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サガ・黄昏の星  作者: 白夜
冒険者パーティー編
19/36

水の使い魔

 

 アイダラータを下る船の先に、川を割って大岩が鎮座していた

 島とも呼べない岩山の上で妖しい眼をした女がアリを見つめている

 紅く輝く虹彩を割る瞳孔は縦長で、視線が移り変わるとともに瞳孔がキュッと引きしぼられた

 後頭部までなでつけられた髪の生え際から見える尖った耳には、こめかみから伸びる飾り羽が添えられ、誘うように伸ばされた手には黒く染まったカギ爪が嵌められていた

 黒い羽毛が乳房を包み、へそを避けて腰まで覆って、尻から下は太い鳥の脚が伸びている

 腰から生えた赤い翼が風を含んでスカートの裾のように膨らみ、黒く染まった唇から紡がれるセイレーンとはまた違う歌声が、男たちを惑わしていった


「レストレーション! 」

「精霊よ」

 酩酊したように沈みかけた意識が、ケントの木行術で散っていった

 ハーピーに対抗するようにダニールが金行術の音波攻撃を奏でる

 誘惑の歌が打ち消され、ハーピーは忌々しげにエルフを睨み付けた

 鼻で嗤うエルフに、さらに怒りの色を瞳に灯してハーピーは腰から生えた翼を羽ばたかせ、岩山から船の甲板に飛び移った

 ハーピーが狂騒の歌を叫び、魅惑に釣られた水の魔物が川から跳び上がってハーピーを囲むように十数匹召喚される

 人の子供ほどの大きさの、二足歩行の足長なカエルが、ステップを踏むように戦闘体勢をとった


「神速三段……!」

 構えた刀身が練ったマナに輝き、研ぎ澄まされた精神が敵までの距離をゼロにする

 蹴った甲板がめくれるほどのマナの爆発が、ジュールの肉体を音速を超える速度で撃ち出した

 だが、ボヨンと揺れるカエルの体が、微妙にジュールの剣筋から逃れて必殺には決まらない

「神速三……! 」

 今度こそはと再び狙うが、カエルの長い舌がジュールの顔面に打ち込まれ、勢いを落とされた刺突の刃はカエルの腹に少し埋まった

 バカにしたようにゲコゲコと鳴くカエル達にイラつきながら、三度目の正直で練ったマナは、ジュールの精神に引きずられたように不完全に消化される

 普通の刺突を難なく避けたカエルがジュールの脇腹を蹴って距離をとった

 避けんな!

 心の中で叫びながら、飛んでくる足技を盾で弾いた

 カエルたちは嫌がらせのようにしつこく目潰しを狙ってくる

 さっきから技が決まらない

 微妙に外れるタイミングにイラついて、視界がだんだん赤くなる

 例えるならルーレットの目が一個外れたような心持ちだ

 あとちょっとで当たらない……!


