外伝・魔王軍の人達
魔王軍の人達です。
数メートル先も見えない様な吹きすさぶ雪。
最北に近い場所にある元魔族が納めるジルウェント王国。
その首都周辺ではこのような吹雪は当たり前だった。
磨かれた大理石の床。
外を眺めながら足音を響かせて歩く。
リンドラントは無表情に会議室へ向かう。
人間との戦いが始まって今が一番劣勢と思われた。
足を止めて吹雪を眺める。
先が見えない。
終わりはあるんだろうか?
暗い気持ちを振り払うようにさっきより大きな音を鳴らして歩きだす。
弱く火属性の魔力を全身に纏わせているのでこの厳しい気候も気にならない。
魔力の高い一部の魔族は無意識レベルで出来るようになっている。
無意識に右手で左手を摩った。
会議室には13人の魔族が机を囲んで座っている。
上座に座る小さな少年はニコニコしながら誰が喋り始めるのかを待っている。
「それでは私から報告致します。」
魔導知将と魔王から名付けられたグリートヴェントが立ち上がる。
眼鏡をかけて神経質そうにフレームを触っている。
角が1本生えており、腕や足に少しだけ鱗が生えている。
表情から成果が出ていて順調なのが一目で分かる。
「世界のルールであるスキルの解析は順調に進んでおります。
目下の目的である"スキルの先祖返り"は受精した卵子から培養した赤子の成長情報を魔法で解析して、一部書き換える事で達成出来そうです。元々マウスから始まって魔物と・・・。」
浪々と発表した後静かに座る。
少年が嬉しそうに頷く。
「うむ、引き続き研究を完成させてくれ。」
そう言った後他の者を見回す。
「次の者、誰か。」
「では、わたくしが。」
立ち上がったのは魔王から天空魔将と名付けられたリンデルだった。
背中には綺麗な羽が生えており、羽ばたいて飛ぶことが出来る。
最も、リンドラントでも魔力で飛ぶことは出来るので、アドバンテージかといわれるとそうでもない。
今は亡き旧ジルウェント王国の騎士団長で非常に古株だった。
いつもニコニコしていてつかみどころが無い。
魔王が表れた時真っ先に裏切ったと言われている。
戦闘能力は非常に高く、負けた事がない。
が、反面目立った成果も上げていない。
仲間の被害を最小限に食い止め、人間も殺さない戦い方をしている。
同じ旧ジルウェント王国出身のリンドラントでも全く理解が出来ない存在だった。
「東の海上は依然拮抗状態で打開の目途が立たず。大変申し訳ございません。」
「いいよいいよ、引き続き頑張って。」
魔王である少年は笑って答える。
それを聞いて笑い返しながらリンデルが座る。
魔王は報告会で成果が上がらなくてもいつも上機嫌だ。
元々魔族は数が少ないので、世界中に豆粒の様に小さな魔族の国が点在している。
世界の北方には依然3つの魔族の国があったが生まれて1週間もしない赤子の(それでも既に見た目は少年になった)”魔王”と名乗る魔族に一夜にして壊滅させられた。
子供が生まれる事は非常にめでたい事で
太古の昔に失伝したと言われる瞬間移動の魔法でも使ったかのようにほぼ同時に首都が一人の少年に落とされた。
その後、抵抗する者を瞬殺、ばらばらに暮らしていた魔族をほぼ全てこの旧ジルウェント王国首都に搔き集め、戦える者は人間の国への侵略戦争に駆り出された。
最初こそ、殆ど人間と関わる事の無かった魔族の圧倒的魔力に版図を広げたが、異世界からの転生者、転移者、他にも経験をつんだ実力者を戦線に集める事で魔王軍と人間の連合軍は拮抗し、既に10年以上各戦線がミミズの様に動きながら膠着している。
リンドラントが以前、魔族の数の少なさから以前もう戦える人員はいない、と魔王に抗議したところ、
「あ、じゃあ僕が兵士を”作る”からそれ使って。」
と事もなげに掌から種のようなものを地面に落とす。
見る間に成長してそれが魔族のような姿を取る。
「すぐに200体くらい作るからそれ使って。減ったら補充してあげるから。」
試しに戦線で人間の勇者と呼ばれる存在と戦わせてみたが、1体でもリンドラントと同等かそれ以上の戦闘能力があった。
また、ゴーレムの様な存在ではなく一人一人意思疎通が出来た。
少なくとも魔族と見分けの付けられない生きた兵士を量産しているのだ。
そんな存在をこともなげに何百体と作り出せる者。
まさに誰も逆らう事が出来ない”魔王”だった。
しかし、とリンドラントは考える。
魔王ほどの存在ならその気になれば一人で一日で世界征服なんて出来るだろう。
それでも20年近く戦争を続けている。
であれば戦争をする事自体が目的なのだろうか?
12人の魔王ご指名の将達も全く忠誠心なんてない。
むしろ国を滅ぼされて恨みを持っているものが大半だろう。
それでもどうしようもないほどの強さが魔王にはある。
従うしかないのだ。
グリートヴェントは自室兼研究室で液体の詰まったカプセルに浮かぶ小さな子供を嬉しそうに眺める。
薄暗く、様々な書籍や機材が散乱する部屋は正しく研究者の部屋だった。
スキルの成長制限が解除された新世代の子供。
伝承によればかつてスキルは使えば使うほど成長していたらしい。
何時の頃からかレベルアップ時のボーナスポイントを自分で振り分ける、という強化方法に変わってしまった。
この子はいわば先祖返りだ。
この子を成長させればいつかきっと魔王を超える存在となれるはず。
国を滅ぼし敬愛していた女王を殺した魔王をこの子を使って殺す。
その最初の足掛かりが出来た事にひとまずの満足をしていた。
「順調ですか?」
何時の間にか扉の開かれた入口にリンデルが立っていた。
「やぁ、どうしました?」
一瞬ドキリとするが、すぐに持ち直す。
特にやましい事はしていない。
魔王のために研究し、この子を作ったという建前から一ミリもずれてないのだ。
「研究成果を拝見したくて。」
そう言いながらリンデルが部屋に入りカプセルに近付く。
「女の子ですか。かわいい子になるといいですねぇ。」
呑気そうに話すリンデルを訝しむ。
魔王に言われてグリートヴェントを探りに来たのか。
「成長が楽しみです。」
そういってもう部屋から出て行く。
探りを入れられると構えていたグリートヴェントは拍子抜けしてしまった。
それでも要注意人物だと考える。
多くの者が魔王に敵対意識を持っている。
だた、魔王に中世を誓っている者もいないとは限らないのだ。
グリートヴェントが厳しい表情をする。
研究資料やこの研究のために作った機材がリンデルによって一瞬で消滅させられたことにはまだ気付いてない。
「とりあえず問題を起こしそうな研究の資料は消去しておきましたので、こっちはまだしばらくは問題なしですよ。」
水晶を取り出し上機嫌で誰かと通信する。
相手もお疲れさまでした、と労ってくれる。
こういう気遣いはこいつ特有だな、ちょっと嬉しい、と感じる。
いつまでこの生活が続くのか。
出来れば静かな生活に戻りたい。
水晶を机に置くと窓から吹雪の外へと飛び出す。
前線を任せている部下達を早く助けなければ。
自分の実力であれば遠く離れた東の海攻略での拠点にしている小島まで数分で着く。
空間把握のスキルを使って周囲に人がいないか調べる。
見られる可能性が無いと判断して一瞬で加速して飛んでいく。
後には吹雪の侵入する静かな部屋だけが残された。




