#-- 不思議の国へ行きたかった。
シロウサギにまつわる物語って何がある?と聞かれれば。
多くの人が真っ先に不思議の国のアリスが思い浮かぶと思う。
私、神崎愛鳥もその一人だ。
木の下でのんびりと読書をするアリス。
その目の前を唐突に横切る服を着た二足歩行のシロウサギ。
手にしている懐中時計をしきりに見てはあちらへこちらへ大慌て。
何だあの奇怪で愉快なウサギはと、気になって追い掛けてみれば
「急がなきゃ!急がなきゃ!遅刻しちゃうよ!」
そう言いながら穴の中へ飛び込むシロウサギ。
好奇心旺盛なアリスもついついその後を追って穴の中へ。
落ちた穴の先は奇怪で愉快な不思議の国。
人の話を聞いて聞かない喋る動物達。
何処かがオカシイ公爵夫人。
言葉を喋る不可思議な猫、物知りな芋虫。
お茶会に参加する狂った帽子屋とウサギにヤマネ。
二言目には「首を刎ねよ!」と叫ぶヒステリッククイーン。
誰も彼もが可笑しく奇天烈な者ばかりの世界。
そんなとてもふしぎなくにのおはなし。
でも、私が追い掛けたシロウサギは二足歩行だったけど、急いではいなかった。
何も喋ってはいなかったし、穴ではなく扉だった。
まぁ、落ちるところは同じ……いやあれは落ちるというか完全に落下だったけど。
とにかくアリスが行ったような、不思議の国へは行けなかった。
今、目の前にいるのは10メートル以上はあろうかという
全身岩で出来た人型の化け物。
まるで、大きくなるケーキを食べたアリスのような大きさ。
その姿はハートのクイーンには程遠い、トランプの兵士すら遥か彼方。
それでも、アレの役割はトランプ兵と同じだというのだから笑えない。
対するは高校二年生くらいの女の子。
彼女の容姿は、これまたアリスとは程遠い、快活そうな子。
私はその女の子の視点から、岩の化け物を見上げている。
まるで映画館のスクリーンを見ているかのよう。
FPSと言ってもいいかもしれない、自分では動かせないけど。
岩の化け物が腕を振り上げ、女の子(私)に向けて岩の腕を振り下ろす。
危ない!と思った時には女の子(私)が横へ飛び退いていた、八メートルくらい。
岩の腕が石畳の地面を抉る。
「とり姉ぇ!こいつ見た目よりはやいよぉ!」
「しかも動く岩とか!信じらんないんだけっどぉぉっー!!!」
女の子(私)がそう叫びながら、また振り下ろされてきた岩の腕を
今度は真正面から素手で殴った。
化け物の右手が砕け散る。
あの、私としては拳で岩を砕く貴女のほうが信じられんのですが。
アリスみたいに不思議の国へ行きたいと思っていた。
不思議の国ではないけれど
ここはハートのクイーンが住むみたいな立派なお城だった。
でも、目の前には岩の化け物。
聞こえてくるのは鉄と鉄がぶつかる音
誰かの怒号、叫び声、泣き声。
何かが崩れる音、得体のしれない何かの鳴き声。
何処かで誰かと誰かが、大勢の人達が、戦っている。
命のやり取りをしている。
今、私も、少女と一緒に
戦っている――。
――なんでこんな事になってるんだろ、私。




