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溶け切らぬ粒子たち  作者: 鈍川つみれ
Spring (again)
35/40

#33 End (of a love)

 椎名に会ったのは、三月の本当に後半の頃でした。


 付き合っているにしては、ひどく間の空いたデートでした。遠距離でもないのに、私は前に彼とデートした時の記憶を、読みだすのも遅くなるほど奥に、しまっていたぐらいで。


 梨紗と会った日から暫く後に、彼から会わないかと連絡が来て、私はそれを受けることに決めたのです。それまで、いくつかの誘いを、どちらかと言えば無下に、断っていましたから、それはあるいは彼からしたら意味の判らない行動だったかもしれませんが。


 新宿で会った彼は、何というか私との距離を掴みかねていました。それは、私も同じことでしたけれど。二人は、何とかカップルを演じる、ひどく大根な役者のようでした。


 私たちはデートを会釈から始めたのです。




 新宿御苑のベンチに、私たちは座っていました。


「ねえ、私のこと、好き?」


 私は、そう聞きました。目の前の、木々の根を見ながら。


「好きだよ」と、彼はそう言いました。「好きだ」


 彼の声は、本心からのように、私は思いました。私は、息を吐きました。私の中で、梨紗の言葉が反復されました。私、彼を利用していた気がするの。私はもう一度息を吐きました。正直に言って、私はもう彼と付き合える自信は、ありませんでした。恋心など、彼との間には芽生えていないのだと、完全にそう思っていましたから。


 けれど、今まで彼を縛っていた罪悪感のようなものも、私は同時に抱えていました。それに、アカネとの間には性的関係が要らないと思った心も、私の中にありました。


 この二つのファクターは、私にその決断をさせました。


「ねえ、あの時、あなた、したかったんでしょう? ねえ、してもいいよ。私、あの時、断ったけど。今なら、してもいい」


「なぁ、突然、どうしたんだ? 冗談は止めてくれ。本当に」


「私、本気だよ。してもいいの。なんて言えばいいんだろう。もう、そういうのどうでもいいんだってわかったの。ねえ、私、たぶんしたら気持ちよくなれると思う」


「止めてくれ」


 彼は私の言葉を遮るように、声を大きく張り上げました。「頼むから、止めてくれ」


「気にしなくていいの。私ね、たぶん何となくだけど、あなたとすればずっとよくなれる気がするし、する対価なんて、それだけでいい。あなたは、気にしなくていいの」


 それから、彼は両手を結んで、空を見上げていました。


 私たちの間には沈黙が流れ、冷たい風が通っていきました。


「誰か、好きな人が出来たんだな」、と彼は言いました。


 私は、何も言いませんでした。時に、沈黙の方が物事を雄弁に語ることがあるというのは、私にも分かっていましたし、それに言葉で肯定するより、何もしない方がいいことも多くあるのだということも、私には分かっていました。


「上手く、いかないものだね、人生って」


「ごめんなさい」


「謝らなくていい。恋なんて、きっと最初から間違ったものなんだ、全部」


「そうかも、しれない」


「楽しかった、本当に、ありがとう」


「私も、楽しかった」


 私たちはそこで御苑から離れて、新宿駅まで並んで歩きました。東口の前で別れて、私たちは最後に、少しだけ抱き合いました。何となく、でも強い意志を持って。




 彼に抱きしめられると、包まれていることに関する気持ちは、まだ存在していて。でも彼女に対して抱いたような気持ちは、全く感じることが出来ませんでした。

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