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サガ・黄昏の星  作者: 白夜
冒険者パーティー編
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うろこ山の宝 中編

 

 人のものでは無い苦痛の声が、この戦場ではじめて聞こえた

 毒矢が効いたのか、苦悶の声も混じっている

 傷自体より毒が強力だったらしく、大量の血を失ったような脱力感が火竜を襲った

  電光石火

 シミターが火竜の脚を斬りつけて、走り抜けた

  活殺獣神衝

 マナを纏った槍が鱗を剥がすように穿った

 矢と大剣が、挑発するように火竜の鼻面に打ち出される

「サイコノイズ!」

 ガラスを削るような、身の毛がよだつ不協和音が火竜の精神に刻まれる

 火柱が立った

 火竜の怒りを表すような、咆哮と嵐が周囲に荒れ狂った






 久方ぶりの痛みに、思いの外驚いて大声を出してしまったゼリンは、浮き足立った心を恥じた

 不安定な心のままに生じた火柱が、辺りを火の海に変えていく

 その一角に炎を遮る壁が出現して、ゼリンはちいさく喜んだ

 そうでなくては面白くない

 久しぶりの挑戦者たちは、なかなか良い動きをする

 彼ら個々は恐ろしく強いとはいかないが、なかなか子気味良い連携をするのだ

 負けん気の強い小僧たちが、瞳に強い光を讃えて向かってくるさまは何とも眩しく映るものだ

 期待を込めて炎をちいさくしてやると、水の霧を纏った剣士が火柱を裂いて突進してきた

 負けてやる事は出来ないが、せめて一つくらいの勝ち星はやろうか

 また遊びに来てくれるように

 怒ったふうを装って、先ほどよりも苛烈なカギ爪を見舞ってやると、横槍から突進してきた黒い影に遮られた

 視線を向けかけると、正面の剣士が冷気を纏った大剣で追撃してくる

 噛みつきで牽制しようとしたところで、雨のような矢の嵐が降ってきた

 息もつかせぬ猛攻撃に、楽しくなって思わずブレスを振りまいて、挑戦者たちが木の葉のように吹き飛んだ

 おっといかん、人族は脆いのだ

 おもちゃは大事に扱わなければ、すぐに壊れてしまう

 無事に4人とも起き上がり、また切っ先を向けてきた

 まだ遊んでくれるようだ

 大したダメージも与えられず、命がすり減っていくだけだろうに、未だに目の光は消えていないようだ

 後衛の魔法使いが、前衛の大剣使いと槍使いに身体強化の術をかけ直している

 挑戦者たちは少しずつにじり寄り、先の読み合いで緊張が高まっていく

 潜在的な力の片鱗が剣士と魔法使いに感じている

 カウンター狙いか、それとも魔法使いが練りに練っているマナの渦で大魔法でも使ってくるのか

 今度はどんな連携を見せてくれるのだろう?

