表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/40

#6 Heat


 梨紗は夏休みの間彼と頻繁にデートをしていたようでした。


「男って単純なのよ」と彼女は言いました。

「近くに居れば、勝手に好きになってくれるわ」


 そう、と私は言いました。


 それから梨紗は彼の話を続けていました。でもそれは私に対しての会話というよりは、私の先にある何かへの対話のように、私には思えました。

 私を何かの象徴として、彼女は行き場のない気持ちを昇華しようとしていたのでしょう。友達的な何かの象徴。高校の同級生としての象徴。


 梨紗は高校の時とは随分変わっていました。


 彼女は際立って特徴のある生徒ではありませんでした。高校の時は、強いて言えばそれなりに頭がいいくらいの、本当に普通の生徒でしたから。もちろん、私にそんなことを言う権利などないのかもしれませんが。


 でも何となく今の彼女は何となく垢抜け、軽くなっていました。決して悪くない変化、と私は思います。でも、確かに何かが変わったことは事実なのです。




 そして、夏休みが終わると、アカネは私に自分の居場所を教えてくれなくなりました。水曜日の昼の連絡がなくなってしまったのです。


 私は彼女にメールをして、でも彼女からの返信は永遠に来ませんでした。




 十月になっても、季節はまだ夏のままでした。秋は肩身の狭い思いをしていたのです。


 私はそれから、二回目に椎名と二人きりになりました。


 今回は彼の誘いがきっかけでした。彼は、私が少し高いパンケーキのお店に行きたいと言っていたのを覚えていたみたいで。行かないかと誘ってくれたのです。私たちは渋谷を二人で巡り、目的のパンケーキを食べて、時間を過ごしました。


 彼は私を完璧にリードしてくれました。私たちはツタヤで音楽を聴き、ロフトで綺麗な文房具を見て、私の趣味でパンケーキを食べ、それから彼の奢りでコーヒーを飲んだのです。それはまるでデートみたいな時間でした。


 それから、私たちは随分と暗く、涼しくなった渋谷で手を繋ぎました。


 彼がふっと私の右手を取ったのです。それは、指の絡んでいない、普通で、そして温かい繋ぎ方でした。私はその一挙一動に、ああ、と思いました。彼は私のことが好きなのだ、と。それは私にそう確信させるのに十分すぎる所作でした。


 私は彼にちょっとした微笑みを浮かべて、それから繋ぐ手に力を入れました。


 渋谷駅に着くと、彼は井の頭線の駅まで送るよ、と言ってくれました。


 改札口で、私は彼に、「ありがとう」と言いました。「パンケーキが食べたいって言ったの、覚えてくれていて。嬉しかったよ」と。


 彼はそれから私に微笑んで、手を振ってくれました。




「どうしたの?、自分の手なんて見つめてさ」


 隣の椅子に腰かけるなり、梨紗はそう言いました。


「いや、すごいなと思ってさ」と私は返しました。「こんなもので私たちは何でも作ってきたのね、と思って」


 梨紗はそれからため息をついて、「藍って時々変なこと言うよね」と言い放ちました。


「ひどい」


「いや、客観的に見て変よ、絶対」


 そうかもしれない、と私は思いました。


 それに実際には私はそんなこと考えていませんでした。思い出していたのです。熱を。手を繋いだ時に感じる熱を。人と触れ合った時に感じる熱を。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