男たちの戦争
暑い日差しが立ちこめる、
南米の半島国家、エルバルデ共和国のジャングル地帯の中を、
ミッチェル マクラレンと同僚のカニンガムは足音を立てるのに、気を配り、前進していた。
ここにはある仕事のために訪れていた。一人の男を葬り、男が進める取引を潰すために、である。
二人は兄弟のように、お互いをよく知り、共に米海軍の兵士として、
戦地で汚れ、傷つき、生き延びた、間柄であった。
決して、二人の人生は楽とはいえず、己を酷使しすぎたようだとも、二人は思っていた。
両者は、平凡な兵士ではなく、酷烈な訓練プログラムと、任務で知られる、特殊部隊兵の集団、SEALの出身であった。
そのSEALを3年ぐらい前に除隊したあと、二人はアメリカの大手防衛企業のアーミー レイバーグ社に入った。
この会社は、政情不安な地域での、警備事業、現地民への医療支援、復興活動もこなすが、これらのことなら、エルバルデの正規軍でも、実施されている。
しかし、レイバーグには、会社の利益のため、独自の手段を講じるところがある。会社の指示があれば、
マクラレンたちのような者には、敵性国の兵器メーカーや、国防 、治安機関の関係者と、接触し、独自の諜報網を築く任務も与えられ、状況によっては、暗殺も担う。
レイバーグは他社に対して、野心的だから、先んじて、情報を欲しがる。そのため、自社の工作員を危険で、緊迫する、国に派遣し、成果を求める。
マクラレンたちのような、優れた、人的資源が多いこともあって、
この10数年で、アーミーレイバーグは
レイセオンやナイツ アーマメントなどの米国の大手国防メーカーに近づく、売上げを獲得しつつあった。
しかし、この元SEAL隊員二人には、企業の小難しい、経済理論等は深い関心の対象には入っていなかった。
ビジネス情勢の方向性など、現実の戦場で、恐怖を受け入れる、兵士には、まずい戦闘糧食以下のランクのものなのだ。
マクラレンは前進を止め、樹木の密生するその足場の悪い地形の先に小川の見える、一帯を確認すると、手信号で、カニンガムを制止し、小休止という、意味の合図を出した。
合図を受けた方の男は「了解」という、手信号を送った。
数分後には、二人の男は地面にバックパックや銃器を下ろして、食事をとっていた。いつでも、
脳が臨機応変に対応し、体が動くのに、この時間は欠かせない。特に睡眠が重要になる。
任地では、好きな時に眠れはしない。兵隊も人の子だから、休める、時には、きっちりと充電しておく方がいい。
二人は装備のいくつか、弾薬ポーチ、医療キット等は外しているが、ギリースーツと呼ばれる、草木などを付けた、擬装用迷彩服を着用していて、、顔面にはグリーンとダークのカラーペイントが施されていた。
これで、周囲の環境に完全でなくとも、溶け込め、カムフラージュ出来る。二人の兵士は小枝や落ち葉を除外して、座り込めるだけのスペースがある野営地を作っていた。
「いや、参ったぜ、
カンボジアが天国に思える」。
マクラレンのその小声での、台詞を耳にして、カニンガムは、少し、にたり、として答えた。
「ここいらで、宇宙人が人狩りに来たら、仕事どころじゃないな、ミッチ、、」。
二人はハリウッド作品のプレデターのことを話題にして、緊張をほぐした。マクラレンは格別、
映画が好きというわけではなかったが、この87年公開の作品のことは、どこか、好きだった。
イリノイのアイルランド系カトリックの中流階層出身で、均整のとれた、顔立ちをする、
マクラレンの体格はマッチョなシュワルツネッガーの筋肉には及ばないが、全体的に鞭のようにしなやかな、たくましい肉体を有している。
32歳という年齢も、肉体を追い詰める、今の仕事では絶頂期にあたる。フェイスペイントを洗い落とすと、マクラレンの肌は一般の白人と変わらないが、
戦友のカニンガムは同じイリノイ出身の黒人で、年も同じ、ブラックコーヒーのような、肌と183センチのがっしりした体躯が妙にいかつい。
