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サガ・黄昏の星  作者: 白夜
冒険者パーティー編
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鱗山 後編


時間がねじれたような、世界がふたりだけの空間に切り取られた

耳鳴りにも似たマナの共鳴が、世界から他の音を消していく

ダンスの誘いをするようにファルシオンがふたりの間に伸び、手を取るように生ぬるいブレスが辺りに広がった

集中し、張り詰めていく緊張の糸をふたり、強く細く引き合っていく

一対の雌雄が、狭まる極限の世界に投げ込まれた


死合いの開始を告げる咆哮が、ジュールに向けて轟いた

雷鳴のような咆哮が、人の腕ほどもある牙を弦にして、身を揺るがすほどの地響きを伴った

闘いの資格を試すようにジュールの精神を揺さぶり、押さえつけるゼリンのマナを、跳ね返すようにジュールもまた、腹の底から吠え声をあげた


5本の鋭いかぎ爪が、撫でるように空間を滑る

踏み込んだジュールに向かって、かぎ爪の斬撃が風魔法に乗って襲いかかった

ファルシオンで勢いを削ぎ、盾でガードした

盾ごと押し出す威力を殺さずに、そのまま弾かれる勢いで跳び退き、3本目のかぎ爪を避ける

頭上、真上から覆うような4本目と5本目の斬撃をジュールはガードしなかった

意識も無く、反射のようなマナが背に流れ、稲妻のように地を這う進撃が斬撃をすり抜ける

背後の地を削る斬撃を置き去りにして、神速に迫るスピードのままファルシオンを構えた

踏み込んだ左足から湧き上がるようなマナが全身を巡り、瞬発力が高まった体から押し出されるようにファルシオンが伸び、火竜の喉元に迫った

ゼリンと目が合う


ファルシオンの刃が火竜の鱗の隙間にほんの少し埋まった瞬間、鱗が逆立つような悪寒がジュールの背を駆け抜けた

埋めかけたファルシオンを引き、盾と身を固めた瞬間、鞭のような竜尾の戟がジュールを打ち据える

二度三度と続いたあと、とどめに向けられた切っ先をファルシオンで勢いを逸らした

竜の重たい尾の先が、下手な返しを無視して押し潰そうと勢いを増す

つむじのような旋風が、尾に寄り添うように巻き起こった

火花と紫電がつむじに巻かれ、剣を打ち付け合うような鈍い音が回転の勢いに合わせて螺旋に立った

竜尾の鱗に少しのキズを付け、つむじの中心はゼリンから少し距離をとる


旋回の勢いが落ち、遠心力が切れたジュールの体に、ダメージが膝にのし掛かった

落ちかけた膝を補うように、マナが下半身に集中する

代わりに盾を持った左腕が力なく垂れ下がった

激しい鼓動が呼吸をつり上げ、脈打つたびに腕が痛んだ

腕の変なところが盛り上がっているのは、骨が折れてズレているからだろう

盾も欠けている

欠けた盾が通用する相手では無い

腕も上がらないし、辛うじてー回くらいなら玉を護れるくらいだろうか?

