男たちの戦争「終」
「ちゃんと、金を増やすんだろうな?」
アメリカ人の質問に
コルテスはうなずいた。
「もちろん、ビジネスだからね、、
悪いが、娘さんも監視下に置くことに
する。君のリミッターと
しておきたいからな」。
この発言にジムの顔色が一変した。
「俺の娘を?」。
彼は、身を乗り出した。
「いいか、頭に叩きこんでおけ、
あの子は関係ない。監視なんて許すつもりはない。それを、やりでもしたら、
密告する。 」
コルテスの目に冷たい
ハンターのような、
残忍さが表れた。 そして、
カルテルのボスは一言、
「どうしても、拒むのかね?」。
自分と違い、どこか強固で、
まっすぐな意志
がコブラ アイと言われた
アメリカ人の瞳に 宿っていた。
それが、決め手になった。
コーヒーカップを
テーブルに置き、コルテスはソファから、立ち上がって、窓に歩み寄った。
その様子を見届けて、ジムの真後ろにいた、カルロスは拳銃のトリガーに、指をかけ、ゆっくり絞って、引こうとしたが、
ある異変に気付いた。
部屋内の空間が突如として、小刻みに震 動し、カップや家具、窓のガラスがその
影響を受け、
小規模の地震かと思える、
状況が訪れた。
カルロスのみならず、
部屋にいた、
全員が、その現象の理解ができず、
さらに数秒ほど、
震動が続いたあと、天井が崩れ落ち、
大地を引き裂くかと、
思えるほどの爆発が、彼らがいる、建物と周辺に起こった。
飛行場のターボプロップ双発機も爆風で熱波 で、ぐにゃりと、ひしゃげ、半壊し、そばにいた、10人ほどの、整備員や護衛は灼熱で、焼かれた。
それも一瞬のことで、焼かれた者たちは、苦痛も与えられる暇もなかった。 それが爆発物の開発者の皮肉な慈悲といえたかもしれない。
建物内で謀議していた、
カルテルメンバー、
ジムも例外でなく、その強烈な
閃光の被害を
まともに受け、肉体はバーベキューで焦がさんばかりに、燃焼された。
もちろん、多額のアメリカドル、レイバーグの機密データも同じ運命へと、
導かれた。 すべて、最初から無かったかと、思われるほど、完全に、消滅し、それは、実体のない、幻影、蜃気楼を思わせることだった。
爆発はマクラレンたちの潜伏場所からも、確認できた。
二人組の狙撃チームは、閃光で目がくらみ、強風と衝撃に耐えようと、地面に反射的に伏せた。
火球と黒雲が、立ち上り、
前方の景色は異様なものとなった。
「一体、なんだ?ありゃ、、」
カニンガムはこの状況のことを
うまく、呑み込めず、思わず
、そう、呟いた。
マクラレンは双眼鏡を手にして、爆発現場に視点を移した。 一通り、観察を終え、隣の観測手の友人にいった。
「空爆だよ、精密な誘導爆弾とか、その類のものを使ったな。このことを、俺たちはブリーフィングで聞いていない。無線で、連絡して、聞いてみよう。向こうが何か、知っ ていればいいが、、」。
数時間後、マクラレンたちは、米海軍ヘリのシーホークに回収され、そのあと、カリブ海上を航行する、米海軍艦に収容された。
その艦船、航空母艦
スーパーフォレスタルは
かつての、フォレスタル級艦と同じ、
名前が付けられた艦で、新規開発されたタイプの空母でもあった。
乗艦する海軍兵の男女は、
この、艦のことを非公式に
「フォーリー」
という愛称で敬意を示していた。
マクラレンとカニンガムはその、フォーリー の司令官の執務室で、姿勢をキリっと正し、 立っていた。
現役兵ではないにしても 、相応の礼儀が必要だったからだ。
それに、 一度、体に叩き込まれた、
兵士の心構えは、
簡単には消えたりしない。
二人は、艦のスタッフから、与えられた、清潔な軍用作業服を着ていて、シャワーも浴びせてもらうサービスまで受けていた。
さすがに、ジャングルの中で何日も活動して、不潔になった、
ギリースーツと汗まみれの、体で艦内を歩き回られるのは、フォーリーのスタッフには、受け入れがたいことだった。
「事前に君たちに、情報を与えなかったのは 、すまないと思ってる。 だが、秘密保持は、絶対条件だったんだ。 」
そう、砂色の髪を短く、軍人風に刈り込んだ、老年の男性はレイバーグの工作員二人に言った。
ジャック ハンター海軍大佐その人は、187センチ、体重75キロの堂々たる体躯の男で、大学時代に、フットボールで鍛えた体は
驚くことに衰えが見えもしない。
89年のパナマ侵攻、91年の砂漠の嵐、 国内世論を二分した、2003年のイラク
人生のほとんどを、軍での公務に費やし、 アメリカの戦史に、その名を刻む本物の生きた伝説である。
また、前線の将兵を、励ますことにもこまめに、気を配り、強き愛国者たらんとする、その姿を軍の者たちは、親しみをもって、ガンファイターとも呼んだ。
その生きた伝説の
軍人はマクラレン、カニンガム、クーパーが 海軍SEALにいたころ、ペンタゴンの特殊作戦部に在籍し、彼らと共に、軍務に励んだ間柄であった。
しかし、この3人は除隊してからは、大佐と会うことはしばらくなかった。 だからこそ、彼と直接、話をすることになったのは、ミッチとウィレムには意外なことであった。
「空爆の件は、うちの会社の
社長の考えによるとの、ことですが、
でも、なぜ?」
カニンガムは、控えめだが、はっきりと疑問を口にした。 執務デスクにおさまっていた大佐は答えた。
「敵を欺くにはまず、味方から、、という言葉がある。レイバーグの社長は、確実に、機密情報を回収、または破壊するのを望んでた。
しかし、状況は常に、変化するからな」
ハンターは、少し、間を置いて、眉間を指で軽くこすった。
「実は君たちの行動中の、会話は、無線機に、 ひそかに、取り付けられた、盗聴装置で筒抜けだったんだ」
マクラレンは思わず、うめき、一言、言い添えようとしたが、大佐に手で待ったをかけれた。
「つまり、レイバーグの社長は、タヌキおやじということだ、覚えているかね?
