#02 異世界の牢の中で。
――廃墟となったビルの中、ガラスのない窓から月明りが射し込んでいる。
月明りでぼんやりと照らされた広間の中心に、少女が佇んでいた。
年齢は恐らく十四歳か十五歳ほどだろうか。
背は年齢を考えれば極平均的、均整の取れた綺麗な体付き。
少し茶色がかった黒髪は長く、腰近くまで伸びている。
顔は俯き、前髪がかかっていて、表情を伺う事は出来ない。
その姿は何処か、項垂れているようにも見える。
だが、背筋は綺麗に伸び、凛としている。
どうやらその雰囲気からして、項垂れているわけではないようだ。
辺りをよく見れば、少女の周囲に二十人近くの人間の男達が倒れていた。
倒れている者達は皆、弱々しく言葉を吐いている。
痛みを訴える者、苦しみを耐える者、怨嗟を吐く者、化け物と怯える者。
男達の言葉は全て、中心に佇む少女に向けて発せられている。
しかし、少女は彼らの事など全く気にも留めず、誰かと会話をしているかのように、淡々と静かに何かを話している。
その時、少女の背後に倒れていた男がゆらりと、静かに立ち上がった。
男の右手には――ビルの廃材だろうか――鉄の棒のようなものが握られていた。
少女を睨み、ゆるり、ゆるりと、音を立てずに近寄っていく。
その目とその手には、明確な殺意が込められている。
少女はまだ背後に迫る男に気付いていない。
男は少女に気付かれぬよう、ゆっくりと鉄棒を振り上げ、渾身の力を込めて殺意を振り下ろした。
――ッッ!!
廃ビル内に悲痛な声が響く。
少女に殺意を振り下ろしたはずの――男の悲鳴が。
男の目の前にいたはずの少女は――いつの間に回り込んだのか――男の右腕を取り、その背後にいた。
背後に回り込むすれ違い様に、男の右膝に蹴りを叩き込んだのか。
男の右膝から先が曲がってはいけない方へ折れ曲がっている。
痛みに泣き叫ぶ男の悲鳴に少女は顔色一つ変えず、更に右腕の関節を外した。
嫌な音が鈍く響き、男は新たに与えられた痛みに悲鳴を上げて倒れ込む。
倒れた男を少女が見下ろす。
落胆したような、蔑むような目が、男に向けられていた。
すぐに興味を失ったのか、少女は男から目を離し、また静かに言葉を繋ぐ。
――あれは、あの少女は、誰?
ゆらり、と少女がこちらに体を向けた。
――知っている。
顔は俯いていてよく見えない。
――私はあの少女をよく知っている。
少女が顔を上げて、"私"を見た。
――あの子は、■■■。
「うあぁぁッ!!」
まるで、底のない穴の中を覗き込んだような恐怖を感じて、目が覚めた。
心臓が激しく脈打ち、体は汗でびっしょりと濡れている。
「……夢。」
そうだ、夢を見たんだ。
……どんな夢を?
覚えていない、一体どんな夢を見ていたのか。
抜け落ちたかのように覚えていない。
けど……感じた恐怖を、まだ覚えている。
ああ――この恐怖を、私は知っている。
それだけで、忘れてしまった夢の内容に察しがついた。
「おい、大丈夫か?」
鉄格子の外にいる、兵士のような恰好の若い男が声を掛けて来た。
……てつごうし、そっか、ここ牢屋だったっけ。
昨日双子の月を見た後、すぐに寝ちゃったんだ。
もう外は明るくなっていて、鳥の声と風の音が聞こえる。
ちらりと、左手首に付けている腕時計を見た。
――AM 7:05分。
大学に行くのに、いつも起きている時間だ。
やっぱり人間、異世界なんかに来ても生活習慣は抜けないみたい。
「おーい?どうしたー?聞こえてないのかー?」
「あっ、ああー、ごめんね。ちょっとぼーっとしてた。」
「寝起きで寝ぼけてるな、悪い夢でも見たか?」
「急に大声出すから、驚いたぞ。」
あ、そんなに大きな声になってたんですね。
ヤダー恥ずかしいー。
「う、うん……兵士さんの言う通り、悪い夢を見ちゃったみたいで。」
「……もう内容は覚えてないんだけど。」
「なんだ、忘れちまったのか。」
「まぁ、こんな場所で寝たら悪夢の一つや二つ、見てもおかしくないよなぁ。」
俺も見張り番してると時々見る事があってなー、と兵士さんが頷く。
この兵士さん、昨夜牢の扉を開けてた人だ。
あれからずっと見張り番だったのかな。
昨夜は分からなかったけど、自分以外の囚人がいる気配はない。
なら、私が牢に入った事でこの人が見張り番になったのか。
そう考えると、少し申し訳ない気持ちになった。