おんなは金的に容赦ないからなあ、と上がる息を誤魔化しながらへらりと笑った


ゼリンは追い打ちをかけては来なかった

ここで向かってくるのか、諦めるのか、試すような眼差しを縦長な瞳孔に感じた

魚眼レンズから覗いたような、火竜の巨体がさらに大きく偉大にジュールの目に映った

手を上げて、火竜の足下に平伏したい衝動を、心の中心に感じている

逃げたい本能と、逃げたくない欲求が、ジュールを板挟みにして身動きを封じた

バシリと貼られたシールのように、ドラゴンに対する弱さがジュールの本能から剥がれない

貼り替えられたらいいのにと、ジュールは思った

昆虫に対する嫌な思い出を、替わりに上書き出来ないだろうか


挑戦者を見極めるように火竜の目が細められ、火のマナが揺らぎ始めた

ゆっくりと開かれていく顎門(あぎと)から、圧縮するように渦巻くマナが火竜の喉元に収束されていく

場に溢れる火のマナが高まる火竜のマナに煽られ、上昇気流となって空に向かって昇っていった

ゼリンのマナに焼かれたようにジュールの鱗もまた、紅く色づいていく


閃きはなかった

ただ何も感じずに、無感情でファルシオンを持つ右腕を上げた

静まる心とは対照的に、昂まるマナがジュールの影のように被さった

ここだと思って動いたわけではない

だがジュールと同じタイミングで、ゼリンもブレスの動作に入っていた

腫れ上がった火竜の喉が、水が溢れる瞬間の緊張感を思い出させる

白い閃光に向かって、目が眩む前に飛び出した


ジュールの踏み込みに地がえぐれ、一拍の半分にも満たない刹那に、ゼリンの太陽のような熱源が目の前に迫った

大きく開いた喉奥で、炎を突き破りほとばしった閃光がジュールの目を焼きかけた瞬間、呼びかけるようなマナの波動が背後を追うのを察知した

迷いもなく、振り向くこともなく、閃きの意識さえ置き去りにした肉体の反射が、ジュールを抜き去った鋼の矢に追随した


『   ザップショット

    龍尾返し      』


質量を上げる火の球へ、気流を巻き込み火炎を散らしながら突き刺さった鋼の矢が、巻き込んだ風の流れを炎へ吹き込んだ

喉奥に注がれた大量の空気にブレスが暴発し、えずいたゼリンの腹の下をジュールが走り抜け、尾に沿って斬り流す

切り返しの斬撃が、尾の先の飾り鱗を数枚斬り捨てる

ゼリンから距離を取ったジュールの隣に、槍を構えたブリョウが並んだ



黒い鋼鉄の刃が火炎の明かりを反射して、赤紫色に輝いた

穂先と同じ黒い柄に装飾はない

くたびれた布が滑り止めに巻いてあるだけの、実用性だけを追求したような黒い槍は装備者の性格をそのまま写したよう飾り気はなく、鋭い光を刃の先にだけ集めていた

袈裟懸けから刺突、そのまま切り返しとなぞる

うむ、と一つ満足げに頷いて、ブリョウは久しぶりの槍の感触を楽しんだ

金行術ウェポンブレスを槍にかけると、マナを通して吸い付くように心地よく手のひらに馴染んでいった

数ヶ月の風雨に晒されたにも関わらず、錆びない鉄(ダマスクス)は相変わらず硬質な赤紫の光をちらつかせ、刃の縁に沿って滑っていった

「加勢は不要だ」

左側に立ったブリョウに手出し無用とジュールが言う

うむ、とブリョウは頷いた

「俺の加勢も不要だ」

一拍の沈黙の後、ふはっと笑ったような気配に、ブリョウの口角も少し上がった


逆巻く二つのマナの流れが火竜の炎を巻き上げて、追い風のように2人の間を吹き抜けた

風が味方しているようだと、ブリョウは思った

追い風が足取りを軽くして、いつもの一歩がさらに素早く敵に迫る

火竜にとっては動作を遅くする憎たらしい向かい風であるだろう

はやてに押されるように走り出したジュールの後をブリョウが追った


加勢はしない

だが利用はさせてもらおうか



槍を失ってから斧を持ち、斧術において必要なのは腕力だけではないという事をブリョウは知った

柄の先端に付けられた分厚い刃は、腕力だけで扱おうとすれば斧に振り回されることになる

