廊下
彼は殺人鬼だ。
私の同級生の符鹿くんは殺人鬼だ。
彼は静かに自然と人といて、気付かぬうちに側にいるような、そんな符鹿くんは殺人鬼だ。
彼が殺人鬼なのを私だけが知っている。
私だけが、彼の欠陥に気が付いている。
それはとても不幸な事だと思う。
彼にとっても私にとっても。
「符鹿くん」
オレンジに染まる廊下で、符鹿くんを見つけた。とても偶然的に。
教室二つ分くらい離れた場所に符鹿くんが居る。振り向く符鹿くんに、整わない息をそのままに早足に近づく。
彼は警戒している。私をおもむろに警戒している。ぴたりと合わせたままの私の視線を彼は警戒したままどう思って見返しているのか。
近くに。手を伸ばせば簡単に人を殺せるくらい近くに、符鹿くんと距離を詰める。
「符鹿くん」
「え?なん、…、なんでしょうか」
とても戸惑う符鹿くんの瞳は逸れない。それはとても変な事だと思う。いや、こんな人も居るんだろうか。探せばいるのか。まぁそれもそうかもしれない。
「私の事を知っていますか」
一歩も動かない符鹿くん。
何故貴方はいつも左目を隠しているのですか。何故何時も長袖を着ているのですか。何故苗字でしか人を呼ばないのですか。何故壁を作っているのですか。何故、って何。答えは知っているけれど。
「……えっと、あれだ。他のクラスの、写真部の子、です、よね」
一つ頷いて肯定しつつ、否定の言葉を返す。
「そう思うかもしれないけれど、実の所は新聞部が正しいです」
彼の視線が逸れ、私の手元のカメラを見ていた。
「でもまぁ写真部と今やっていることは似ているので正解といえば正解かもしれない」
「いや、それは不正解なのでは…」
と、彼が言い終わるか終わらないかで悠然とカメラを目の前に構え、オレンジに染まった陰影の強い彼を真正面からパシャリと撮った。カメラ越しに目線が合ったまま、驚いた顔の符鹿くんが、少し小首を傾げた。
「あの」
「はい」
「……後で写真は消してもらえますか」
「あ、まずそこですか」
「え?そう、ですね」
「ところで私は符鹿くんと同じ三年生ですよ。なんで敬語なんですか」
「えぇ?いや、ノリかな。普通に話せるけど、というか君も敬語だよね」
「私のも気分です」
「そ、そうですか。というかカメラ、外さないの?」
「ええ外したいのは山々なんだけれど、ちょっと問題があってというか」
「はあ?」
彼の私の第一印象は。
変な奴。多分。
「ところで」
「あ、はい」
「貴方殺人鬼だったりしますか」
あ、変な顔。
パシャリと一枚撮ったら視界が黒くなった。
「……ちょっと、あの、手をどけてください」
「突然声かけて人を殺人鬼呼ばわりとは、君、なかなか失礼な人だね」
「ちょっと、カメラ、」
構えたカメラがビクともしない。
これが男の子の力かと思うと同時に、カメラから顔を一つも離すことなく私は足を振り上げ、力強く踏み下ろした。
「…………」
符鹿くんの足の甲を踏んだのだが、折れては無いはず。多分。そんな事より。
「あの、痛くないんですか」
「いや、すごく痛くてびっくりしてる」
と、符鹿くんの手が離れる。
「すいません、つい」
「……すごいな、そんな無心に人の足を踏むんだね……」
明るくなった四角い視界には、右足を庇いつつ少しよろけて後退する符鹿くん。
カメラを構えたまま、私もまた数歩後退。
離れた距離。私達にとって適度な距離のように思う。
符鹿くんは壁に手をついて腫れそうと呟く。
困惑する符鹿くんが私を見る。カメラ越しに見る感じ、苦しげな符鹿くんの感じとか、オレンジの夕日と影のコントラストが中々良い。
「一枚いいですか」
「やめてください……」
苦しげな符鹿くんが可愛そうに思えた。
「……ところで」
「はい」
「カレハカスミさんって言うんだね」
少し驚いて、黙る。
「カメラに、名前あるけど」
「……、あ」
「カレハさん、僕まだ用事とか色々あるんで、何も用がないなら行っていいですか」
ハァと一息ついて真っ直ぐ立つ符鹿くん。少し脂汗が見える気もするが、湛えている笑みは何時も見る有り触れたものだった。明日から彼が足にギプスをはめてたらちょっと笑ってしまうかもしれない。失礼だが。
彼は一度こちらを見て、そのまま先の廊下へ足を運ぶ。足取りはしっかりして居る。折れてはないようで一安心だ。
「あの」
声を掛けても振り向いてくれないあたり、根に持たれただろうか。それはそれで構わないけれど。
「符鹿くん、君は殺人鬼じゃないんですか」
と、最後に一つ。
彼が曲がる直前にこちらを向いて、一つ笑う。
「まさか」
彼の足音が小さくなり、次第に消えた。
「……それは、どっちの"まさか"?」