マクラレンは、腕時計をちらりと見て、こう言った。「あと3時間半の予定で目的のポイントに着く。その後、無線連絡で、本部に報告しよう。」。
それを耳にして、カニンガムはやや、悲しげに視線を下に落とした。「なあ、ミッチ、あんたは大丈夫なのか?この任務のために迷うことはないのか?」。
友人の疑問にマクラレンは一瞬、口をつぐんだが、はっきりと相手の目をとらえた。
「ウィレム、やるしかない、お前は、責任を捨てて、上の者には、やはりできませんでした。と答えるつもりなのか?その行為には迷わないのか?」。
カニンガムは糧食のターキーを軽くフォークでつついたあと、ためらいがちに一言、
「俺が間違ってた。謝るよ、」。
それを聞いて、マクラレンも自分の問いかけが厳しすぎたように思えて、同僚に対して、陳謝で応じた。
二人の元SEALが迷い、悩む動機はこの任務の最大の目的にあった。一人の男が推し進める
取引、レイバーグ社から、盗み出された機密データの譲渡が内容だが、
機密を盗んだ者は、マクラレンとカニンガムがよく知る相手で、決して殺したくない男だった。
ジム クーパー。彼はレイバーグ社員で、マクラレンたちと海軍SEALで、同期、イリノイの地元小学校の付き合いから、始まる、幼なじみであった。
クーパーはタフで気さくで、教員の資格を持つ、両親に厳しく、しつけられた経験から、品格のある男だった。
明晰な判断力とメンタルの強さで、SEALでも有望視され、コブラ アイという、あだ名までもらった。
レイバーグへの勧誘もマクラレンが、クーパーに進めた時も彼は1日分、考えて、了承するほど決断の早いところを見せた。
そのあとにカニンガムが続き、各国の任地で、精励してきた3人は本当の兄弟以上の絆を持っていた。
そんな、兄弟の一人が、会社の重要機密を無断で持ち出すような、大それた事をした理由は残りの二人の兄弟にもおおよそ、わかっていた。
だからこそ、この任務には、いい感情を持つことなど、出来はしない。クーパーを生きて連れて帰ることも出来はしないのだ。
会社の上層部が命じたことはよほどの事情がない限り、彼を生かさず殺害し、機密を回収せよであった。
そういった、指示が二人には耐え難く、戦場での負傷以上に辛いことであった。あのジムが、家族思いで、豊かなアイデアマンだった、戦友が、こんな事態へ、進むとは、想像など、できなかったし、その必要もなかった。
しかし、ジムと同じ、経験をすれば、自分たちも、彼が、行き着こうとするところを、目指したかもしれない。
それができなかったのは、これまでの状況の進行が、早すぎたというのもあるし、誰にでもある、意識の下の原始的なもの、良識とか、信念というのが、ジムに同調するのを阻んだというのが、正確といえた。
マクラレンはカップに入った、コーヒーを飲み干すと、カニンガムに視線を合わせた。
「いいか、ジムは死ななくてはならない。やつも覚悟は出来てるだろう。だが、それで終わりじゃない。メリンダが国で待ってる。父親の死を認めるには、若すぎるがな」。
エルバルデの古びた家宅が数十はある田舎町の上空、6000メートルをターボプロップの双発型ビジネス機がリズムのある、爆音を轟かせて、飛行していた。
その双発機内の座席で、一人のアメリカ人は近くの窓の外の、眼下に広がる、自然と街並みを凝視していた。いかにも、南米の牧歌的な雰囲気がそこにあった。
双発機内の室内設備は一般旅客機のビジネスクラスに近いもので、ストイックな性格のアメリカ人からすれば、快適であった。ジム クーパー は褐色の薄いジャケットの下に、安っぽいが、シワのない
ポロシャツを着用し、腕時計は防水機能付きのデジタル式。彼の容姿は、特に目立つものではなくとも、黒髪を短く刈り上げ、たるみのない頬と、
毎日3マイルのランニングを持続しても、弱音を吐かないであろうかという、眼力を併せ持っていた。つまり、この男が元特殊部隊兵だと他人が知れば、それですぐに納得するような感じだった。