 体勢を立て直すのを鷹揚に眺めながら、たった4人で向かってきた挑戦者たちの、久しく無かった楽しい闘いに火竜の心は沸き立った


 だが心に、小さなざわめきが過ぎる

 頭の片隅に感じる、違和感の割合が増える中、再び闘いがはじまった






 火柱の中を石火のように駆け抜けた

 ケントがかけた素早さをあげる魔法で、ジュールは雷のごとく火柱の中を縫い進んだ

 火竜のブレスに耐えられる鱗と、悟られないように背後を進む身のこなしはジュールにしかない

 だからこのミッションは、ここからが本番だった

 鱗山の頂上に続く崖を、音を立てずに全速力で駆け上がる

 空気が薄い

 息を何度吸っても酸欠で胸が軋んだ

 山頂付近の切り立った崖の一部が、えぐられたようにへこんでいる

 竜の巣だ

 崖に開いた大穴からはぬるい風が吹き出していて、火口が近いのかもしれなかった

 息だけのせいではなく、心臓が落ち着かない

 心が逸る、期待に胸が高鳴った

 巣を進む

 崩れた岩や、折れた木の一部、何かの死骸、金品や武具の一部など雑多なものまで転がるその奥へ奥へと走った

 最奥にあるのは、うろこ山の宝

 竜の宝


 竜の卵だ



 うつくしい卵だった

 白木の破片を寝床にして、七色に輝く卵殻が、瞬く星くずのように淡く光っていた

 音色のように魂に響くマナは、竜の仔の鼓動だろうか

 片腕で抱える程度の卵が3つ

 それぞれ色みの違うグラデーションがジュールの目をたぶらかした

 まだ子を持ったことのないジュールだが、郷の女達が抱えている卵はただ白いだけだった

 つい、と撫でた七色の卵は、さりり、と乾いた音を立てて明滅し、ジュールは瞬く光に魅入られるように頬を寄せて鼓動を聴いた

 どこかで聴いたことがあるような、懐かしいような、マナの響きだった

 地震のような揺れを感じて我に返ったジュールは、竜の気配が近まっているのに気付いて自分の役目を思い出した

 小細工がバレたらしい

 半端ない殺気が向かってくる

 大慌てで隠蔽魔法をかけ直し、特注のミミック入り封印箱に卵を突っ込んだ

 ミミックが箱の中身を隠蔽してくれるらしいのだが、中身が分からなくても目的がバレてたら意味がないのではとも思う

 ともかく、これで逃げ切れれば依頼は完了だ

 火竜の気配がどんどん近くなる

 巣のガラクタに隠れながら、静かにその場から離れる

 火竜が咆哮をあげた

 今までが遊びだったと分かる、魂を凍りつかせるような怒りを乗せた殺気だった

 臍の下がすくみ上がるのに耐えながら、火竜とすれ違う瞬間に備える

 体中から火を噴き上げて、ガラクタをはね飛ばしながら突進してくる火竜を見て気が遠くなりながらも、危なげなくその場から離れた

 巣の入り口に着く頃に火竜の悲鳴が聞こえてきて、やや心が痛みつつ巣から脱出した

 ほぼ落下のような状態で崖を滑り下りながら、仲間のもとに急ぐ

 たどり着ければ逃げきる算段はついていた

 背後で爆発したような音がして振り返ると、火竜が入り口を破壊しながら飛び出してきた

 火竜と目が合う

 殺気と威嚇と悲痛と怨嗟が渦巻く咆哮がジュールをなぶる

 耳が遠くなり、視界が白んでいく

 ここで意識を失えば、落下の衝撃と巨体によるスタンプでどうなるかは明白だった

 途切れそうな意識の紐をなんとかたぐり寄せると、赤く染まった視野とともに五感が蘇った

 逃すまいと火竜のカギ爪が風魔法に乗って襲ってきた瞬間、大量の石弾が火竜に向かって雨のように降りそそいだ

 直後に槍が、ジュールが落下していく先の岩壁に突き刺さる

 槍を足場に跳躍し、迫り来る火竜に向かって滝を登るように駆け上がる

 右カギ爪、左カギ爪、竜のアギトの攻撃がくる前に蹴りあがり、翼が羽ばたく前にさらに上空に跳び上がった

 身の内からマナが溢れる

 手足に力が滾る

 火竜の上をとった今なら、この無防備な頭上から変幻自在に攻撃できる!

 溢れたマナがまたジュールに集約されていく

 シミターの切っ先にまで巡ったマナが、心刀一体に研ぎ澄まされていった

 だがその研ぎ澄まされた聴覚に、空を切る音が聞こえる

 なんだ、と思う瞬間にはすでに岩壁に打ち付けられていた

 竜の尾が鞭のようにジュールを打ち据えたのだ

 岩壁にめり込むほどの攻撃は2度3度と続き、とどめのように切っ先が向けられ、胸部に突き刺さった

 ジュールの腕から宝箱が転がり落ちる

 火竜は満足したように鼻息を漏らして、尾にとりついた体を振り落とした

 人形のように動かない体は崖下に落下し、幻のように消えた


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