男たちの戦争4
(天候はまあ、良好だな )。双発ターボプロップ機のパイロットは、内心、満足感を覚えた。
前方の視界には、雲はあまりなく、眼下には、広々とした広がっていたが、やがて、ぽつんと孤立しているような、農場を思わせる地点がわずかに見えた。
パイロットのヘッドフォンから、
ある声が、漏れ出した。「こちら、
01テーマパーク、ライトニングへ、
予定通り、2番滑走路に着陸せよ。
地上で、スタッフが待機中、
どうぞ、、」。
パイロットはマイクに応答した。「ライトニング、指示を受理、着陸コースに入る」。
双発機は低空で旋回し、テーマパークの暗号名を持った地、カルチェ ボゴタを眼下に見据えた。
元々はここも、森が茂っていたが、飛行場建設のために、焼き払われ、その痕跡と思われる、焦げ跡が、広場の末端に今も残っていた。
「セニョール カルロス、まもなく、着陸しますので、着席して、シートベルトを締めてください」。
コクピットの後ろのソファーにいた、カルロスはむっつりとした、顔でうなずき、 後方に下がった。
彼は機内でのクーパーとのトラブルのあとに安物のズボンとTシャツに着替えていた。
たが、パンツの替えはなく、仕方なく、消臭剤を使って、従来の、をはいていた。
適当に、座席を選んで、座ると、シートベルトを締めた。少し、スペースはあるが、2~3席、後ろには、クーパーがいて
、カルロスには、それが気まずく、
リラックスすることを難しくしていた。
飛行場の滑走路が、座席の窓からも少し、確認できた。
地上でも、誘導係らしき、者たちが各自で、作業にあたっていた。
ターボプロップの車輪が機体から現れると、安定感のある、陸地への、進入が、行われ、無事に、地上走行の状態に双発機は移った。
誘導係たちが機に接近し、手順通りの、点検を済ませると、飛行機のドアが開放され、
タラップが、降りた。まず、自動火器で
武装した、カルテルの男たちが、タラップ付近に、集まると、前にカルロスが、現れ、軽く、挨拶した。
熱気と、濃いめの湿気が、彼を包み、カルロスは渋面を作った。
そして、クーパーが、双発機のドアから出てきた。カルロスと違って、この暑さに対して、表情を変えることはは少なかった。
「あれが見えますね?」。
カルロスはある建物を指差した。
「あそこで、我々のボスが、待っています、空調も、完備されていますよ」。
「ご親切に、、」。ジムはぶっきらぼうに返し、空調うんぬんと言った男の後に続いた。
「目標を確認した。ジム本人だ」。
マクラレンは双眼鏡を目にあて、呟いた。
「OK、こっちでも、見れてる」。
カニンガムも、そう応じ、こちらはスポッティングスコープに分類される、
高倍率の観測機器を使っていた。
それは三脚架によって、固定され、彼の場合、地面に座り込んで、レンズを覗いていた。
マクラレンと共通していることといえば、ギリースーツで、
体をおおっている点である。
「さあ、もう一踏ん張りだ」。
マクラレンは、自分を叱咤するように、言うと、ポンチョのような、シートで、かぶせてある、物体の手入れにかかった。
そのクレイタック社製のボルトアクション式狙撃銃は、重量12キロほどと少し、
重い。
全長も、140センチとあり、銃器の初心者が見れば、少々ごつく、畏怖を感じさせる、デザインだった。
銃口には、細長い、コップを思わせる、消音器のサプレッサーが、装着されている。
消音といっても、完全に、銃声は消えないが、周辺にいる、野鳥の鳴き声にかき消されるだろうし、それらも音を聞いても、逃げもしない、音量しか出ない。
マクラレンは、ライフルの各所に異物が無いか、素早くチェックし、体を地面にうつ伏せにして、スコープを覗き込んだ。
「カメラはどうだ?」。
その問いにカニンガムは、事務的に即答した。
「画質は良好、雨が降らなかったことに感謝だな。」。
元SEALの黒人は、観測機器の撮影機能を起動し、パソコンに、ケーブルで接続した。そして、前方のエリアの録画が、
始まった。
これも上層部からの指示で、任務状況を記録せよ、という意向に、沿ったものだった。
この時期のエルバルデのは湿度88% 、
摂氏が36度と、まさに高熱地獄であった。さらに、ギリースーツを着用して、泥と汗にまみれて、
まだ審判の日まで、待機することになると思うと二人のPMC要員は神経が壊れそうだった。
「目標は、建物に入るぞ」。マクラレンが言うと、カニンガムは、知らず知らず唇を舐めた。
クーパーは、建物のドアをくぐって、中に入り、カルロスたちから、ホールに案内されたあと、
30秒ぐらいは廊下を歩き、あるラウンジのような、部屋への入室を許された。
男が一人、執務デスクを背にして、直立したまま、こちらに視線を合わせた。
「ようこそ、セニョール クーパー、歓迎しますよ。私はミゲル コルテスです」。
なまりがみられない、アクセントの英語が響き、ジムは少し、意外に思ったが、控えめに微笑んだ。
「ジム フィッツジェラルド クーパーだ、約束の品はここにある」。
クーパーは、左手の指で、アタッシュケースをコツコツ叩いた。
