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サガ・黄昏の星  作者: 白夜
冒険者パーティー編
13/36

魔の侵攻 後編

 

 漆黒が世界を覆った

 天も地もない暗闇の中、黒い太陽だけが頭上に輝き、死者の嘆きが辺りに充満した

 鈍色の揺らぎが銀杯から立ち昇り、蜃気楼の中に冥界の門があらわれる

 器に満たされた死のマナが、揺らぎの奥にある冥界の門に吸い込まれた

 門に取り憑く巨大な骸骨が、悪魔の取引に応じて門を開く

 死の王にいざなわれた邪悪な魂が銀杯にこぼれ落ち、邪悪なるものの聖なる遺物が死魂に取り込まれていった

「超風! 」

「サイレン! 」

「ミリオンダラー! 」

 押しつぶされそうな不安感を跳ね返すように連携魔法をうつ

 だが、恐怖心が練りこまれたそれは先ほどのような熱量を持たず、アンデットを少し焼いて消えていった


 闇の帳を開ける手が、闇からあらわれる

 暗闇を手繰る手は血に染まったように紅く、長い爪は割れて尖り、闇の暗幕を引き裂いて外套のように身に纏った

 サタナキアと並ぶか、それ以上の逞しい双腕には呪いの文様が描かれて、魔族の王にふさわしい威容を放つ

 骸骨のように窪んだ目には昏い光が灯り、刀剣のように鋭利な角が頭蓋から飛び出していた

 頬まで裂けた口からは上下に牙が突き出し、吐息とともに吐き出される邪悪なマナが、その場にいるものの魂を凍らせていった

 身の丈はドラコラルヴァほどあるのだろうか

 宙に浮く姿はさらに巨大に見えた

 邪悪なるものの首魁、鬼神ターグート

 はるか昔、英雄に討たれた邪まなる神が、多くの善悪の魂を生贄に降臨した


 鬼神の腹に埋まる銀杯が、心臓の鼓動と共に明滅する

 ターグートの高まる魔力に連動するように瞬き、黒ずんでいった

 邪神の邪悪なマナが冥界の炎を呼び込み、昏い炎が頭上に燃え盛った

 黒い炎のフレアが剣を生み出し、立ち尽くす冒険者たちに襲いかかる

「吹雪! 」

 タチアナの鋼玉の杖が蒼く光り、暴風に渦巻く氷雪が炎の威力を削った

「構え! 」

 壁男の号令に戦士たちが防御の姿勢をとり、威力を下げられた炎剣は盾に弾かれ消えていった

『…………11、12、13』

 悪意をこめた囁きが、頭の中に染み込んでいく

『…………10、11、12』

 精神に張り付くような不快なささやきが、カウントダウンを刻んでいった

 邪神と同じ昏い瞳のアンデットが地上を埋め尽くし、祈りのような呪詛が木霊する

 硬質に変化した邪神の両手が、冒険者たちに十字の斬撃をうつ

 魂を削る重い一撃が戦士に膝を付かせ、炎剣が追い打ちをかけた

『…………7、8、9』

 炎の剣に炙られ、手刀が戦士たちを切り刻み、不吉な予言が冒険者を追いつめていく

「超風! 」

「サイレン! 」

「ミリオンダラー! 」

 コーデリアたちの連携魔法が爆発した

 紫電を纏った暴風が、大気を巻き込みうず高くそびえ立つ

 暗闇に光が溢れ、降り注ぐ光の矢が邪神を縫い付けた

『……デビルランサー……』

 眉ひとつ動く事なく、まるで慈雨にでも打たれたように両手を広げて光を受け止める邪神の、腹に埋まる銀杯が輝いた

 光を拘束する無数の銀の輪が現れ、束ねられた光が槍となって冒険者たちに降り注いだ

 実体のない光の槍が冒険者たちの魂を削いでいく

『……3』

『…2』

『1』

 悪魔がひそやかな吐息をもらした

 じわりと染み込む悪魔の呪いに心臓が軋み、ガラスが割れるような音が身の内から響いた

 爪先が割れ、割れた先が砂つぶになって空に舞い、息をするたびに石化しつつある内臓が、木を折るような音を鳴らした