「っと、そうだそうだ。ほらよ、昨夜言ってた大き目の布、持ってきてやったぞ」
兵士さんが大き目の布を格子の間から差し出す。
見た感じ、綺麗ではないけど、汚くもない。
「おおー!ありがとーっ兵士さんっ!」
差し出された布を受け取って、兵士さんの手を取りぶんぶんと握手する。
「ぉおぉ、おぉい!そ、そんなに振り回すな!」
「ああ、ごめんねっ。」
手を離すと、やれやれといった感じで兵士さんがテーブルへ戻っていく。
それを見送り、ベッドに布を置こうとした所で気付く。
汗をかいたからか、少し寒い。
その上私の服は、夏物のスカートに肩出しのシャツとジャケット。
こんな薄手の服で寝ていたら、風邪を引きそうだ。
もらった布を肩から掛けて、硬いベッドに座り、考える。
元の世界はもうすぐ初夏が終わる頃で、もっと暖かかったはず。
けど、今の気温の違いを感じて疑問が沸いた。
ここは地下牢でも六月にしては少し寒い。
まさか、元の世界とは季節が違うのだろうか。
そもそも今は本当に六月なのだろうか。
――いっそ聞いてみたほうがよさそう。
ベッドから立ち上がり、鉄格子の近くに行く。
牢屋の外を見ると、牢番のテーブルに兵士が二人いる。
先ほどの若い兵士と昨夜の渋いおじさまの兵士だ。
若い兵士は暇そうに座っていたが、おじさまは羽ペンで紙に何かを書いている。
「あのー、兵士さーん。ちょっと聞きたい事があるんだけどー。」
声を掛けてみると、すぐに若い兵士が来てくれた。
おじさまはちらっとこちらを見ただけで、すぐに手元の紙に目を向け直した。
私の相手はこの兵士さんに任せてるのかな。
「どうしたー?もう布はやれねーぞー?」
それは確かに欲しいけどそうじゃないです。
「ええとね、今って……何月何日、かな?」
「んん?そりゃ、日付の事を言ってるのか?」
「けど、日はわかるが、月……?もしかして、十二新の事か?」
「……え?」
――じゅうにしん?
全く聞いたことのない言葉が出てきて混乱する。
「十二新の事だっていうんなら、今はトルの新の八日目だ。」
と、とる……?
ええーと、トルの新の八日目という言い方からして、あっちの世界で言うところの暦月――ひと月の呼び方だろうか。
「あ、あのぉ……十二新って、なんでしょう……?」
「はぁ!?オマエ、十二新がわからないのか!?」
「う、うん、ごめんなさい……?」
「十二新が分からない奴なんて初めて見たぜ……。」
「辺境の沼地に住んでるリザードマンだって知ってるってのに。」
結構馴染みがあるけど、普段ほぼ使わない単語が出て来た。
……いるんだ、蜥蜴族。
「いいか?十二新ってのはな――。」
兵士さんが懇切丁寧に十二新について話し始めてくれた。
十二新とは、太陽と月が一度巡れば一日と数え。
三十一回巡ると一つの新となり、それを十二回繰り返すと一年と数えるらしい。
要するに、言い方が違うだけで元の世界の十二カ月、暦月と同じかな。
新は、そのまんま日本語の新しいって意味と同じで"新しい繰り返しの一日目"という意味を含んでるんだとか。
一新の呼び方は、どれも古い神話に出てくる天族と呼ばれる者達の名前で
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一新ユミ 二新ルキ 三新ユテ 四新レイ
五新ロズ 六新トル 七新ニヨ 八新バド
九新セテ 十新ノル 十一新ルウ 十二新レヤ
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と、こうなるらしい。
自分の腕時計を見ると、時刻の上にSaturday、下には8Dayという表示。
元の世界にいた時、つまり昨日の日付は金曜日の六月七日。
そして今日は土曜日の六月八日、この世界の日付はトルの新の八日。
時計が狂ったりしていなければ、日付はほぼ一緒だ。
「――どうだ?わかったか?」
「うん!教えてくれてありがとね、兵士さんいい人だぁー。」
「お、おう。」
満面の笑みでお礼を言うと、兵士さんは照れたように頭を掻いた。
ふむ、時期は同じでも、季節は少し違っているのかもしれない。
妙に、共通点があって、ないような感じ。
日本語が通じるのに、通じない言葉もあるし。
……そもそもこの世界の言語は、本当に日本語なの?
