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#27 Revetment

 三時か四時になった頃でした。私はふと外に出たくなって、アカネに言って連れ出してもらいました。私は来た道を駅の方に行って、それからもずっとそのまま先へ向かいました。アカネは私の少し後を、じっと付いてきてくれました。どこへ向かうのか、どこに行きたいのか、そんなことは聞かずに。




 先には少し黒くなった護岸があって、海の香りがそこを包んでいました。


 私はそこに手をついて、そして飛び乗りました。護岸の上からは、海が本当によく見えました。左手には広島の市街地があり、正面には沢山の船が浮いていて、全体に島々の影が見えるのです。


 彼女も私の隣にすっと立ちました。


 それから彼女は右手を伸ばして、あれが宮島だと私に伝えました。


 すぐ近くでした。林立する峰たちの形作る、しかも後で知ったところによればお釈迦様にも見えると言われるらしいその島は、でもその時の私には普通の、強いて言えば少し大きいくらいのものにしか見えませんでした。私たちは、あるいは現代建築のような奇抜ですぐ形の分かる鋭角なオブジェクトに慣れ過ぎていて、そして自然物に比肩出来るような大きさの人工物にも触れ過ぎていて、想像力というものが失われているのかもしれません。


 不完全なものに、想像力を働かせて、脳内で意味のあるオブジェクトに結び付けること。


 私たちはきっとそういう能力を失いつつあるのです。




 それから私たちは何となくその護岸の上をじっと歩いて行きました。彼女は途中で下の歩道に飛び降りて、先行する私と、付いてくる彼女の絵には、立体感も加わることになりました。私は細いコンクリートの上を、時々手を広げながら、下を見ながら、気持ちゆっくりと進んでいきました。目のもう随分と粗くなった表面でした。時々、外側の残酷に赤くなった鉄の板が代わりにそこにはあって、私はそういう時には次の足場まで跳んで行きました。アカネの歩く道も、随分と細い道でした。歩道など猫の額で、車道も一車線の道。


「綺麗じゃないでしょ」と、アカネはそしてそう言いました。


「錆びついた鋼板に、風化したコンクリート。意味もなく空き地をも浸食するアスファルト。ここで私は生まれて、そして育ったの」


 振り返ると、彼女は何か寂しそうな微笑みを浮かべていました。


「そんなこと、ない」


 私はそう言いました。「十分、綺麗。人が、ちゃんと存在を主張してる景色よ」


 アカネはそれを聞いて、でも全く表情も変えず、私に言いました。


「ねえ、この国はね、平地の殆どを舗装して、全土に電波を流して。そういう国なのよ。日本って、ずっと大きな国なのよ。そして、殆どの場所は文明化されているの。だから、もう、余裕がないのよ。これ以上文明化するには、新しい機構を打ち立てる必要がある。そして、それ以外の場所は本質的に見捨てられる運命なの」


「そこが、ここだと?」


「いずれは、この国の殆どが、そうなるわ」


 彼女は護岸の左にいて、そこには街があって。右側には、ただ海がありました。


 私たちはそれから暫くの間ただ沈黙を保ちながら、歩いていました。西日の赤く染める景色の中を歩いていたのです。不思議と、そこには安心感がありました。まるで長くその場所にいたことのあるような気がしたのです。

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