「長期戦は負け戦ね」

 コーデリアが咳き込みながら忌々しげにつぶやいた

「光属性はカウンターされるから変更しましょ」

 超風と吹雪って合わせていいんだっけ? とタチアナが首をひねる

「周りは低レベルのアンデットしか居ないし、範囲より狙撃のほうがいいと思う」

 口に広がる砂つぶを吐き出しながら、チラリと壁男に視線を送ったニーナに、男たちは防御は任せろとばかりに頷いた

「魔族に魔法攻撃でどれぐらい削れるってんだい? 」

 目の前に飛んできた邪神の手刀の一つを、マナを込めた振りかぶる技で跳ね返し、もう一つを壁男が受け止める

 受け止めるたびに腕輪の輝きが消費され、死のカウントダウンがまた一つ刻まれた

「太陽が死んでる今、魔力には限りがあるだろう? 魔法の撃ち合いの我慢比べに、勝てる見込みはあるのかい」

 ローザの責めているのではない、静かな問いかけに魔法使いたちが一瞬ひるんだ

 邪神の貫手をなぎ払いで逸らし、逸らした紅い指先を壁男が防いだ

「大丈夫よ、ローザ。魔力が切れたぐらいじゃ死なないから」

 なんて事はないようにコーデリアは言うがそれはつまり、命を削って魔法を行使するということだ

「前衛は命を削って私たちを守るでしょ。なら私たちは、同じように攻撃するだけ」

 雨のように降りしきる炎剣を吹雪で弱らせたタチアナが、強い瞳でローザを見据えた

「瞬速の矢! 」

 光の速度に迫る矢が、鬼の窪んだ瞳に放たれた

 邪神は動じる事なく硬質に変化した紅い手刀で矢を斬り落とす

 だが瞬きの矢の影から同じ射線で撃たれた速射の矢が、再び邪神に迫った

 昏い眼孔に吸い込まれる矢に向けて、頭上の炎剣が連射を遮る

 だがその二の矢から、3度目の影矢が邪神の喉元を狙った

「これで石化の呪いは防げるんじゃない?」

 喉を潰された鬼神の顔面が正しく鬼の形相に変わる

 だがローザには、邪神の目に焦りの色を見出せなかった

 今までの攻撃が邪神にとってどれ程の威力だったのだろう

 相変わらず邪神からは強力な魔力とオーラが立ち上り、冒険者たちを圧倒している

 魔族の王との魔力勝負

 今の自分に出来ること

 ローザは黒い太陽を見上げた


「神雷! 」

「吹雪! 」

「瞬速の矢! 」

 暗闇に閃光が走り、空を裂いた爆音が邪神を揺るがした

 神雷が連れてきた上空の寒気が、雷電が走る氷の嵐を生みだし、炎剣の業火を打ち消した

 ニーナがマナを込めて次々撃った速射の矢が氷雪を取り込み、巨大な氷柱となって邪神を穿った

 千本の氷の矢が邪神を縫い付け、動きを封じる

 その嵐の中を、ローザは走った


『……13……』

 悪魔のささやきが復活した

 冒険者たちにかかる石化の呪いがまた時計の針を進めていく

 連携魔法が消えていくと共に、仲間たちの驚愕の声が背中を追った

 ローザは構わずターグートとの距離を詰める

 邪神は攻撃を仕掛けずに、ひたとローザを見つめた

 神に挑戦する勇敢なるものへ絶望を与えるため、手刀にオーラを込めて待っている

 鬼のもとへ進めば進むほど、石化の呪いは強くなっていった

 体が硬くなり、体の自由が失われそうになるのを無理矢理動かすと、バキンと嫌な音をたて、魂が削れたような心地がした

 試練のように立ちはだかるターグートが十字を切った

 ローザは同じく十字に斬る軌道で斬撃を逸らした

 斬撃は逸らしたが、衝撃の威力は防げずにローザの命を削った

『……3……』

『……2……』

『1』

 死のささやきがローザの肉体を破壊する

 血の代わりに吐き出された砂つぶが口に溢れ、留めを刺すような鬼神の手刀がローザに向かった

