魔王軍の人達2
吹雪がやんで束の間光が差し込む。
廊下の窓から空を眺める。
魔族の者なら誰でもこの晴れ間を喜ぶだろう。
自分も、今じゃなければ。
赤ん坊を胸に抱えて魔王からの呼び出しで謁見室へと向かっている途中。
自然と足取りが重くなる。
赤ん坊は胸の中で静かに眠っている。
ぐずる事も少なく良い子だ。
思わず笑みがこぼれる。
実験体として作ったとはいえ、ご飯を与えてオシメを交換して、寝かしつけて・・・。
それだけの事なのに既に思い入れてしまっている。
自分も甘いものだ。
培養液で早急に成長させて実験が成功しているか確認しなければならないのだが、もう少し待ってもいいかもしれない。
赤ん坊の寝顔をもう少し楽しみたい。
研究ばかりしていた自分にこんな感情があるのは驚きだ。
・・・いや、魔王が現れなければもっと早くこうなっていたかもしれないんだった。
魔族は長寿だが、それでも18年の年月は昔の心の傷を癒す。
恨みは忘れないが、穏やかに自分の感情に向き合えるようになった。
もう顔をハッキリ思い出せなくなった彼女の事を考える。
研究の原動力は復讐心だった。
再度赤ん坊を見る。
穏やかに眠っている。
本当にこの子を自分の復讐のために育てて良いものか。
戦わせたくは、無いな。
しかし、もしこの子が魔王を殺せるなら戦争を止める事にもつながる。
そのためにも、迷うのは駄目だ。
静かに赤ん坊の頭を撫でた。
「失礼します。」
ノックをして許可の返答を貰った後、謁見室の扉を開ける。
元々はこの国の王が書斎として使っていた場所だ。
謁見には謁見の間があったはずだが、魔王は公務としての謁見なんてやらないので、誰かを呼びつける時はいつものこ場所を選んでいた。
そしていつの間にかここが謁見室という事になっていた。
中には二人の見た事の無い男女が立っていた。
見たところ魔族だが、様々な魔族を見てきた自分にはわずかに違和感を感じさせた。
「やぁやぁ、重要な研究をしている途中で呼びつけて悪いね。」
「いえ、魔王様のご要望とのことで、私も研究以外でお役に立てるなら光栄の極みです。」
小さな魔王が手を振りながら笑う。
「お世辞上手いねぇ。・・・その赤ちゃんが”成果”?」
「ええ、ついでになりますが、早めにご報告しようかと思い連れてきました。」
「かわいいねぇ。」
本当にそう思っているのだろうか?
「言葉を覚えてスキルを使いこなして戦える、ようになるには何年も待たなければいけませんので、この赤ん坊は培養液で早急に生育させる予定です。」
嘘ではない。
その後魔王と戦うための戦闘訓練をする予定だが・・・。
「それでどういったご要望でしょう?」
「ああ、それなんだけど。」
魔王が目で男女が話す様に促す。
女が話し始める。
「ある人間の町を襲った時に、この男が冒険家に腕を切り落とされてね。魔王様に相談したところ、貴方なら無くなった腕を再生させることが出来るかもしれないと言われたので・・・。」
「・・・頼む。」
男が頭を下げてくる。
見ると確かに片腕が肘辺りから無くなっていた。
「魔王様、こちらのお二人は?」
「ん?ああ魔王軍幹部だよ。」
「え!?」
幹部ってあの12人だけだと思っていたのだが、増やしたのか。
「僕が作った魔族も大分減っちゃったから、新しく作ったんだけど、今まで見たいに誰かの部下ではなく、人間に悪事を働く面白い子に作ったんだ。だから、ついでに幹部ってことにしたの。」
「そうだったのですか・・・。」
こいつらが持っている違和感はその辺からか。
魔王が生命体をいとも簡単に創造するのは知っているが、目的を持たせて創ることも出来るのか。
うん?
生命体を造れるなら欠損した体を再生させるなんて簡単にやれそうだが・・・。
自分に頼む意図は何だ?
魔王が見つめてくる。
「頼めるかな?」
「分かりました。出来るだけのことはやってみます。」
「・・・ありがとう。」
男女二人とも頭を下げる。
意外に素直だ。
「じゃあ付いて来て下さい。貴方の細胞を調べて欠けた部位を新しく作り出すことが出来るか挑戦してみます。」
魔王ならともかく、自分では希望に添えるのはほぼ無理だろう。
それでも魔王の希望を叶えるために努力している姿は見せないといけない。
扉から出る時、魔王が思い出したように話した。
「欠損治療、ちゃんと確立しといてね。これから一杯依頼するかもしれないから。」
「確かに前線では引っ張りだこになりそうです。」
「いや、新しく創った幹部、確か200体くらいいたはずだから、殺されずに戻ってくる者の治療のためにね。」
「にひゃ!・・・分かりました。」
考えていてもしょうがないか。
自分に依頼した意図も推測しないといけない。
寄り道になるが、計画がばれないなら問題ない。
・・・・・・
「殺されたのは13人。戻ってきたのは11人。作戦成功者は0人かぁ。」
魔王が頷いている。
「一人も成功者がいないのは意外だけど、人間の強さを見誤っていたのかなぁ。」
背伸びをしている。
「まだまだ準備中の子も多いし、これからに期待だね。・・・ま、悪の栄えた試しなし、でもいいかなぁ。」
さっきから独り言をずっと言っている。
「ね、リンドラント君。」
!
離れた場所から監視が出来る魔具を謁見室の本棚に仕掛けておいたのに気づかれていたのか。
殺されるか?
「僕を監視してもあんまり意味ないよ。隠してる事は無いし、聞かれたら答えるから。ま、ここにいるより前線で勇者と戦ってくれた方が盛り上がるからいいんだけど。」
監視映像を見ている来賓用の客室から出る。
あの雰囲気だと粛清はないだろうが・・・探れなくなったな。
底なしの強さの秘密を解き明かせれば倒すための手がかりも見つかったかもしれないのに。
唇を噛みながら足早に自室に向かう。
見上げると空はもう曇り始めていた。