木を倒すために必要なのは、うつろう重心をどう捌くか、体の軸をしっかりと自分で操ることだった

今、槍を持ち、斧ほどの分厚い刃は無いが柄は長く、重心は遠い

小手先ではない、体の全てでもって槍と成す

火竜のかぎ爪が風魔法に乗って飛んできた

ブリョウは避けずに柄を前にして構える

衝撃波とは思えない、質量を持つような火竜の攻撃が、ブリョウの腕となった黒鋼に重くのしかかった


斧を砕かれてから鋼の杖を手にしたとき、短すぎるとブリョウは思った

刃も無く、殴りつけるしか用を為さず、バルバロイと対峙したときは耐久戦になるだろうと覚悟をした

殴り殴られ、頭部から流れた血が目に流れ、視界が赤くなるたびに危機感が杖を持つ手を乗っ取った

バルバロイでは無く、バルバロイの持つ棍棒を殴りつけた

今、火竜のかぎ爪の攻撃が、構えたブリョウの黒鋼でプロテクトされる

黒鋼に響いた衝撃は手のひらを震わせ、火竜のかぎ爪を防いだ手応えがブリョウの自信を確信に変えていった

槍技だけでは見ることは出来なかったであろう何かの極みを、掴みかけている


ジュールが飛ぶように火竜に斬りかかった

その一瞬の中、ブリョウはジュールに狙いを定めた

槍の金行とブリョウのマナが混じり合い、共に絞られるように練られていく

極限の集中力が弓矢の的のように丸い照準として目に映り、火竜に振り下ろされるファルシオンの軌道と重なった

閃きなど無い

すべての行動が、今、結果としてその身に宿っている



かぎ爪がジュールを襲った

背を押す追い風に吹かれた体が、振り下ろされるかぎ爪より早く火竜の喉元に迫った

視界の端にカウンターのような竜の尾が見える

かぎ爪が、戟が、槍の穂先が、ジュールをターゲットする全てのものよりも先に、稲光りのようなひらめきがジュールの脳裏に落とされた

斬りかかるジュールに向かった竜の尾が空を切る

向かい風だけが火竜の鼻先をくすぐり、人影はかすみのように消えた

ほんの一瞬、刹那の時間、ゼリンの瞳孔が照準を合わせる独妙の一瞬

点のような槍の切っ先が、攻撃のタイミングをずらしたジュールを抜き去り火竜に迫る

僅かな時間差で追撃したファルシオンの二撃目が黒槍と重なり、X字に輝いた二つのマナが火竜の眼を貫いた





地響きのような咆哮が鱗山を揺るがした

鼓膜が破れたかと思うほどの火竜の絶叫が空を割り、世界から一瞬音が消える

流れるのは血なのか炎なのか、溢れては消えていく何かが、火竜の眼から滴り落ちた

身悶えするゼリンの口からブレスが振りまかれ、炎が辺り一帯を舐めるように拡がっていく


「クラウドコール! 」

「精霊よ」


炎に巻かれかけたブリョウとジュールの周囲に霧雲が現れ、火行を中和して発生した湿度の高い空気が2人を包み込む

魚の形をしたダニールの精霊が、霧の中をジュールの元へ泳いでいった

体中に水滴がしたたり炎の勢いを弱めたが、火竜の強い火力に湿度はすぐに乾いていく

狙いもなく、滅多斬りにそこらじゅうを引っ掻き回る火竜のかぎ爪をしのぎつつ、アリがジュールのレスキューに向かった

折れた腕が癒され、目の前に立ったアリの背中に危機感が遠のき、膝から力が抜けるのを感じたジュールは自分自身に舌打ちした

「ブリョウ、退くぞ」

「…………」

未だ槍を構えたまま火竜を睨み、動かないブリョウにアリが告げる

「一太刀浴びせた。十分だろう」

火竜にとって、お遊びのような前回の戦闘とは違う、肉を断ち、血を流させた

それでももう、暴れまわる火竜に攻める手段を失っている

ただのワイバーン程度なら今がチャンスと隙をつく所だが、痛みにのたうつ隙だらけのエルダードラゴンの周囲には、深い峡谷のような爪の跡と煮えたぎる炎の海で取りつく島もなかった

「……まだ、一太刀か」

構えを解き、立てた槍の石突き部分で不満を表すように地を穿ち、火竜に背を向ける

死地が必要だとブリョウは思った

掴み取った何かの手応えを、さらに高めなくてはならない


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