異世界転生物の話とか、不思議な力で言葉が自動翻訳されたりとかあるし。
と、なると今気になる事は一つ。
牢屋に入れられている以上、出来る事なんて思考するか、兵士さんと会話するか
しか出来ないし。
よし、ダメ元で本を貸してもらえないか頼んでみよう。
「あのーー!」
「そういえばよ!!」
「は、はいっ!?」
急に前のめりぎみに兵士さんが声を掛けてきた。
なんだろう、心無しか凄く目がキラキラしてるような。
「オマエの荷物にある、あの透明な紙に包まれた三角の黒っぽいやつ!あれなんだっ?」
「なんか食い物っぽい匂いがするんだよっ!」
黒っぽい三角……?
あ、あぁー、コンビニ梅おにぎりの事かな?
そういえば、昨日は見たことなさそうだったもんね。
「あれはね、梅おにぎりって言う食べ物だよー。」
「ウメオニギリ……?美味いのかっ?」
どうなんだろ、私は好きなんだけど。
酸っぱいし、この世界の人の口に合うかな。
海外の人なんかは、梅を気に入る人って多かったっけ?
「んー、結構酸っぱいけど私は美味しいと思ってるよ。」
「ホントは昨日のお昼に食べようと思ってたんだけど、食べ忘れちゃって。」
「おお、やっぱり食い物か!」
「なぁ!オレが食ってみてもいいか!?」
「えっ?別にいいけど……。」
「よし!いやー、昨日あんまり食えなくて腹減っててさー。」
ウキウキと兵士さんが見張り番のテーブルに向かっていった。
……梅もそうだけど、賞味期限大丈夫かな。
真夏ではなかったし、多分平気だとは思うんだけど。
というか、本の事を聞くタイミングを逃してしまった。
「不味かったりしても怒らないでね~……?」
テーブルのすぐ傍に、取り上げられた私の荷物が置いてある。
その荷物をごそごそと漁り、兵士さんが梅おにぎりを手に取った。
椅子に座り、早速おにぎりの包装を開けようとする。
前の席にいるおじさまが、目を落としていた紙から顔を上げ、怪訝そうに若い兵士を見た。
「本当に食うつもりか、フリッド。毒かもしれんぞ?」
「毒だったらそんときゃそん時っすよーっ!」
「よっ、このっ、どうやって開けんだコレ!」
「……なぁ?これどうすりゃいいんだー?」
おにぎりを手にこっちに戻ってきた。
なんとなくそうなると思ってたけど、やっぱり開け方がわからなかったんだ。
元の世界でも、たまに海外の人でコンビニおにぎりの開け方が分からない人いるんだよね。
「えっとね、ここ。ここの白い部分、そこを下に引っ張るの。」
兵士さんが、包装の"ここから下に引く①"と描かれた白い部分を引っ張ると、真ん中の部分から真っすぐに取れていく。
「……こうか?おお?真ん中が開いたぞ!」
「そうそう、そしたら落とさないように片方ずつ、残った包装の端っこを引っ張ってみて?」
次に左右に残った包装を引っ張るとスルスルっと残った包装が取れて、おにぎりを包む海苔の香ばしい匂いがしてきた。
「おぉ……!おおぉー!すげえ!透明な紙が取れたぞ!」
「うぉぉ、香ばしい匂いがするなぁ……!」
最後の左右の包装を取る時に、稀に海苔がバリッと包装と一緒に持っていかれたりする事があるんだけど、兵士さんは包装を上手く取れたみたいだ。
「ほぉ、どれどれ。」
「ふーむ、こいつは確かにいい匂いだな。」
「この黒い物に包まれてる白い粒は、ラスィアか?」
「あー!似てるっすねー!」
「でも、なんだかラスィアよりも白くないっすか?」
いつの間にこっちに来ていたのか、おじさまがおにぎりの匂いを嗅ぐ。
らすぃあ?もしかして、ライスの事かな?