「神雷! 」

 世界を揺さぶる落雷が、掲げた鬼神の手に落ちた

 一瞬硬直した鬼の首を黒い影が突き抜ける

「瞬速の矢! 」

「シャドウボルト! 」

 場の溢れる闇を取り込んで太く鋭く強化された黒い矢が、全ての命に平等な死神の矢となって邪神の喉を潰す

 感電し、しびれが残る手刀の威力を地に流し、返す刀で斬りつけた

「ちっ、下手くそ! 」

 鬼神の胸に浅く入った斬撃にローザが舌打ちした

 アリがよくやる燕返しを狙ってみたが、上手くいかない

 それでも邪神に傷を付けられた

 一度は倒されたのだ

 また冥界へ送り返してやろう

 怒りの色が浮かんだターグートの目に、ローザの瞳が輝いた

 ローザの体が赤いマナに覆われてくいく

「ヒロイズム! 」

 燃え上がる炎のように纏わりつく火行の身体強化術が、筋肉を膨張させて、男のようにたくましく盛り上がった

 倍になった力こぶから生み出された剣撃が、鬼神の腕力をわずかに上回る

 ターグートの目に驚きの色を見たローザの口角が上がった

 高揚する感情のまま練られたマナは、血潮のように全身を巡り、腕から伝わる高ぶりが刀身を輝かせる

 爆発したマナの威力が剣に乗ってターグートを打ち据えた

 一撃一撃に渾身を込める

 打ち据える衝撃が、鬼神の腕を硬直させ、輝く大剣クレイモアが邪神に膝をつかせた

 衝撃がターグートを押さえつけ、立ち上がることを許さない

 4度打ち付け、5度目の重撃が鬼の角を打ち壊した

『 3! 』

『 2! 』

『 1! 』

 衝撃を流せず膝をついたまま、潰れた喉で無理矢理に詠唱した悪魔の意地が、ローザの体をまだらに蝕んだ

 宙を舞う砂つぶを巻きつけながら、緋色の尾を引いたローザの強撃が、ターグートの肩から腹までを叩き斬った

 銀杯が大剣の威力に変形し、邪神の魂に亀裂が入る

「神雷! 」

「吹雪! 」

「瞬速の矢! 」

 吹き荒れる氷雪を縛り付けるように迅雷が走り、ニーナの撃った速射の矢に嵐が収束されていく

 迅雷を纏った特大の氷柱が邪神の亀裂を引き裂くように突き刺さった


『混沌に捧げよう……』


 歪んだ銀杯が昏く輝き、球体の魔法陣が邪神を包み込んだ

 場に溢れるマナと邪悪な魂が魔法陣に吸い込まれ、ターグートの瞳から昏い光が消えていく

 邪神の魂を生贄に、深淵の目が見開かれた

 黒い太陽が祝福するように歪んだマナを降らす

 器から溢れた蜃気楼の向こうから、剣を鞘から抜いたときのような音がした


「アーマーブレス! 」

 魔法陣の出現に、壁男は咄嗟に駆け出した

 ローザの前に出た壁男だが、ターグートの背後から出現した歪んだ黒剣にローザもろとも吹き飛ばされた

 盾は真っ二つに割れ、フルプレートの前面が縦に割れる

『ピュリファイ! 』

 盾の男たちが一斉に壁男に回復を放ち、一命をとりとめる

 黒い剣は5本の巨大な剣に分かれ、冒険者たちに降り注いだ

「神雷! 」

「吹雪! 」

「瞬速の矢! 」

 ニーナの撃った5本の速射の矢が、迅雷纏う氷結の槍となって、身代わりのように破壊され剣の軌道を逸らした

 逸らされた剣の雨を駆けるローザの耳に、再び鞘の鳴る音が聴こえる



 北の空に一番星が光った

 漆黒の世界に射した微かな光が、澱んだ黒を(くろ)に変えた

 虚ろな空に、水鏡から覗くような、揺れる月の陰があらわれる

 さざ波の隙間から滑り落ちた大きなくろへびが、自分の尾に噛みついて、黒剣へと続く円環の道を作った


 ローザを包む(くろ)の道が黒剣の一撃を遮った