君たちは、カルテル側の人間が機密資料を見ていて、知る人間が増えるのは、まずいという意味の話をしていたろう? それを、盗聴で関知した、社長は、機転を利かせるつもりで 、待機させていた、フォーリーの戦闘攻撃機に、空爆を実行させたのだ」
マクラレンは、顔を下にうつむかせ、
いかにも、不満そうにしていた。
間違いがあれば、自分たちも空爆で、
フライドチキンみたいになってたかもしれないのだ。
その様子を横目で、とらえていた、カニンガムは、ため息をつき、呟いた。
「我々は、最初から、信頼さえ、得ていなかったということですか?」
「クーパーは君たちにとっては、戦友、幼馴染だろう、、そんな人間を、殺す任務の重圧に 君たちが、耐えれるとは、あの社長には、思い込めなかったのだよ。 空爆は保険のつもりだったと言うべきか、、」
そうガンファイター
は感慨深く、言い残した。
そして、大佐は、執務デスクの引き出しから、A4サイズのマニラ封筒、一つを取り出すと 、立ち上がって、
元SEAL隊員の二人に手渡した。
「君たちが、彼にこれを渡してくれ、カルテルの連中は全滅したが、彼がかろうじて、一命をとりとめたのは、誤算かもしれないが、とにかく、よかったよ。おかげで、 このプレゼントを無駄にせずに済んだ」
その封筒を受け取り、マクラレンたちは、悲しげに、視線を床に落とした後、大佐に対し、海軍式の敬礼で、感謝を示した。
空母フォーリーの医療設備は米国の大学病院ほどではないが、快適を求める、傷病者が満足するには、十分なレベルであった。
その、設備が施された、部屋内の、医療ベッド一つで、ジム クーパーは、体を沈め、目を閉じて休んでいた。
その様子を、医療エリアの、出入り口で、マクラレンとカニンガムは軍医のキャラハンという、男性大尉から、説明を受けていた。
「彼の容態は、今のところ、良好です。
しかし、この事実を受け入れる、覚悟があなた方にあると、いいですが、、」
軍医の次の言葉に、表情がこわばった。
爆発の衝撃でクーパーは、首と頸椎を損傷し 、体の運動機能はほとんど、麻痺して、元通りに歩行することは、まず、無理とのことであった。
「さらに、火傷の被害もひどく、全身に傷跡が残り、そのためのケアと治療も
必要になってきます。 医師としての仕事をして、10年ぐらいになりますが、これほど、 ひどい、症例は初めてですよ」
医師の言葉にマクラレンたちは、胃が委縮するような、苦痛を全身で感じ、呼吸も少しリズムが乱れてしまっていた。
そして、軍医は2、3医学用語をかみ砕いて、 説明すると、入室を許した。
面会はきっちり、6分との
ことであった。
クーパーは、突然、二人分の足音が聞こえたとき、目を開け、音源のするほうへ、わずかに動く首をむけた。
「やあ、ヒーロー。気分はどうだ?」
その声の主と、視線が合うと、クーパーは、 驚いて、目を大きく、見開いた。
ブラックコーヒーの肌をした、人懐っこい目の男が歩み寄ってきて、
隣にクルーカットのアイルランド系の男が書類を携えて同行してきた。
「お、、おま、、え、、たち、、」
ジムは慌てて、身を起こしかけたが、
カニンガムは片手を上げ、
(そのままでいい、、)という意味のメッセージを出した。
ジムの不幸はまだ、あった。
声帯の損傷がひどく、会話ができないのだった。 口をあんぐりと開け、何事か必死にしゃべろうとしている。
その姿をみて、カニンガムは瞳に熱い水滴が流れそうなのを、何とか耐えた。
マクラレンも同様で、泣き出したい気持ちをこらえてからか、書類を持つ手が軽く震えていた。
「いいか、よく聞くんだ、ジム、俺の質問にイエスなら、ゆっくりまぶたを閉じろ 、ノーなら2回だ。
よし、練習だ、今から、ちょっと、話がある。 いいかな? 」
ジムはゆっくりまぶたを閉じた。
マクラレンは書類を手に、説明を始めた。
ジムの機密の売り渡しは、犯罪行為であり、 容認しがたいが、特別の恩赦が提供されるとのことで、書類には大統領、最高裁判事のサインがあるということ。