「おい、お嬢さんよ。こいつはオニギリとか言っていたな?」
「この、ラスィアのようなものを包んでいる黒いのはなんだ?」
「それは"海苔"っていって、海とかで取れる植物ですよー。」
「ちなみに、海苔で包まれてるのは"お米"っていう食べ物です!美味しいよー!」
おじさまが海苔の事を聞いてきたので、ついでにお米の事もドヤってみる。
凄くウザそうに睨まれた、ひどい。
「……ノリ、聞いたことがないな、海で取れる植物なら確かウィーデがあるが。」
「ウィーデって、あの港町のサラダとかによく入ってる黒いような緑っぽいようなアレっすか?」
「匂いに癖があって好きじゃないんっすよねぇ……アレ。」
ウィーデ、語感は英名の海藻に似てるけど……。
知れば知るほど、ここは異世界なんだという実感が増していくなぁ。
「それじゃ!ちょいと食わせてもらうぜっ!」
「お、おい、フリッド!」
おじさまの制止を聞かず、フリッドと呼ばれた兵士さんがおにぎりを口にした。
「……うん、うん!うめえなコレ!」
「この海苔とかいうの、すげぇパリッとしてて香ばしさがある!」
「その中にあるラスィアに似たオコメも!こりゃ塩がかけてあるのか!」
塩はこっちの世界と同じなんだ。
でも、そのおにぎりはまだ本命に達していない。
「ん!?んぉぉっ!!」
「フリッド?どうした!大丈夫か!?」
「すっぺえぇ!なんだこれ!」
「けど、美味いぞこれも!この酸っぱさ!オコメって奴にすげー合ってるっ!」
どうやら本命の梅に到達したみたい。
味のほうも好評なようでよかった。
「それが梅っていう食べ物だよー。」
「ほー!これがウメなのか!」
「あーくそっ、こんなに美味いなんて思わなかった!もう無くなっちまう……!」
「なぁ!これしかないのか!このウメオニギリって奴は!」
え、えぇ……そんなに気に入ったの?
残念だけど、一個しか買ってないからなぁ。
待てよ?そういえば、梅グミも買ってたはず。
「梅おにぎりはもうないけど、荷物の中に梅を使ったお菓子ならあったと思うよ?」
「本当か!どれだ?!」
「えーと、赤い小袋にぶよっとした小さな丸いのが入ってると思うんだけど。」
余程美味しかったのか、兵士さんはすぐに私の荷物をあさり始めた。
そんな兵士の姿を見ておじさまが呆れた顔をしている。
「全く、こいつは……。」
「――にしても、本当にオマエさんは不思議な物ばかり持っているな?」
すぐに真面目な顔になっておじさまが私のほうを見た。
今までの私の所持品に対する反応からして、この世界と元の世界の技術の差は結構激しそうだ。
食べ物の文化も似たような所はありそうだけど、もっと調べてみたら大分違うのかもしれない。
「あはは……私にとっては極々普通の物ばっかりなんだけどね。」
「普通の物、か。オマエさんは一体何者なんだ?」
「……多分言っても信じてもらえないんじゃないかな。」
異世界から来たんです。
なんて、そんな事を言われても信じられないと思う。
私だって信じられないくらいだ。
「信じる信じないはオレ達が決める事だ。」
「ただ、昨日も言った事だが例え罪のない普通の人間だとしても、すぐには出してやれん。」
「変わりに、少しは待遇を改善してやることが出来るかもしれんぞ?」
と、そんな事をおじさまが言ってきて、面食らった気持ちになった。
なんでだろうか、妙に優しい。
――囚人に優しくすれば情に流されて本当の事を話す可能性がある。
尋問などでよくある手法だったと思う。
なんて、そんな酷い考えが横切ってしまった。
「……なら、私は――。」
それでも、私は人の優しさをあまり疑いたくはない。
例え、打算的な情であっても、信じてくれる可能性があるのなら。
「――こことは違う世界……異世界から来たんです。」
言った、言ってしまった。
言ってから気付いたけど、そもそも異世界という概念がここにはあるのか。
なければそれを何とか説明しないといけない。
あるいは異世界の概念があっても、そんな話をする人は頭のおかしい奴とか、ホラ吹きばかりで信じてもらえない、というのが異世界ファンタジーの定番だ。
駄目だ、不安でおじさまの顔を見れない。
昨日から感じていた不安を、色々考える事で誤魔化していたけど、そろそろ限界だ。
ああ、やっぱり言わなければ――。
「やはりそうだったのですね……!」
突然、薄暗い地下牢に、鈴の音のような綺麗な声が響いた。
何処かで聞いたことがある声、確かこの声は……。
「ひ、姫様ッ!?」
「姫様だって?うぉあ!?ど、どうしてこのような場所に!!」
階段のある通路のほうに二人の女の子がいた。
一人はメイド服、もう一人は煌びやかなドレスを着ている。
おじさまも荷物を漁っていた兵士も、ドレスの女の子を見て、驚愕しながらも咄嗟に跪いた。
私も、その子を見てさっきまでの不安が無くなるくらい驚いていた。
この世界に飛ばされてきて、初めの部屋で出会った、あの女の子だったから。
「貴女様の事が気になって、つい来てしまいました。」
つい来てしまいましたって、私の事が?