 知覚出来ないほどの黒剣の剣撃が、ローザに迫れば迫るほどそのスピードを落とし、やがて到達できない境界を前にその動きを止める

 邪神へと続くワームホールを、ローザは走った

 邪神へ近づけば近づくほど、黒剣は赤黒く歪み、噴き出すような瘴気を纏った

 水が凍る時のような音を立てて急激に石化が進み、日に焼けたローザの肌が雪のように白く色を失っていく

 身体中から石が割れる音が響き、それでも戦乙女(バルキリー)の突進は止まらなかった

 踏み込む勢いをさらに強くして邪神に迫る

 迫り来る破壊の切っ先に恐れおののいたかのように、ガラスを摩擦したような耳に障る不協和音が鳴り響いた

 何重にも重なる世界を引き裂く不和の音は、圧縮されるように甲高く潰れて硬質な音に高まっていく

 黒剣まであと数歩、瘴気の翼が羽ばたいた

 意識を刈り取る混沌の吐息がローザの精神を肉体から引き離し、瞳から光が失しなわれていく


 混沌の海を泳いだ

 たくさんの光がたゆたい、昏い海の波間に沈んでいく

 深海に沈む生命の灯火が、夜空の星屑のように煌めいていた

 混沌に染まる精神の中、落ちていく意識のかけらが白銀に輝くきらめきを見た


 精霊銀とも呼ばれる、精霊を宿した白銀の冒険者プレートがローザのマナに反応し輝いた

 輝きはプレートから全身に移り、血潮のように巡って剣を白銀に染めた

 振動するように高まったローザのマナが、石化した肉体を砕き、羽化するように輝いたローザの魂が、光の槍となって聖杯を貫いた


『ギャラクシィ!』

 黒い太陽が割れ、生けるものの神が生命のマナを地に降り注いだ

 堰きとめられていたマナに押し出されるように魔術が発動する

 事象の地平面を越えた魔物達が一点に集約され、中心に発生した巨大重力が全てのアンデットを呑み込んでいく

 臨界を超えた重力が、波紋する光のエネルギーとなって闇を破壊し、木っ端となった空間がうねり漂っていった




























 冒険者ギルドの会議室の円卓には、紅いマントに包まれた大剣と冒険者プレートが乗っている

 傍にある椅子に座ったコーデリアは泣きはらした顔でうな垂れていた

 壁際にあるソファにはタチアナが膝を抱えて小さく震えていて、思い出す恐怖と戦っているようだった

 窓辺に佇んでいるニーナは窓の外を見たまま黙っている

「ローザのプレートを、持っていて、ほしい」

 重苦しい空気の中、場違いに輝く白銀がアリの手に乗せられた

 プレートを繋ぐ鎖の隙間から、ローザかもしれない砂つぶが転がる

「前にローザが、し、死んだら、その時の男に、ふふ、渡してくれって」

 泣き笑いに崩れたコーデリアの眼から、また一つ涙が零れた

「俺たちは、」

「何でもないのはわかってる、けど、あなたに渡した方がいいと、思ったの」

 笑顔は一瞬で、また哀しみに歪んだコーデリアの顔から目を逸らす

 つられるような哀しみが、喉からこぼれ落ちそうな気がして、アリは口を結んだ

 首元を緩め、首に吊るしてある自分の冒険者プレートを取り出す

 自分のものと合わせて7枚のプレートが連なる鎖に、白銀が加わった

 プレートの中には冒険者のものではないドックタグもあった

「重そうね」

 生き残り、託される

 そういう運命なんだろう

 戦う者の宿命をその鎖に思い出したコーデリアの瞳に、理性の色が戻っていった

「リーダーは死んじゃダメよ」

 窓辺に佇むニーナが、振り向かずにポツリとこぼした

 どうやって立ち直ったらいいのかわからない、と呟いた言葉を最後に、その部屋から言葉が消えた


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