男たちの戦争3
エアコンのきいた、ある部屋において、ミゲラ コルテスは冷徹な猛禽動物のような、厳しい視線を周りのカルテルメンバーに注いでいた。
直立した状態で、
苛立ち気味に、執務用デスクを指でコツコツ叩きながら、彼は、隣の若い男のメンバーに質問を投げてよこした。
「カルロスからの連絡がこの時間帯に来ないのは、何か好ましくない、ことがあったのかな?」。
その問いに、男はやや、返事のトーンを震わせた。「セニョール コルテス、彼はビジネス面では、ルールを重んじます。
彼を信じましょう」。
その取り繕いぶった対応が腹立たしかったが、このカルテルの頭領はこれ以上、ストレスを重ねたくなかった。
今回の商談は特別で、失敗の償いは
かなりのもの、になると、コルテスは、早い内から、考えていた。
あのアメリカ人が、彼の組織に接触をして、取引を提示したとき、コルテスのみならず、幹部の多くが、仕事柄、付きもの、の猜疑心を持って、思案した。
だが、慎重にアメリカ人との接触が繰り返されるたびに、その取引がうまい儲け話だと、分かると、
カルテルの重役たちは、せっせと
セッティングを進めた。費やした、時間と人手、そして、アメリカ人が、求めた、破格の金額、
決して安くはない。だが、あの男がもたらしてくれる利益で、この組織はかなり巨大で、成功したグループの部類に入れるかもしれないのだ。
南米大陸における自分達の勢力レベルが国家を思わせるほどに成長するなら、賭けるだけの意味はある。
それなのに!、あの、うすのろカルロスのせいで、計画にタイムロスが出ている事実が、コルテスには苛立たしかった。
彼は、首筋に噴き出ている汗を手で拭うと、テーブルにある、アイスコーヒーのカップを手でつかみ、
ゆっくりと、喉に流し込んだ。周りのスタッフはその光景を目にすると、無意識に羨望を抱いた。
突然、部屋の中に固定電話のコール音が鳴り響き、コーヒーを飲んでいた、コルテスは少し、驚いたが、同時に、ある記憶が頭をよぎった。
この飛行場に電話回線で、つながることができる者は限られている。それにこの時間にこんな、コンタクトをとる、人間といえば、アメリカ人と一緒にいる、あの、うすのろに違いない。
コルテスは周りのスタッフを少し、乱暴に押しのけ、固定電話が設置されている、台に近づくと、受話器をつかんだ。
「もしもし」と、
彼はそういうと、連絡をしてきた相手の声が伝わってきた。
「ああ、どうも、プトゥマヨです、現在地はアメリカン48、あと1時間20分ぐらいで、そちらへ到着します。」
少し、陰気だが、明瞭なアクセントのスペイン語を扱っているようで、よく聞こえた。
「了解。プトゥマヨ、こちらは準備もできている。宝石は、、?、あるんだな、よし、分かった、以上」。
コルテスは受話器を置き、周りのカルテルメンバーに視線を巡らせた。
「カルロスからだ、、例のモノとアメリカ人も一緒だ」。
コルテスは一呼吸おいて、声をゆっくりしぼって、こう言った。
「諸君、大仕事もクライマックスだぞ、しっかり働いてもらうからな」。
メンバーはその凄みのある、ボスの形相を視界にとらえると、額に玉の汗がにじみ出たのに気付いた。
一方、カルテルたちを密かに監視下に置く、マクラレンたちは、例の場所に陣取り、オーディオ機器を扱っていた。
ある音声が再生され、それはコルテスと、彼の仲間とのの電話での会話だった。
レイバーグ工作員の二人は手元のハイテク通信技術で、飛行場内の家宅の盗聴をしていたのだ。
カルテル側も暗号での会話をしていたが、すでにレイバーグの二人はその意味について、調べてあったので、難なく解読できた。
そして、盗聴はカニンガムが言っていた、手順の一つで、これで、自分たちの目標と任務上、必要な情報が得られたことになる。
マクラレンは、オーディオ機器の操作を止め、水筒を口に持っていき、
喉を潤した。
「バッチリ、録音できた。
さすがだよ、ヒーロー」。
カニンガムはクスクス笑い、パソコンをいじくっていた。
画面にはジャッカルこと
ミゲラ コルテスの顔写真と詳しい、
詳しい、出自や日常生活の記述が、表示されていた。
年齢49歳、家族構成は妻子あり。表向きは、航空、海運といった健全な事業を装って、
第3世界の紛争区域やテロリストに違法に武器、資金を提供するコルテス カンパニーの社長。
総資産は推定で、アメリカの国家予算をいくつか、補填できそうな額だった。
余談ながら、趣味はスキューバダイビング。
「コロンビアの麻薬産業を
こいつの金で潰して、遊園地でも、
造ればいいんだ。」。
マクラレンは吐き捨てるように、
嘆いた。
(こんなやつとの、駆け引きで、全てを手に入れようとしてるのか?ジム?)