いや、それよりも、やはりそうだったって?
「こ、この者の事が、ですか?」
「ええ、そうですよ、グリル。」
「初めて見た時から、もしかしたらと思っていたのですが……。」
「やはり、異世界から来られた方だったのですね!」
異世界から来たって事が、通じてる?
なら、お姫様は異世界の事を知ってるという事!?
「確かに、先ほどこの者は異世界から来たと言いましたが……。」
「ではグリルっ!貴方は彼女が異世界から来たと思いますかっ?」
お姫様が前のめり気味におじさまに聞く。
なんだか異世界人に凄く興味津々だ、お姫様。
「信じられない、と言いたい所ではありますが、こやつめの持っている物、話す事も我らが知らぬ物、知らぬ事ばかりです。」
「まだ断定は出来ませんが、その可能性は少なからずあるのではないかと……。」
「でしたらっ!わたくしもこのお方とお話しをさせていただきますっ!」
「は、はぁ……ですがそれはっ……!」
「よいですねっ?」
ぐぬぅ、とおじさまが唸るけどお姫様に押されて、私と話す事を渋々と了承した。
凄い急展開になってしまったけど、どうしてお姫様は異世界人の事を知ってるのだろう?
「どうぞお座りください、姫様。」
「ありがとう、アイナ。」
お姫様が牢の前に来ると、傍にいたメイド服の子が木製の椅子を持ってきて、お姫様がそれに座る。
「それでは改めまして……わたくしはセシリア。」
「セシリア=レスティリアと申します。」
「よろしくお願いいたしますね、異世界からの漂流者様。」
凄く綺麗な、思わず見とれてしまうような笑顔で挨拶をされてしまった。
「えと、私は愛鳥、神崎愛鳥って言います。」
「あ、ちなみに愛鳥が名前で、神崎が家名なんです。」
セシリアさんの名前を聞き、名前の意味が通じなさそうな気がして説明も加える。
この世界の人の名前は、元いた世界の海外の人の名前と同じ感じみたいだし。
異世界ファンタジーあるあるだよね。
「家名が名前の前に来るのですね、既に名前からしてわたくし達とは違った形です!」
「カンザキアトリ様……アトリ様とお呼びしてもっ?」
「うん、どうぞどうぞー。代わりに私もセシリアさんって呼んでいいかな?」
「はいっ!もちろんですっ!」
わぁ、セシリアさんのこのなつっこい感じ、なんだか明日花ちゃんを思い出すなぁ。
「早速なのですが、アトリ様っ!貴女様の事を、異世界の事をお聞きしてもよろしいですかっ?」
「異世界の事を?それはいいんだけど……。」
「セシリアさん、私が異世界人だって信じるの?」
「ええ、信じたいと、そう思っています。」
「どうして……。」
この子が異世界人を知っている事もそうだけど、異世界人の私に対するこの接し方も謎だ。
何処か憧れや尊敬の思いが含まれているように思える。
「そうですね……では、その辺りからお話しさせて頂きます。」
逸る気持ちを抑えるように、一呼吸おいてからセシリアさんは話し始めた。
「我が国、いえ、世界全土において昔から伝わる伝説があるのです。」
「わたくし達が今いるこの大陸には、多様な種族が暮らしており、種族によって伝わり方も違っているのですが、我が国レスティリアにはこう伝わっています。」
「数千年前に異世界から現れた英雄、と――。」
英雄……過去にも私と同じ異世界から来た人がいたんだ!
いや待って、数千年前……だって?
