盗賊 前編
太陽のマナの届かない地の底で、昏い瞳の何かが這いずっている
血の気の失せた青白い肌は、所々灰色にくすんで腐り落ちていた
生ける者のマナを求めて、すがるように伸ばされた手が前に進むことはない
首に繋がれた鎖が亡者の救済を阻んでいた
洞窟の奥に繋がれたグールを囲むように、歪んだマナを宿した生者達が眺めていた
離れた所にいる一人が石を投げる
キャッチボールするような緩いカーブでグールの額にゴツンとぶつかり、腐った頭部の肉が崩れ、また少し生前の面影が薄れていく
ストライク〜! と誰かが言って拍手と歓声があがった
潰れた喉から漏れる、嗚咽のような呻き声が洞窟の壁に木霊する
醜い鳴き声を面白がる生者達の笑い声が、グールの嘆きをかき消していった
チャリン、と金属が転がる音が洞窟に響いた
一斉に場が静まり、グールのうめき声だけが洞窟に残る
「獲物が来たな」
「だけど今は定期便の時期だろ」
「Aランクに手を出すのはマズイんじゃないの?」
「今はコレがある。もう、矢だの魔法だの飛んで来たところで屁でもねえ」
「クソエルフをグールにしてみてぇなぁ」
「エルフは残しといてよ。あたいが飼いたいんだから」
またチャリンと音がして、洞窟の最も暗い穴蔵から、蛇のように細長い何かが這い出てきた
洞窟内の少ない光源に照らされ、ちらちらと光るそれは数珠に繋がる金貨の束だ
宙をのたうつそれは妖しく輝き、洞窟内の人間たちの目に昏い光を灯した
生きた亡者達は各々の武器を取り、それぞれの欲望を埋めるための略奪を開始する
またチャリンと鳴った軽やかな音色は、どこか満足げな響きを残し、穴蔵に吸い込まれるように消えていった
アイダラータを渡る巡航船の折り返し、隣国との国境は曖昧だ
隣国にとっても僻地であるアイダラータ沿岸は、名も知らない部族や表に出られない賊などが住み着いている
最果ての地に住み着いた無法者が、国境を渡る商人を襲っている、と周辺の部族がアリ達Aランクパーティーに討伐依頼を持ってきた
「前に掃除したのに、また湧いてきたのか」
「いや、盗賊自体はその後もまだ居たらしいんだ、俺たちが護衛で来てる間は出てこないんだと」
「出て来てくんねーと殺れないじゃん」
「そうでもないな。喜ぶがいい。今、来た」
立ち寄った村の広場で、くつろいだ風で腰を下ろしていたアリ達に、近づいた村人達が一斉に武器を取り襲いかかった
「サイコノイズ! 」
「精霊よ」
船から降りる前に見えた村の様子に、ジルが警戒の声を上げて空へ飛び去り、まずアリ達が先に船を降りた
精霊を侍らせたダニールが、魔法箱から取り出したのがリラではなかったのが全てを語っていた
ケントとダニールの連携で足を止めた村人?に詰め寄ったジュールがなぎ払いで首を狙った
村人?の口元が嘲笑うように歪んだのを、首を狙った視線の端にとらえた瞬間、ジュールの脳裏に直感が降りる
振りかぶった姿勢のまま、動きを止めたように見えた村人?の持つ手斧が曲刀を弾き、ジュールの脳天めがけて振り下ろされた
光が灯されたようなひらめきがジュールの体を動かし、捻った頭のすぐ側を刃が振り下ろされた
手斧の分厚い刃が頬を撫で、肩を裂き、胸に構えた鱗の盾に突き当たって弾かれた
弾かれた曲刀の刃を引き寄せ、再びなぎ払った地を斬るぐらいの下段の攻撃は、盗賊の脛を斬り、ジュールは膝をついた盗賊の隙をついてまた距離を開けた
背後から呆れたため息と共に精霊がまとわりついてくる
