺っていた相棒のジルが、神官達がいなくなるとその椅子の背に飛び移って、また銅像の様にジッと動かなくなった
タカ科の仲間のトンビだけど、こいつはそんなに勇敢なわけじゃない
カラスにタイマンで負けるときもある
結構ある
そんな臆病な相棒を、火竜が闊歩する鱗山に飛ばすのは身を切られる思いがした
「声に出てるぞ」
「出してんだよ」
ケントのツッコミを斬って捨てる
見計らった様に運ばれてきた料理をやけくその様に齧りながら、リーダーをにらみ付けた
今回の依頼内容は、ただの荷物持ちのサビオにとって、全くもって理不尽だった
パーティーの荷物持ち、連絡係、料理番、呼び方はなんでもいいが、とにかく非戦闘員のはずのサビオが、なぜだか火竜の卵を盗む最前線に突っ込まれた
妙に耳が良くて、夜目が良くきき、モヤシとあだ名がつくほどの身軽さが売りのサブメンバーが、よしいってこい、と放り出されたのだ
アリ達囮組の反対側の崖からえっちらおっちら5日かけて登って、半日火竜の鼻先で息を殺して待機していた
闇の神殿から借り受けた、気配を完全に遮断する闇の宝具で安全だといっても、ドラゴンのねぐらで心が休まるはずが無い
モヤシどころか枯葉くらいに痩けたと思った
サブメンバーとしてパーティーに加わったはずだと、サビオとジルは声高に抗議した
「俺たちだけやれるつもりで挑んではいたんだがな……すまなかった」
リーダーは潔かった
だからリーダーなんだけど悔しい
ケントもブリョウも難しい顔をしている
解っている
自分の領分で力が及ばなかったのが悔しくないわけが無い
なのでサビオは矛先を変えた
「リーダーは悪くないだろ。明らかなポンコツが足引っ張ってる」
全員の視線が一人に向かった
へらっと笑った鱗の男はまだ少しヨレヨレしていて、生命力が乏しい
だが追求の手は止めない
パーティーの命運がかかっているのだ
「こいつ、卵見つけた途端、キモチワリー顔して頬ずりしてたんだぞ」
絶対目的忘れてただろ
こいつがちゃんと機能してたら、おれが保険で駆り出されることも無かったはずだ
全員の目が白んだ
「いやいやいや、お前ら見てないからそんな事いうんだって」
どれだけ美しかったかとか、神々しかったんだとか、同族なので心が痛んだんだとか、同じく現物を見たサビオも同意はするが
「仕事だろうが」
アリが目頭を押さえて唸った
昇級がかかった依頼だったのだ、頭も痛くなる
これでSランクパーティーを名乗れるはずだった
ひと月前に全国のギルドに貼り出された依頼書には、鷲の紋章が押印されていた
王家の紋章だ
報酬もケタ違いで皆沸いたが、依頼内容はエルダードラゴンの卵
Sランク以下はお呼びじゃなかった
鱗山周辺は魔物の少ない地域で、Sランク冒険者は常駐していない
たまに観光に来るぐらいだ
だがこれはチャンスだとアリは思った
鱗山に住むエルダードラゴンは気性の穏やかなドラゴンで、戦闘好きではあるが闘いに敬意を払っていて、報復しない竜だった
ドラゴンの住処としては人族の近くにあって、度々ちょっかいを出されているというのに襲ってきたという話は聞かない
失敗してもそこまで追いかけては来ないだろうという憶測があった
この依頼が達成出来たらSランクへのランクアップが認められるかもしれない
ポンコツ……ジュールの同族贔屓が足を引っ張り、アリのパーティーの冒険者ランクはAランクで足踏みしていた
Sランク冒険者の依頼には強力な魔物の討伐もある
強力な魔物には高い割合で竜族が関わっていたりする
そして攻撃の要であるジュールが対ドラゴン戦でポンコツなのだ
「大体なぜ最後の一歩を火竜に向かっていったんだ?」
勝てない相手から逃げているのに、最後の最後で単独で攻撃しにいったのだ
時間稼ぎなら合流した後の方が確実だ
鱗を波立たせながら、イケるかと思って……とのたまったジュールに全員が深いため息を吐いた
「依頼自体は達成している。申請すればSランクへのランクアップは認められるかもしれないが……」
ポンコツ以外が苦い顔をする
「やめておきたまえ。パーティーのランクアップより、ポンコツのおつむをランクアップさせないと、昇級したところで手に余るだけだ」
ダニールが辛辣な正論を言って、この話はお開きとなった