マクラレンは、ここにはいない、友人に問うた。約半年前の事だった。
ジム クーパーは、家族と共に、イリノイ州内の大型ショッピングモールで、買い物をしたのだが、それは彼には特別な意味を持っていた。
娘のメリンダは、2日後に、11歳になる予定で、バースデーケーキを、
(本人の鑑定時間つきで、、)。
選ぶ必要が、あったのだ。妻のサリーもお腹に宿した3ヵ月目の小さい命に慎重に気を配っていたが、
やさしい夫と娘のエスコートに感謝することになり、一行はショッピングを済ませると、自家用車のトヨタに荷物を積み入れ、ジムが運転席におさまった。
車道にトヨタが入ると、それが厳しく、切ない運命の訪れとなってしまった。
別の車線から、泥酔ドライバーのピックアップトラックが、90キロは超えていたろうか?
4人家族の乗った、トヨタにカミカゼよろしく、激突し、大音響と、パニックが、その場を支配した。
2日後、ジムが、病院のベッドで、眠りから、覚めた時、看護婦と医師、地元の刑事が、彼の前にいた。
最初ジムはこの、刑事の言葉をすぐに呑み込めなかった。
「お気の毒ですが、奥さんは
亡くなりました」。
事務的口調のようではあるが、声に、哀れみと気まずい感情も混じっているようであった。
ピックアップトラックのドライバーは、30代の建設作業員で、泥酔していたのは、仕事帰りに行きつけのパブで、ビールを飲んだためらしい。
彼もすでに、この世の者ではなく、遺体保管室の引き出しに、収容されていた。
彼の妻と、お腹の胎児
(医師の見解では、男の子だった)も、
同様に収容の状態にあった。
刑事の説明の後に医師が、話し出した。
こっちは少し、冷静で、あるように努めていた。その話の内容は当時のジムにはあまりに残酷すぎた。
「お嬢さんは、下半身の神経を完全に破壊され、自力での、歩行は困難です」。
その説明に、ベッドの男は次第に激情が、沸き上がって痛む体をムリさせて、
医師の胸ぐらを掴み、壁に叩きつけた。
狂人じみた怪力が体の奥から、
みなぎり
怒声が、周りにこだました。
そばにいた、刑事は、すぐに止めにかかり、ジムを羽交い締めにして、ベッドに押さえつけた。
刑事自身、バグダッド帰りの海兵隊員だったので、
腕力には相応の自身があったが、
それでも、
特殊部隊にいたジムを抑制するのには限界があった。
やがて、ジムは正気に戻ったのか、
力を抜いた。その後にきたのは
深い嗚咽、
孤独、後悔と、挙げれば
いくらでもあるが、
とにかく、彼は自分が守れなかった家族のために泣き通し、たぶん、
人の一生分はあろうといえる、
回数で泣き続けた。
当時、イリノイのレイバーグ本社にいたマクラレンとカニンガムは
この話を知ったとき、愕然として、
自分の事のように胸を痛めた。
以来、二人はクーパーを気遣い、メリンダにも実際に会った。
もちろん、
自分達の子供を立ち会わせ、あるゆる方法で励ました。
だが、彼女は、まだ、幼すぎ、この現状を受け入れ、乗りこえていくのに、
必要なポジティブな気持ちの切り換えも難しかった。
クーパーは退院したが、メリンダは今も州内の病室で、ケアを受けている。
そして、ある問題が出た。
メリンダは生活用の車イスが必要なの
だが、費用が高く、リハビリ用の
医療サービス代、薬代、さらに支援学校での教育費となると、クーパーの年収
では、払いきるには限界を超えていた。
レイバーグ社には、制度上、医療保険はなく、ほとんどクーパーの自己負担で、解決するしかなかったのだ。
軍隊時代なら、事情は違ったが、
すでに、彼は退役していて、
軍の保険サービスの対象外だった。
