scene4 ギルドホール
ギルドホールに入りました。腕が落ちていました。
………………うん、落ち着こう、ええと、とりあえず。
「討伐依頼の提出品、持って来ました」
僕は落ちている腕をヒョイと飛び越え窓口のお姉さんに風切り鳥の頭部を提出しました。……うん、まあ、一つの逃避です。
お姉さんも、
「はい、たしかに……六羽ですね……では一羽につき二十プロフになります……ギルドカードを提示してください……はい、たしかに、ではこれで三十日間有効期限が延長されました……期限内にこちらの出したノルマをクリアなさらなかった場合、直ちに失効になりますのでお気を付け下さい」
って、真っ青な顔をしながら処理してくれました。……うん、……うん、……よしっ、逃避終わり!
「……えーと、それでお兄さん、あー、強盗の件の証言は誰にすれば良いのかなぁ」
ギルドホールの中央付近で、抜き身のカタナを右手に、左手には両腕がブランブランしている戦士風の男性を、そして、折り重なって倒れている両手の指が無くなってる青の神官服の男性と、さっき僕が飛び越えた腕の持ち主であろう、剣士風の隻腕の男性を右足で踏み付けている黒いお兄さんに僕は尋ねる。
「………………」
答えは無い。お兄さんは僕をもう関わらせる気が無いようだ。
……えーと、どう見ても自警団の人達お兄さんを警戒しているよね。……うん、お兄さん加害者にしか見え無いしなー。……えーと、じゃあもう、お兄さんのご好意に甘えて……、
「……あー、うん、鳥の羽根毟らなきゃ、だから、僕帰るね?」
強盗犯達が今どうなってるかは知らないけど、別口で取り込み中みたいだし、帰っても良いよね。ていうか帰りたいよね! 多分うっかりギルドに居合わせた野次馬の方々や、運悪くシフトだった窓口のお姉さん達もそう思ってるだろうし、……うん、僕は開拓者になろう。みんな僕に付いて来て!
と、きびすを変えそうとした僕だったけど、
「……いや、待て! 待ってくれ! 頼むから、『黒竜』を止めてくれ、というか、何であの状態の『狂黒』に話しかけられる!? その上あっさりと帰ろうとする!? みんな遠巻きに見てるしか無いのに!? お願いだから止めてください!!」
と、必死な自警団員さんに引き止められた。と、言うより縋り付かれた。……うん、か弱い美少年の僕に何を期待しているのかな? とは言え、自警団の皆さんにはお世話になってるしなー。お兄さんとも助け合った仲だし、……えーと、まあ、仕方無いな。……じゃあ、とりあえず、
「……えーと、『狂黒』やら『黒竜』ってお兄さんの事で間違い無いかな?」
うん、まずはちゃんと確認しないと、……ていうか何なんだろうそのあだ名、たしかにお兄さんは色々と黒いけど……ん?
「あれ? その二つ何か聞き覚えが…………えーと、あれだ確か先輩の話になった時に誰かが……」
「……先輩?」
あっ、お兄さんがしゃべった。思わずって感じだ。
「はい、僕の職場のちょっと行方不明らしい先輩の話に出てた言葉です」
うん、うん、掃除、洗濯担当だと言う、僕が働き初めた当初には既に行方不明だった先輩について聞いた時に出た単語です。その時は謎の言葉だったけど、つまり……、
「あれ? お兄さんが先輩ですか?」
て、ことになるよね。
「……お前の職場が白雨亭ならば、たしかに俺が先輩と言うことになるだろうな」
先輩が興味深そうに僕を観察しながら頷く。
うわー、そうかー、じゃあ、
「わっ、それはその初めまして? ええと、僕はシャーロック=ロイカって言います。あの、白雨亭では厨房と会計を担当させていただいてます」
僕は簡潔に自己紹介をし、頭を下げる。なんとなく今まで名乗らず来てたけど、やっと名乗れたね。
「……ギュスノだ、掃除と洗濯をやっている」
おお、お兄さん──先輩の名前ゲット。ていうか腕を斬ったり、抜いたりしただろう人が掃除洗濯係って……うちの職場何か凄いね。
……って!? うわっ、周りの人達の視線が刺さる……ああ、うん、挨拶してる場合じゃ無いと、そう言いたいのね。……じゃあ、もう核心を、
