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サガ・黄昏の星  作者: 白夜
冒険者パーティー編
15/36

父親として

 

 子供の頃から癇癪持ちだった

 言葉の代わりに拳を握った

 言いたいことはあったけど、言葉にならなかった

 怪訝な顔が私を見る

 それは間違いだと私を責める

 拳を握る前の心の傷を誰も見なかった

 握った拳が心の叫びを台無しにした

 北の一番星が光った

 あそこに行けと心が叫んだ

 何もかもを捨て去って乱暴な私が私になった

 言葉の代わりに拳を握った

 言葉の代わりに拳が握られた

 心の叫びは叫びっぱなしになったけど、誰も私を責めなかった

 私も誰も責めなかった

 北の一番星が光った

 玄天が私の居場所を指し示す

 誰もが本音で殴り合う

 言葉はいらない

 生きたいように私は生きた



 冒険者ギルド併設の食堂の真ん中で、女性冒険者に囲まれながらリラをかき鳴らすダニールを眺めながら、サビオは『本日のオススメ』のジンジャーポークを注文した

 今日はラッキーだ

 ボリュームしかない昼の食堂の数少ない味付きの料理だった

 顔見知りの男女の冒険者が、牛ヒレ肉を自前だろうデミグラスソースで頬張るのを、横目にグッと堪えて倹約に努めた

 Aランク冒険者の荷物持ちは、メッセンジャー時代より金になる仕事だったが、いつまで続けられるかはわからない

 独立出来るだけの金が貯まるまでは遊んでいられないのだ

 視界の端に映るダニールが、澄まし顔でマッチョ女に何事かを囁いている

 まったく羨ましくはない

 大テーブルの端っこで、ピンク色の手紙を読んでニヤついているジュールに、うっかり水を零してしまった

 スマンスマン、手が滑った

 濡れてしまったな、捨てておくよ

 昼時の食堂はすぐに料理が運ばれてきて、焦げ気味な生姜と醬油味のタレに浸かる焼豚を大きく切って口に放り込んだ

「獣人戦の後で、よく豚なんか食えるな」

 ケントが怪訝な顔で言うが、豚は豚だろ

 バルバロイが料理されてるわけでも無いだろうし

 ……無いよな?

 ダニールの皿に残っている卵料理をつついているジルの視線が、軟弱者めとヒトに言う




  ケントが持ってきた獣人戦の報告書を読みながら、並んで置いてある依頼書の束の一枚にサインをしたアリは、ぬるくなったビールを喉に流し込んで、心を患ったもろもろを押し流した