また、すぐに自由が約束されるわけではなく 、FBIと国防省、レイバーグ社の聴取を受け、
そのあと、2週間、政府の監視下に置かれるということ。
それらのことを、説明し終えると、
ミッチは
優しみのあるトーンで、
「俺たちと弁護士が、
サポートするよ、任せろ」
そういったが、同時に彼には
ハンター大佐の
セリフを思い出していた。
空爆でジムが死ぬのは、確実とされたが、万が一、生きていた時に備え、会社はもう一つの保険として、
恩赦を与えるプランを、
残していたというセリフを、、
また、恩赦と引き換えに、ジムは今後、マスコミには口を閉ざす条件もつけられていた。
しかし、ジムの状態を見れば、リークの心配はないと、マクラレンは思っていた。
そして、マクラレンは、そろそろメインディッシュに移るころだと考え、恩赦状等の書類を隣のカニンガムに渡すと、
ある封筒の封を切って、一枚の手紙と、スナップ写真を取りだした。
「メリンダからの手紙だよ、
病室で書いたらしい、読もうか?」
その問いにクーパーは
まぶたをゆっくり閉じた。
マクラレンは手紙にある、
文面を読み上げていった。 内容は
次のようなものだった。
「私の大切なパパ、突然、外国で休暇を 取るといって、驚きましたが、
どうですか?楽しんでますか?私は大丈夫です。リハビリは苦しい時もあるけれど、パパのことを思うと、
がんばれます。もう、車いすにも慣れました。 早く、外に出てみたいです」。
ジムは唇を震わせながら、手紙の内容を聞き続けた。
「あの交通事故はとても、ショックで、パパにもひどいことを言って、
ごめんなさい。
でも、亡くなったママとお腹にいた子のためにも、生きなくちゃいけないのだという、パパの言葉が少し、
分かってきたように思います。
そして、神様が私たちを生かしてくれたのも、何か意味があったからだとも信じるようになれました。
最後に伝えたいです。パパをとても、愛しています。早く 、帰ってきて、 ママたちのお墓参りに行きましょう。
会うのが、待ち遠しいです。あなたの、
娘であるメリンダより」。
そこで、文面が終わり、
マクラレンは手紙を折りたたんだ。
予想した通りの状態にジムは、
なっていた。
両目から涙があふれ続け、
体を動かしたい衝動に駆られながらも、叶わない自分がいることの悔しさ、
自分が犯した罪深い行為を知らないとはいえ、
こんな自分を励ますために、メッセージを送っ てくれた娘の存在が彼の心を十分すぎるほど、揺らしらのだろう。
ジムは、戦友二人に、視線を移し、
口を開け、声にならない、
声を出していた。
それを目にした、
カニンガムは、
両手で、ジムの左手を、がっしりと、
握りしめた。
「礼なんて、いいんだ、アンタは、
幸せ者だよ、ヒーロー、、
俺の息子らにも、
こんな手紙の書き方ができたらなって、思うよ、、」
黒人の元特殊部隊員も、目に、熱っぽいものをため、頭を照れているのか、
掻いていた。
マクラレンはタイミングが良いと思い、
スナップ写真をジムによく見えるように、かざした。
「見てみな、、」
その写真には、病室のひらけた所で、車いすに座り、カメラ目線で
、笑顔を向けている、芯の強そうな、目をした、少女が写っていた。
メリンダであった。
また、彼女の後ろにある、ホワイトボードには、子供らしい、動物や、アニメのキャラのイラストが描かれ、
ボードの中央に、太字で
(パパ、待ってるよ、、、)とあった。
他に、医師、看護婦、メリンダの同級生の子どもたちが十数人ぐらいはいた。
「メリンダの車いす代、教育費については、寄付金が集まるらしい。レイバーグ社や、病院の人々が、州議会にかけ合ったんだ。メリンダのような、子供たちを支援する目的もあるらしい」
マクラレンはつづけた。
「あの子を泣かせるなよ、なにかあったら、相談してこい。ヒーロー、、」
ジムは、ゆっくり、うなずき、
目を閉じた。
航空母艦スーパーフォレスタルは、
そのあと 、キューバの海軍基地を
経由したあと、
アメリカ合衆国への帰還を果たした。