奏でるように
「ケント、ちょっといいか」
操舵手と船の魔力量について話しあっていると、アリが引きつった顔で声をかけて来た
そわそわとした浮ついた様子に、船員に断って操舵室から出る
緊急性は感じないが、落ち着きのないアリの様子など珍しい
「何だ、ジュールが何かやらかしたのか? 」
「いや、違う。魔道板がな、」
魔道板? と、首をかしげたケントに、アリが手を差し出した
手のひらからサラサラとこぼれ落ちた魔道板のかけらが、塵芥に消えていく
「ああ、読み解きが終わったんだな」
最近の戦闘状況を振り返ればまあ、Lv1の魔道板くらいなら当然の帰結ってやつだろう
魔道板から全ての魔法が解かれると魔道板は消える
魔法使いならそこそこの経験があるが、目的の術以外は取らない者がほとんどの戦士には、あまり知られていないのだろう
「使いまわし出来れば、魔導ももっと発達するんだけどなあ」
全て読み解いたのは初めてだろうアリに、それでいいと判を押ししてやるが、アリは物言いたげな顔で立ち尽くしている
なんだ?
何というか、スケベ面? 違うな、笑うのを我慢している顔? 何が面白い……ああ。
「攻撃魔法を習得したか 」
「……依頼中にやる事では無いのは分かってるんだが……試してもいいだろうか」
勝手にやればいいだろうと思ったが、攻撃魔法を得た好奇心と、仕事中には余計な事だという責任感がせめぎ合った結果、専門職に聞いてみたってとこだろうか
「監督しろって事か? いいけど、そんな大げさな事にはならないぜ? 」
見晴らしの良い特等席に吹く風は、川の匂いを含んでエルフの側を通り過ぎた
チェアに座って靴を脱ぎ捨て、見張り台の柵に足を引っ掛ける
ぐっと足の指を開くと、冷たい風が指の股に吹き付けて心地よい
水面に反射した陽射しがダニールの目を刺して、サングラスを探して魔法箱を漁っていると、こっそり持ち出したりんご酒が手に触れた
一杯ひっかけながらリラで人魚を口説いていると、土の精霊がダニールに囁いた
マナの動きを辿っていくと、アリのマナの巡りが魔法使いのように渦巻いている
鼻で嗤ったダニールが、幕が上がった喜劇を盛り上げようと軽やかな音色を奏でた
土の精霊がよしきた、とばかりにアリに向かってすっ飛んでいく
甲板の縁から水面を見つめるアリの背に手をついて、マナの巡りを誘導していると精霊の気配がまとわりついてきた
手伝ってくれているのだろうが、面白がっているのは明白だった
ケントは一つため息をついて、期待に満ち溢れているアリの背中に、かつて自分も言われた注意事項を確認していった
「手ぇ離すけど、今のマナの巡りを維持してくれ。撃ち出すタイミングは武技と同じだ。研ぎ澄まされたと感じられたらそれでいい。コントロールは考えなくていい。フォローする」
必要ないと思うけどな、と思いつつ手を離すと、ダニールの精霊に援助されたアリのマナが、魔法使いのそれと似た形に研ぎ澄まされていく
センスはいいかもな、と感心しながら見ていると、土行の気配が頭上に収束していった
散りそうな土行のマナを精霊が形にしていく
足下を駆け回る四足の精霊が、アリのマナと同期していった
秘術を使った時のような知覚をアリは感じた
雨に濡れた土の匂い、砂がこぼれ落ちた感触、石が組まれる音、あの時見た岩窟の仄暗さ、転んで口に入った砂の味
旋律のように転がる魔力の波が、アリの精神をさらっていく
足元から駆け上がる土の匂いが経絡を開き、天と地の二つの世界を巡るマナの流れが、アリの精神を導いていく
土の精霊が想い出を形にして、アリのマナを石の弾丸に形作り、そらを滑る流れ星のように川面を渡っていった
「オレでも出来る気がするわ」
顛末を眺めていたサビオが、食べ終わったライチの種を川に向かって放り投げた
ライチの種はアリの岩石弾と同じ軌道で飛んでいき、波間に消えていった
「まあ、最初はそんなもんだ」
ライチの種くらいの岩石弾は、アリのマナを根こそぎ奪って、ライチの種よりも手前で沈んでいった
「……マナ効率が悪過ぎないか……」
急激なマナの減少で魔力酔いを起こしたアリが膝をついてうめいていた
「内功系と放出系はだいぶ違うんだ。武技でも放出系は難しいだろ。そのムズイやつよりも、もっと遠くにぶっ放す攻撃魔法が簡単なわけ無いだろ」
「……ぐぅ……」
魔道板を読み解いたからゴール、ってなわけじゃない
ここからが戦士と魔法使いの越えられない壁が立ちはだかるのだ
準スケベ面からの一連の行動が、身に覚えがあり過ぎて苦笑いしか出てこない
魔法剣士が伝説になるのは当然だった
そうなるべくして生まれた者でない限り不可能だと、魔導学界では言われている
「諦めるか? 」
かつて師匠に言われた言葉を繰り返す
悔しげな顔で立ち上がったアリは、サビオからライチの種をひったくって川にぶん投げる
サビオの種よりも倍の長さの放射線を描いて水面に消えていった
「いつか拳大の岩石弾を撃ってやるさ」
喜劇の歌を奏でている頭上のエルフに向かって、アリは2撃目のライチ弾を撃ち込みながら答えた
諦めないアリの姿勢に、自分に対して応援されたような気がして、ケントは薄く笑った
「これやるよ。とっておきだ」
ケントが自分の魔法箱から取り出し、アリに渡した魔道板からは、濃い土の気配が漂っている
黄身の強い土色の版面にはCSRと掘りが入っていて、派手ではないが奥行きをもって淡く光るマナの輝きが、その魔道板が高いレベルである事を伺わせた
「聖ガダニーニって言われてる魔道板だ。内功系が揃ってる。便利だぜ? イージスの盾」
戦士がイージスの盾使えたら最強だろ、と言うケントの言葉に、呆れと期待が混ざった複雑そうな表情で、アリは魔道板を受け取った
「習得するのに何年かかるんだ」