 丁寧に折り畳まれた心の折り紙が、記憶の灯籠に流されて仕舞われる

 対岸に渡った想い出が、アリの心を淡く照らした

「ギルドからの調査依頼はどうする? 古代遺跡と魔族の侵攻、デカい案件が続いてるしやっぱり協力したほうが良いか?」

 ケントが正しいAランク冒険者の顔をして、ギルドからの広域依頼を広げた

 ビールを追加で注文して、ケントが広げた紙をのぞき込む

 ランクを問わず全ての冒険者に対してふれだす依頼は、調査結果の重要度で報酬が支払われる

 ギズモの街と冒険者ギルド連盟の依頼書で、魔族の侵攻についての調査のほうがやや値段が高い事にアリは注目した

 感の鋭い奴がギズモにはいるのかもしれない

「お前の名前で情報提供だけしておいてくれ」

 皿に残った最後の鳥のフライを口に入れると、軟骨がゴリゴリと口の中を暴れて、作り置き特有の旨みが飛んだ雑な味が舌に広がった

 依頼書の値段を指差すと、ケントの目が何かに気づいたように見開かれた

「……ヘンリー、俺の名前を出すんなら、魔族の侵攻には裏があるって言ってんのと一緒だ」

「裏があるかも知れないと考えた奴に参考書を渡すだけだ」

 呼ばれた名前に顔をしかめたアリは、サインした依頼書をケントに飛ばした

 受け取った書類にはアイダラータの定期船の護衛の仕事が依頼してあり、いつも指名してくる大商人のからの定期の仕事だった

「裏があるならそれは遠くからやってくる。それを調査する」

 運ばれて来たビールを煽って酒精で脳を溶かした

 浮上して来た思い出したくない記憶を、酒でまた沈める



「子供が産まれた」

 唐突に話し出したブリョウの言葉に、全員が一時停止する

 それぞれ思考の海に沈んでいたアリとケントが浮上して、やけ食いが大食い競争になっていたジュールとサビオが、ハムスターのように丸くなった顔をブリョウに向けた

 ダニールが奏で始めた祝いの歌が脳に浸透していくとともに、おお、と驚きと祝福の声が広がった

 肩と言わず背と言わず、痛いぐらいに身体中を叩く手が次々とブリョウを襲い、祝福していった


 おめでとう

 おめでとう

 いつの間に結婚なんかしてたんだ

 おめでとう

 乾杯!

 父親か

 おめでとう

 子供の名前は

 乾杯!

 おめでとう

 おめでとう

 おめでとう

 …………


 名も知らない冒険者たちまでが祝いの言葉を贈り、酒が置かれていった

 祝いの音が奏でられ、ブリョウの心にあった父親になるという重さに、芯が通った気がした

「今日籍を入れた。しばらくは側にいてやりたい」

 今朝がたアリに押し付けられて抱いた赤子のあまりの未熟さに、守らなければという感情が心に強く湧き上がった

 火竜の加護がある地域の、世界でも限りなく魔物の脅威の少ない街のその中で、何から守るというのか

 戦闘で窮地に置かれた時とはまた違う焦燥感に、馬鹿馬鹿しいと思いながらも拭えずにいる不安がブリョウを襲っている

 妻は笑うだけだったが、その眼差しが少しブリョウを落ち着かせた

 父の事を思い出した

 正しい事が出来る人ではなかった

 だが、間違った愛情の根が今のブリョウと同じものだったとしたら

 父の事を少し理解できた気がした


「今回はブリョウ無しでの定期船の護衛になるが、いつも通りに進めば問題はないだろう」

「水上戦は俺とダニールの遠距離がメインになる。バトルシールドかライフシールド2セットでもいいかもな」

 それともサビオを後衛にいれるか? とケントがサビオにニヤついた顔で提案し、あんたが前衛のトライアンカーならいいぜ、とジト目で言い返す

 一つ咳をしてからケントは、ブリョウが欠ける分魔道具を充実させるようにサビオに指示をする

 サビオは残りの焼豚を口に詰め込んで、船旅に必要な物を素早く書きつけた

「土産を楽しみにしていろよ、デカい蟹の魔物を仕留めてやる」

「蟹の魔物か……自分で仕留めたかった」

 心底悔しそうな顔でブリョウが言って、お前はそうだよな、と皆が笑う

「帰ったらガキの顔を見にいくからな。それまでに父親らしくなってろよ」

 また祝福を叩く手がブリョウを襲い、ニヒルではない笑顔が口元に浮かんだ


「ダメだ‼︎ 」


 5人と一羽が別れの挨拶をはじめたメンバーに、ハッとした顔で立ち上がったジュールが恐れを乗せた声で怒鳴った

 キョトンとした5人に神妙な顔でジュールが首を振って語る

「リーダーそれダメだ。フラグってやつだ」

「なんの話だ」

「踊り子ちゃんが言ってたんだ」

 帰ったらプロポーズするとか、帰ったら結婚するとか、とにかく、旅立つ前に約束したらダメだって

 などと、真顔で言い出したジュールが全員から小突かれる

「なになに何すんだよ⁈ 」

「お前がいつも通りに出来れば問題は無いんだよ」

「竜種が出ない事を祈るがいい」

「やっぱり神殿のお守り手放せねー」


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