「こちらも、そちらのほしいものを用意するよ、コーヒーでも、どうかな?」。
「丁重にお断りするよ」。
クーパーは、一呼吸おいて、カルテルの首領を見た。カルロスと、同じく高価そうなポロシャツに、
通気性のあるズボンを身につけ、口ひげが、均整のとれたものになっていた。
手入れを欠かさないのだろう。
頭髪はやや、禿げ、白いものが混じっている。そして、目元が冷たく鋭利だった。
「おかけになって、結構、私は気にしません。」。
コルテスの求めにクーパーは、甘えることにし、大きめのソファーへ、
慎重に腰かけた。
部屋の四方にジャケットを着た屈強な男たちが、距離を置いて辺りをうかがっていた。
ジャケットの下が妙に膨らんでいる。
拳銃であろうとクーパーは推察した。
「プレゼントのお出ましだ、お前たち!」。カルロスはパンパンと
手を叩いた。
手押し車のようなものが、運ばれてきて、その運搬器具に載った、
アメリカドル 、100万が、そこに
あった。ジムの視線は一気に
それへ注がれた。
「こっちも、例のやつを出そう。
お気に召すといいが、、、」。
彼はケースの電子ロックを解除して、静かに開いた。A4の書類、写真、USBメモリが、収容されており、
特に書類は300ページ近くはあった。
コルテスは口元を歪ませ、
口ひげを片手でさすった。
「では、交渉に入ろう、
そっちの品の価値を調べたい。
カルロス!、ラップトップを持ってきてくれ」。
そう言われた男は、足早に二人のところに近寄り、ラップトップのパソコンをテーブルにコトンと置いた。
カルロスが、電源を入れ、読み込みが、進む中、何故かジムの中で、新兵時代に、幼馴染みのミッチとウィレムと共に
SEAL訓練に明け暮れた日々がフラッシュバックしていた。
カルテル側のやつら、資料とかを見てる。まずいぞ、これ以上、知る人間が増えるのは、、」。
カニンガムは、スポッティングスコープを覗き込みながら、マクラレンに言った。
「来るべき時が来たな。ウィレム、風速の状態をPDAで数値化しろ」。
その同僚の求めにカニンガムは、手早く反応した。彼は、風向風速計とPDAのみならず、ノートを用意し、
記録済みのデータを見て、最適の射撃関連の情報をまとめた。
こういう、正確で、ムダのない、データの提供が、今、カニンガムがしている観測手としての仕事だった。
「東からの風が結構、強めかな、まあ、砂があるより、ましだよ」。
その言葉の意味がミッチには、なんとなくわかった。
何年か前に、中東での警備任務に就いていた時、強風で、砂が目に入らないよう、苦労したものだった。
(しかし、暑さでいえば、変わりないか、、」。マクラレンはそう解釈すると、
クレイタックの狙撃銃のトリガーに指をかけ、スコープの十字線を、ジムの体にもっていき、彼の額の辺りに、その十字線が重なった。
それが、どういうわけか、マクラレンの脳裏で、十字架を思わせるものになり、
自分の行為の罪からくる暗示なのかまではわからなかった。
マクラレンは、呼吸器をゆっくり止め、全神経が、幼馴染みの額に集中したとき、ある異変に気付いた。
ジムの後ろにいた、エルバルデ人が、黒い金属製の何かを取り出していた。
「直接、現金で、持ち帰れないのは、仕方ない。イリノイの俺の銀行口座にまず、4割の金額を振り込んで、、俺がもらうそれで、いいだろう?」。
コルテスはクーパーの説得に対して、肩をすくめた。
「それじゃ、都合がよくない、残りの6割の金はあんたのこれからの功績次第で、手に入り、さらに、増えることも、ある」。
「なんだと?」。
クーパーは思わず、眉根をよせた。
そして、彼の後ろで、カチリという、甲高い、渇いた金属音が反響した。
銃の訓練を、いやというほど、受け、知り尽くした彼には、よく理解できた。
振り向きざまに、その音の正体を確認できた。
「黙って聞け、、」。
カルロスが、抑揚のない声で、ジムを威圧し、拳銃を構えていた。
ジムはいつのまにか、背後をとられていたことに、不快になり、歯ぎしりして、
憤慨した。
なぜ? こうなると推察できなかったのか、、、
コルテスが話を再開した。「セニョール クーパー、君には、これからもレイバーグ社の、情報を、我々に与えつづけて、ほしいんだ。
おたくの会社は米国でも、かなりの規模を誇っている。ペンタゴンとのコネとあるわけだし、、」。
コルテスはつづけた。「会社内での、業績、人事、技術、重役の住所、何でもいい。とにかく、我々とのパイプ役を演じてくれんかね?」。
クーパーは、ますます、不愉快が込み上げてきたが、何とか抑え込んだ。「同じことを俺も考えた。
実際、自宅のパソコンにも、機密データの一部は保存したままだし、やろうと思えば、できるが、、、」。
クーパーは、いつのまにか、貧乏ゆすりをしていた。
「こんな、乱暴なやり方は、
しなくても、いいんじゃないのか?」。
「保険を用意しておこうと思ってね」。
コルテスはそう、答え、コーヒーをすすった。
「君が途中で、やめたいとか、アメリカの当局に密告したりしないか、などと気になってね」。
カルテルのボスの強引ぶりにジムは息がつまった。