ジム自身、また、マクラレンたちも会社の理不尽さを知り、怒りを抑えられなかったが、何の手の打ちようが
なかった。
そんな、彼らの友人のジムは、やがて、奇妙な行動に出た。
会社に、出勤すると、訓練をそっちぬけで、オフィスで、事務作業に打ち込んでいった。
事故の件で立ち直る、自分なりのリハビリだと、周りに言って、納得した者もいたが、マクラレンには腑におちることとは思えなかった。
ジムは根っからのアウトドア派で、そのレベルは、家族を1ヶ月に3回はピクニックなどに同行させるような所があるほどのものだった。
デスクワークには、軍時代から、無関心だったはずのあいつがなぜ?。
この話をカニンガムにもしたが、彼は(事故のショックからだろう、、)
と返答して、取り合わなかった。
ジムのその行為が、2ヵ月まで、続き、
やがて、彼は長期休暇の申請を会社にした。
観光で南米に行くためと説明し、会社側も、了承した。ますます、疑惑を強めた、マクラレンはジムが取り組んでいた仕事内容について、ちょっと調べた。
主に、会社内の研究部門で、進行中のプロジェクトを確認し、研究スタッフに連絡をとって、ジムは現地要員としての経験を話したりしていた。
これで、社内で進む、装備開発、途上国での復興活動の下準備が、スムーズにいくと言っていたらしい。
しかも、(会社の管理部の部長に
指示されて、、)。
などとも口にしていた。マクラレンはその部長に、問い合わせたが、彼は(ジムに指示を出したことはない)。と、
怪訝な口調で返した。
ミッチは確信に迫る頃だろうと思った。
ある日に退勤してから、クーパーの自宅を訪れた。当然、無人で、施錠されてたが、ミッチはスペアキーが、ある場所を以前にクーパーから、教えてもらったので、それを使って、中に入った。
ある個室に、ノートパソコンがあり、それを起動した。パスワードが記されたメモ用紙は少し、てこずって、見つけた。
メモにはメリンダのスペルと誕生日、LOVEという単語があった。
そして、ここ最近のジムが、使ったと思われる、文書作成ソフトを閲覧すると、自分の心臓が、高鳴り、バクバクいった。
社内で、機密扱いとなっている、新型軍用機、迎撃ミサイルシステムのテストデータ、国防省高官との会議内容をまとめた、記録が、記載されていた。
間違いなく、ジムは社内から、機密情報を盗んだのだ。マクラレンはこのパソコンをそのまま、押収して、翌日本社に直行して、例の管理部の部長に、事情を説明した。
向こうも空いた口が塞がらず、呆然とし、声にならない悲鳴を出した。
部長は急いで、あらゆる部署の重役に接して、社長にも、
事態の概要を報告した。
そして、対策として、打ち出されたのが
ジムの抹殺と機密の回収であった。
マクラレンはこの指示を社長から受け、そのあとカニンガムを社内のカフェテリアでつかまえて、同様のことを話した。
ウィレムは一気に食欲が萎え、食べかけの薄切り牛肉付きのトーストを廃棄用コーナーに捨てた。
彼にもマクラレンにもジムがなぜ、こんなことをしたのか、察しがすぐについた。
四肢障害を患い、人生を殺されたような、地獄を見ている、自分の娘を救うため、金を手に入れるつもりだったのだろう。
彼女に車イスを、携帯電話を、ドレス、いい学校、バースデーケーキ、何でも与えて、人並みの幸せをまだ、感じられるのだと、励ましたかったと推理するのは難しかくなかった。
だが、メリンダを救いたいなら、こんなことはルール違反だし、
手に入れた金の出所、ジムの行為の真相をメリンダが知ったら、喜ぶのか?、
神に賭けてないはずだ。それでも、あのファミリーマンはこの道を歩んだのだ。
彼自身も、間違っていると、気付いていながら、、。