 アリとジュールの前衛がカエルを追いかけるが、予測のつかない飛び跳ねる動きに剣が空を切り、鞭のようにしなるカエルの蹴りが死角から打ち込まれた

 運良くカウンターが決まっても、柔軟なカエルの体は衝撃を逃して飛び跳ねていく

 カエルの蹴りを鱗の盾で受け止め素早く斬りつけたが、盾を足場にして頭上に跳び上がったカエルがジュールの目を狙って長い足で踏みつけた

「サイドワインダー」

 目の中に星が飛んだジュールに、ダニールの青い魚が労わるように寄り添い、追撃してきたカエルをダニールの蛇の矢が撃ち落とす

 蛇を嫌がったカエル達がやや後退した隙をついて、ジュールの左側から敵陣に走り寄ったアリが、後方でマナを練っている無防備なカエルの頭上に大剣を振り下ろした

 強撃が振り下ろされる直前まで、揺れることなくアリを見据えたカエルの様子に、アリの脳裏にひらめきのような直感が降りてきた

 身を固めた瞬間に側頭部に衝撃が走り、大剣の軌道はカエルを外れ、アリは横にたたらを踏んだ

 頭部に受けた衝撃がアリの意識を奪いかける

 より掛かるように大剣を前面にして足を踏みしめ、防御の姿勢で苦し紛れの土遁を練った

 土のマナを練ったところで、土の身体強化術がさらに強化される事は無いが気持ちの問題だった

 背後に召喚された別のカエルと目の前のカエル達がアリをサンドバッグにし、ハーピーのため息のような歌声がアリたちの精神を揺さぶり、集中力を乱していった

 だが、優位をとっているような形勢のハーピーの顔に浮かぶのは焦りの表情だった

 アリたちの後方から練り上がっていくマナのうねりがハーピーを焦らせる


『テムペスト!』

 逆ピラミッドの型を取った陣形パワーレイズの中心最奥で、カブトが練り上げた水行術がケントとダニールのマナを呼び水に、空を覆う極大魔法陣を出現させた

 魔法陣に呼び寄せられた暗雲が空に溢れ、膨らんだ黒雲からこぼれるように、特大の雷撃がハーピーに振り降ろされた

 地に跳ね返った雷撃が発達した台風に乗って荒れ狂い、雨雲の底を突き破った雷撃につられるように滝のような大雨が降り注いだ

 吹き荒ぶ暴風雨が津波のようにカエルたちを押し流す

 きりもみに飛んでいくカエルたちを見送った後は、雷に撃たれ黒焦げのハーピーが焦げた息を吐きながら枯れ木のように立ち尽くしていた

 焦げた喉から溢れるのは歌声ではなく、溶けゆく最期の命の吐息だ

「神速三段突き! 」

 ジュールが確認するように型を取ってハーピーに迫った

 全身を巡ったマナが、筋力と神経に干渉して瞬発力を高める

 伸び上がるように突き出したジュールのファルシオンが、ハーピーの心臓、喉、眼孔を突き刺し、残像を残して走り抜けた

 やった! と心で叫び、振り向いたジュールの目に、ハーピーの影でマナを練るカエルの姿が見えた

 印を結んだ指を空に掲げてマナを爆発させたカエルの頭上から、風を切る音が聞こえる

「さ、サイドワインダー! 」

 ダニールが若干の焦りを含んだ声で、空に向かって次々と蛇の矢を放った

 見上げた空からはカエルの雨が降ってくる


「サイコノイズ……おえ」

「精霊よ」

 心を乱す不和の音が敵の精神を歪ませ、金の精霊の音波攻撃が弱った精神にショックを与える

 感電したように動きを止めたカエル達を、アリは次々と川へスマッシュしていった

 斬り捨てるよりも剣の腹で打ち出した方が早いからだ

 素材がどうたらとサビオは喚いているが、そこら中色々な種のカエルで溢れかえり足の踏み場もないほどで、とにかく早く危険な種のカエルにはとっとと退場して頂く

 甲板の右側では、ジュールがスライディングでカエルを船から押し出していた

「……サイコノイズ……おええ……」

「精霊よ」

 極大魔法の行使で急激に魔力を失ったケントが青い顔でえずいていた

 装備品で多少回復した魔力でなんとか支援を続けている

 無理をするなとは言えなかった

 カエルの動きを止めていてくれないと、さすがに物理だけでどうにかするのは苦しい数だ

「正拳突き! 」

 ケントとダニールの後方、逆ピラミッドの最奥でロブスター族のカブトが背後のカエルをパンチで押し出していた

 見本のような正拳を右、左と交互に繰り出している

 ロブスター族の村から同行しているカブトという名の青年だ

 ロブスター族に伝わる極大魔法なるものを聞き出したケントが、是非にと極意の伝授を願った結果がこれだ

 ダニールがニヤニヤと嗤っていたので、一筋縄ではいかないのだろうと思っていたが、実戦で使いこなすには先が長そうである


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