「そのお方が何故英雄と呼ばれたのか――。」
「数千年程前、我々が今いるこの大陸、ミルドガレア大陸は種族の違いによる衝突と戦争が絶えなかったそうです。」
「しかしある時、別種族同士の戦争は突然の終わりを迎えました。」
「我々の知らない未知の世界より、魔族と呼ばれる者達が現れたためです。」
魔族……やっぱり魔王とかいたりするのかな。
それで、定番の異世界から来た人が魔王を倒す勇者として英雄になった……とか?
にしても、数千年前だなんて……一体いつの時代の人が現れたんだろう。
「突如として現れた魔族達はミルドガレア大陸だけでなく、西のリーヴェル大陸、引いてはこの世界全てを襲い始めました。」
「多様な種族同士の軋轢が酷かったこの世界の者達は、魔族との戦いで大きく劣勢を強いられる事となりました。」
「もはや魔族に対抗する事は出来ないのでは、と多くの者達が絶望を抱き始めた時――一人の少女が現れました。」
「そのお方は見た事もない装束をまとい、我々の知らない知識を持ち、不思議な力を持っていたそうです。」
「まさに、その少女こそ――異世界からの漂流者だったのです。」
異世界から現れ、隠された力に目覚めた少女、目指すは打倒魔王!
……今の所、私は何か力に目覚めるような気配はないんだけど。
「少女は自ら魔族との戦いへ赴き、その不思議な力を持って、幾万もの魔族を退けました。」
「その上、種族間の軋轢を解消し、いがみ合っていた者達を纏め上げ、全ての種族を導いたのです。」
「ですがそれでも、魔族との戦いは苦しいものでした。」
何を思って戦いに挑んだんだろう、その子は。
というか、少女もだけど、魔族っていうのはそんなに強かったんだ。
「そんな苦境の中、更にまた未知の世界より別の勢力が現れました。」
「彼らは天族と呼ばれていて、その目的は他の世界を奪おうとする魔族と戦う事だったのです。」
「少女とミルドガレアの者達は天族と協力し、ついに魔族を彼らの世界に追い返す事に成功しました。」
天族って、十二新の呼び方になったっていう、あの天族?
十二新のあの呼び方はこの天族達の名前から来たのかな。
……にしても、魔族と戦う事が目的だったって事は、天族はその戦争以前から魔族と関わりが?
「戦いが終わった後、天族は元の世界へ帰っていったのですが……気付けば、魔族とも天族とも違う異世界の少女は何処にも居なくなってしまっていたそうです。」
「ただ、少女は彼らを導き、希望と未来を与えたという事だけは事実。」
「突然消えてしまった少女の事を、語り継がねばならないとして、彼らはこの伝説を残したのです。」
「――異世界からの英雄として。」
突然消えた、か。
天族、あるいは魔族のどっちかの世界にいったわけではないのかな。
そのどちらでもない、その子の元の世界に帰った可能性もありそう。
もしそうなら、私も元の世界に帰る方法があるかもしれない……!
「以上の話が、ミルドガレアに伝わる伝説、異世界漂流者の英雄譚です。」
「わたくしは幼い頃よりこの英雄譚を聞いて育ちました。」
「そして、憧れていたのですっ!異世界からの漂流者様に!」
「憧れかぁ……。」
「けど……私は異世界漂流者だけど、英雄でもなんでもないよ?」
「異世界からの漂流者である事が大切なのですっ!人族に伝わる英雄譚だけでも多くの伝承があります!中には、少女の元いた異世界の事が記されている事があって、その異世界にわたくしは凄く興味があるのですっ!もちろん英雄の少女様も憧れですし!英雄譚も大好きなお話ですけどっ!」
「う、うん、そうなんだ……?」
「セシリアさんはそのお話が本当に大好きなんだね。」
「はいっ!」
お、おおぅ、熱く語るセシリアさんについ気圧されてしまった。
けど、どうしてセシリアさんが異世界の事を知っていて、知りたかったのかがよくわかった。
「じゃぁ、その伝説のお陰で、この世界の人達は異世界から現れる漂流者がいるって知ってるんだ?」
「そう、なのですが……。」
ここでどうしてかセシリアさんが言い淀んだ。
まだ何かあるのだろうか?