心配する気配の精霊とは対照的に、召喚者は本当に底意地が悪い
「盗賊如きに何をしている。私の手数を増やすな」
「オレが悪いのかよ。ちゃんと足止めしろっての」
「レストレーション! ケンカは後でやれよ、サイコノイズ! 」
目を合わさずも散り出した火花に、木行術で仲裁に入ったケントは、ダニールはもしかしたら精神年齢は低いのかもしれない、と少し頭が痛くなる
「……アローレイン」
練った金行を散らせて弓に込めなおしたダニールが、マナの矢を降らしたが、何かに阻まれたように敵の頭上で散っていった
「効いてないのか」
「無策で襲ってきたわけでは無いようだな」
ふん、と鼻を鳴らし無言で早撃ちの矢を次々撃ったダニールの矢はしかし、盗賊の体に刺さらずに弾かれる
盛大に舌打ちをしたダニールから、苛立つようなオーラが立ち昇った
構えた弓にどす黒いようなオーラが練られる
精神安定の魔法をかけようかとケントは考えて、やめた
きりがなさそうだからだ
ダニールはまだマシだ
攻撃と支援を潰された魔法使いなど、ただの薬壷のようなものだ
「ぶっ殺せ! 」
口々に叫んで剣や矢で破れた服を脱ぎ捨てた盗賊たちは皆、揃いの赤い防具を身につけていた
朱に近い色味の防具は段になった形状で、剥ぎ取った素材をそのまま貼り付けたような荒い仕立てで大味だ
どこかで見たことのある色だな、と艶のある綺麗な赤色を眺めていると、背後から水の精霊を呼ぶ声がして、アリは思い至った
ロブスターメイルだ
ロブスター村の村長とじいやが取引していた防具がそれだ
魔法耐性の高い防具として高値で取引していた
高い耐性の理由は至極単純で、水の精霊に近しいロブスター族の甲殻をそのまま使っているからだ
生前に了解の取れたものだけを扱っていて、数が取れない事が高値の理由の一つでもある
取引はじいやとしかしていないと宴の席で聞いた
アリ達が護衛についてからじいやの商会が盗賊に襲われた事はない
行方不明のロブスター族
アリはアイダラータの精霊に祈った
「影矢」
「サブミッション! 」
不透のマナを纏った実態のない魔の矢が、盗賊の身を突き抜けた
盗賊のマナと共鳴し、馴染ませ、擬態したダニールのマナが地の写し身を縛り付ける
動きを止めた盗賊に極め技をカブトが仕掛けた
ロブスターメイルの駆動を熟知している村の僧兵が、敵の関節を破壊する
脅威の減った盗賊を投げ飛ばして、カブトが中心のワールウィンドを展開した
両翼の先頭を攻撃力の高いアリとジュールが捌き、真中に突っ込んできた盗賊をカブトが抑えてケントとダニールが援護する
無手の盗賊がアリに迫った
殺気の乗ったジャブが次々繰り出され、振り下ろした大剣の影に隠れるようにアリの強撃を避け、カウンターを仕掛けてくる
反応出来ないような速度で打ち込まれ、サンドバッグにされながらも、アリは徐々に攻撃のリズムを読んでいった
人間が無意識に練る、全身を巡るマナの旋律に耳を澄ませる
盗賊は何かを狙っている
研ぎ澄まされていくマナのうねりが、足元に集約されていくのを感じた
ざりっと、靴を鳴らして、アリは猛打に根負けしたように半歩身をよじった
瞬間、盗賊が飛び退くように一歩下がって、稲妻のように飛び出した
光の尾を引いて繰り出された膝蹴りが打ち込まれ、重い、痺れるような重撃がアリの身を襲う
アリを押し出すように飛び退いた盗賊が距離を開いた
大剣の適正範囲だ
身の奥深くで練られたマナが弾け、アリの全身に巡った
ぶちかます!