「実はその伝説がある為に、自分は異世界から来たという自称異世界者が稀にいてな。」
「じ、自称……?それって、嘘つきって事?」
「は、はい……不敬な事にも彼の言う通りなのです。」
言いにくそうなセシリアさんの代わりに、おじさまが説明してくれた。
いるんだなぁ、自称異世界者。
元いた世界でも自称転生者とか、自称未来人とかいたっけ。
まぁ、未来人達がこぞって日本の新元号の予告して、見事に全員大ハズレだったけど。
――ちなみに、未来人とか全く関係ない一般人の何気なく言った一言が新元号を言い当ててた、なんてオチまでついてた。
「大抵の自称異世界者達は、辻褄が合っていなかったり、必ず何処かでボロが出るものでな。」
「お陰で自分は異世界人なんだと自称する者は、みな白い目で見られやすい。」
うっ……私もセシリアさんが来なかったらヤバかったかも。
証拠になりそうな物なら色々あるんだけど……。
「じゃぁ、今まで本当に異世界から来たっていう人は……?」
伝説の英雄を調べても元の世界に帰る方法はわかるかもしれないけど、数千年も前に起きた事じゃ調べるのは大変だろうし。
もし、今までに他に異世界から来たっていう人がいれば……!
「それが……伝説の英雄である少女様以外には、アトリ様だけなのです。」
「そ、そっかー。」
そう上手くはいかない、か。
うーん、今は伝説を調べてみるしかないかな。
……だけど、その前にまずこの牢屋から出なきゃだよね。
この国の戦争に関しては私じゃどうにも出来るわけがないし、今は考えない。
それで、ここから出るには、私が無実で害がない事を理解してもらう必要がある。
理解してもらうには自分が異世界漂流者だというのが、今は一番よさそう。
セシリアさんは私が異世界漂流者だって思ってくれてはいるけど。
お姫様とはいえ、セシリアさんだけじゃダメだ。
兵士さん達やあの女騎士さんにも信じてもらわないと。
場合によっては、もっと沢山の……他の人にも話さないといけないかもしれない。
うん、なんとかして私が異世界漂流者だって信じてもらわないと。
「セシリアさんが異世界の事を聞きたい理由はよーくわかったよ。」
「お分かりいただけましたか!良かったっ……。」
「でしたらアトリ様っ!どうか異世界のお話を――!!」
セシリアさんが少し興奮気味に格子で遮られたこちらへ詰め寄ってきた。
「申し訳ありません、姫様。そろそろお戻りいただいたほうがよろしいかと思います。」
けど、そんなセシリアさんをお付きらしきメイドさんがやんわりとたしなめる。
うわぁ、異世界の話をして信頼を深める予定が……!
「そ、そんな!これからという時ですのに……。」
「ですが、お戻りいただかないと、ルキア様に見つかってしまったら、叱られてしまいますよ。」
「うー、わかりました……でしたらアトリ様、日が落ちた頃にまた来ますね。」
「その時にはきっと、お話を聞かせてください!」
そう言いながらセシリアさんが椅子から立ち上がって、名残惜しそうに階段へ歩き出す。
ああ良かった、また来てくれるみたいだ。
「うん!その時には絶対に!」
何度か振り返りながらも、セシリアさんは階段を上がっていった。
「……驚いたなぁ、セシリア様ってあんなに異世界英雄の話が好きだったのか。」
「オレは一応知っていたぞ、時々書庫に籠られているのを見た事がある。」
「へぇ~、全然知らなかったっすよ。」
「ところでフリッド?」
「うおお!アイナ!?お前まだいたのか!」
おじさまと話していた兵士さんの後ろに、ゆらぁっと先ほどのメイドさんが現れる。
セシリアさんと一緒に行ったんじゃなかったんだ。
全然気付かなかった。
「囚人の方の食事、取りに来るのを忘れていたでしょう?」
「あっ!そうだった!わりぃ!」
「わりぃ、じゃない!アナタはそうやってすぐ忘れるんだから!」
「わ、悪かったって、そう怒るなよ……。」
「大体ねぇ――!!」
また始まったか、とおじさまが呆れたように呟いた。
兵士さん、怒られてはいるけど、何だか仲が良さそうな雰囲気。
ちょっと気になるのでおじさまに質問してみよう。
「ねぇおじさま、あの二人って?」
「おじさま……?いやいいか……。」
「あいつらは元々同郷でな、小さい頃から知り合いだったらしい。」
「で、二人仲良く城の兵士とメイドとして働く事になってな。」
「「仲良くないっ!」」
「……仲良いじゃないか」
ホント、二人同時に否定するくらいには仲がいいみたい。
「アイナ、そろそろ姫様の所に行かなくていいのか?」
「姫様のお付きなのだからあまり離れているのはまずいだろう?」
「そ、そうでした!早く追い掛けなきゃ!」
「じゃぁ、フリッド!食事、忘れずに取りにいってよ!」
「それからアトリ様、どうか姫様の事をよろしくお願いいたします。」
「へぁ、う、うん、よろしくされるね。」
「それでは失礼いたします。」
兵士さんへのお小言も忘れずに、囚人の私にも礼儀正しく礼をしてメイドさんは去っていった。
急に声をかけられて、ついびっくりしてしまった。
「はぁ……あいつは毎度口うるさいんだよなぁ……。」
「オマエが心配なんだろう、もう少ししっかりすれば小言も減るさ。」
「これでも頑張ってるつもりなんすけどねぇー。」
あいつは昔っから変わらないな、と兵士さんが苦笑気味に呟く。
この反応からして、やっぱり嫌ってたりするわけじゃないんだね。
「っと、アトリっていったっけか?」
「え?うん、そうだよ。」
「まぁ……囚人にっつーのも変なんだが、自己紹介がまだだったな。」
「オレはフリッドっつーんだ、呼び捨てでも構わないぞ。」
「それと、ウメオニギリ美味かったぜ、ありがとな。」
ニッと笑う兵士さん……フリッド。
もしや、梅おにぎりでちょっとは信頼を得られた?
やった!ありがとうウメオニギリ、凄いぞウメオニギリ!
元の世界に帰ったらまた食べてあげるからね……!
「うん、よろしくね!フリッド!」
「おうよ!」
そうだ、フリッドに頼みたい事があったんだった。
名前呼び始めてすぐなんて、ちょっと図々しいかもしれないけど。
「フリッド、おにぎりの代わりってわけじゃないんだけど、ちょっと頼みたい事があるの。」
「ん?なんだ?」
「本って、貸してもらえないかな……?」
そう、本だ。
英雄の話も読みたいけど、今はとにかくこの世界に関する情報が欲しい。
牢の中にいる状態じゃ、出来る事は限られてるから。
「本?何か読みたいのか?」
「んと、何でもいいんだけど、さっきの伝説の英雄の事が書かれた本とか。」
「英雄の本かぁー。グリルさん、オレの私物の本を貸してやってもいいっすか?」
「ふむ、そうだな……私物なら、まぁ構わないだろう。」
「何かあればオレが責任を持ってやる。」
「お、ありがとうございまっす!」
「英雄のってなると、絵本しかないんだけどよ、それでいいなら持ってきてやるぜ。」
そっか、絵本!
この世界の文字が読めるかどうかわからないし、むしろ絵本のほうがいいかもしれない。
「全然大丈夫!お願いしてもいいかな?」
「あいよー。」
「そんじゃ、グリルさん、食事を取りに行くついでに、本も取ってきまっす。」
「ああ、分かった。」
よし、これで分かる事も増えそう!
後は夜になったら、セシリアさんと異世界談義か。
なんだか、段々と希望が見えてきた気がするー!
順調な兆しに、意気揚々とベッドに座る。
「……~~♪」
「……?オマエ、それは歌か?」
「ふぁ、ご、ごめんなさい!うるさかった?」
つい、気分がよくて元の世界で大好きだった歌を口ずさんじゃってた。
お陰で、見張り番のテーブルに戻っていたおじさまに突っ込まれてしまった。
「いや……構わん、むしろ続けてくれ。」
えっ?い、いいの?
というか、無意識だったから、続けてって言われるとちょっと恥ずかしい。
「見張り番というのは暇でな、その上ここは地下だ、寂しいにも程がある。」
「で、まぁ、なんだ……今の歌は耳に心地よかったんでな。」
おじさまが少し恥ずかしそうに頭を掻いていた。
意外な事に私がつい口ずさんだ歌で、微妙に信頼を得られたっぽい……?
な、なら仕方ない、僭越ながら歌わせていただこう!
って、凄く優しい曲調の歌だから、そんな気合い入れるようなモノじゃないけど。
「あーえっと、こほん。それでは――。」
「……~~♪」
薄暗くも、松明でぼんやりと照らされている地下牢に、私の声が小さく響く。
私の行く末に、希望を求めるように。
優しく静かに、元の世界への願いを込めて。
大好きな歌を口ずさむ――。
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能力詳細
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人格No.01
名前:< 神崎愛鳥 >
年齢:< 20 >
種族:< 人間 >
装備:< 大き目の布 英雄の絵本 >
能力:< 現能力無し >
魔力量:< 微量 >