「影矢」
突進しかけたアリの背後から盗賊を縛り付ける魔の矢が放たれた
唐突に感じたダニールの援護に、なんだ、と一瞬後方に向いた意識が、背後から忍び寄る殺気をとらえた
降りてきたひらめきに身を任せ、獣のように暴れるマナのうねりを制御し、研ぎ澄ませ、一点に集約させていく
大剣がマナに弾けた
爆発したような勢いをのせ、アリのマナに輝く大剣が、振り返った背後の敵に振り下ろされる
熊手のようなクローを嵌めた女盗賊の拳が、アリの強撃にロブスターメイル共々断ち切られた
熊殺しの威力がロブスターメイルの防御力を上回ったのだ
絶叫をあげる女盗賊の首を狙って横一文字になぎ払う
斬り飛ばされた首の先に居た、魔の矢に縛られた無手の盗賊が、怒声をあげて影の戒めを振り切った
威力を増したような膝蹴りがアリを襲った
赤いオーラをまとった盗賊の攻撃を剣の腹で受け、返す刀で盗賊の肩、ロブスターメイルの駆動の隙間を切り上げた
切り飛ばされた肩口から血を噴き出しながらも、反対の手で貫手をとった盗賊に、切り上げた大剣をまた振り下ろす
再び飛んでいった片腕を見ながら、やってやれない事はないなとアリは感じた
カブトのそれを斬るのは難しいだろう
生物として一体となっている甲殻の隙間を斬るならば、隙間が見えるくらい巨大化してくれないと斬るより叩くほうが無難なところだ
だが、雑に剥いだロブスター族の甲殻は防具としては三流だ
継ぎ接ぎだらけのそれには、完成品としての価値は薄い
生きていられる限界を超えた出血で沈黙した盗賊を置いて、また別の盗賊がアリを襲う
防具は驚異だ
攻撃力もそこそこある
だが、一般人とそう変わらない低い生命力がアリの精神を揺さぶる事はなかった
犯罪者特有の仄暗い瞳が、低レベルのグールを連想させたのかもしれない
秘術を使った
全ての知覚が極限に迫られ、スローに追いやられた世界がアリの眼に差し出される
襲いかかる盗賊達を斬る順番をなぞり、秘術を切った
分厚い刃が上から下へ、右から左へとジュールを狙った
盗賊の持つ手斧の、直線的で単調な攻撃はさばくのに難しくはない
ただ、単調であるがこその増した威力が重くのしかかった
ケントの弱体化の支援が効かないので普通に大変だ
なんでこいつら盗賊なんてやってんだ
Bランク冒険者ぐらいの腕はありそうなのに
別々の人間が別々のタイミングで襲う縦と横の連撃が、ジュールの精神を削いでいく
嘲りの表情が盗賊達の顔に浮かんだ
盗賊の視線が一瞬、背後に向かって、3人目はしんどいな、とジュールは思った
唐竹割りに振りかぶった盗賊達が、ジュールの頭を三等分にしようと振り下ろされる
一つを鱗の盾で受け、一つをファルシオンで受けた
あと一手
ファルシオンで受けた瞬間、受け流す軌道を3本目の斧に無理矢理向けた
単調で直線的な高威力の2つの刃を片手でさばく
アリの燕返しが視界の端に映った
ファルシオンを持つ腕がミシリと鳴った瞬間、ジュールの脳裏に火花が散った
ひらめきにも似た眼の裏の脈動が、受け流す力の最適解を導き出した
つむじの様に旋回したジュールの剣閃が、3本の刃をすくい上げて弾き飛ばす
小さく息を吐いた
詰めていたらしい呼吸を戻して構えを取り直す
格下でも群れると油断は出来ないらしい
ふと、敬愛する火竜ゼリンを思い出した
どんなに群がられようとも不動不敵なその存在に憧れた
油断ならないと思わせたいと、ジュールの心に野心のような火が灯った