「あー、それでですね先輩、うん、その、その左手と右足の下の人達……彼ら、先輩に何をしたんです?」
うん、本当何したんだろうね? 今日これまでほんとに短い間だけど先輩と過ごして来たし何と無くわかる。先輩は理由なく人を傷つけたりしない人だ。って、だから、
「先輩、その人達のせいで先輩が悪役になるのは、駄目だと思います」
故あってのことだと、ちゃんと説明してください。
僕は先輩を見つめる。先輩は深いため息を吐くと左手の男性を床に落とし、僕を手招きすると奥の待合テーブルに付く。僕もその向かいのベンチにちょこんと腰掛ける。さっきまで先輩が立っていた場所では、自警団の人達と呼ばれていたらしい神官のおじさんが三人の治療をしてる。……先輩に止める気配が無いって事は多分、ある程度溜飲が下がってたんだろう。
小さく音を立ててカタナを収めた先輩は、少し言葉を探すような感じで目を閉じる。そして、軽く頷き、語り出す。
「ざっくり言うと、一緒に潜った、レアモンスターを倒した、レアアイテム手に入れた、モンスターの群れの中に『放置』された、レアアイテムは持って行かれた」
そして七十五日間さ迷っていた。先輩が淡々と語った彼と彼らの事情は周囲の空気を一変させた。神官のおじさんは治癒の『祈り』を止め、自警団員は倒れている彼らを拘束、野次馬の皆さんは冷たい視線を三人に向ける。……まあ、そりゃそうだよね。ここにいる人達はほぼ全員が迷宮に入る冒険者で、その全員がもし同じ経験をした場合確実に死ぬ。むしろ、
「えーと、何で生きてるんですか?」
七十五日間さ迷っていて、何で七人を瞬殺(殺してはいない)三人を再起不能に出来るの!? 超元気だね!? いや、あー、でも、拾った時はそれなりに……ああ、いや、強制停止だけで済んでるのはおかしいよね……。
「? 水なら魔法で出せるし、結構食えるのがあるし、いるぞ?」
「え、ああ、まあたしかに、食料はある、か、水が確保できるなら……寝床も安全地帯にたどりつけば……」
……なんとかなる、のか? いや!!
「そもそも一般人は魔法で水出せませんし、浅いところ以外は食材系はモンスターに守られてるし……あといるって……確かスッゴく特殊なスキル持ちがほとんどって聞きますよ!?」
なんとかなるのは先輩ぐらいだと思います。というか、
「七十五日間さ迷った、って、……えーと、やっぱり迷ったんですよね。ちなみにどこまで登ってたんですか?」
僕が発見したのが上二だから、随分と上から下りて来たんだね。
「? いや? 潜ったと言っただろう? 確か下層の十四階層でレアを手に入れたんだったか」
えっ!? ………………ああ、うん、えーと、
「…………先輩……まず、下に行かなくて良かったですね……」
しみじみと言った僕の言葉を正しく理解した人はきっとここにはいないだろうね。
……先輩って本当にぶれない。
と、まあこれが僕が凄腕冒険者を拾った話って訳です。
えっ? その後の話? ええと……、
まず、先輩を裏切った三人と僕を狙った強盗七人の処遇を決めて──全員ギルドカード没収の上で市外退去処分になりました。
それから何故か皆さんに褒めたたえられたなぁ──あの状態の先輩に普通に話しかけたことが凄いとか。
そんなことをしていたら、心配したオーナーが迎えに来てくれて──オーナーはとっても優しい紳士です。
そしたらオーナーがいきなり再会した先輩に殴り掛かって──僕がイジメられてるように見えたらしいです。
すっかり遅くなった夕飯をみんなで一緒に食べて──先輩のお帰りなさいパーティーをしました。
あっ、それがきっかけで、先輩と僕でパーティーを組みました──需要と供給がピッタリ合ったって感じかな?
……まあ、そんなこんなで僕の日常は少し賑やかで、結構楽しく、かなり刺激的になった訳です。
……ん? ……ああ、もうこんな時間かー、じゃあ、僕は夕食の仕込みがあるんで、もう帰るね?
え? もっと詳しくって……だから夕食の仕込みが……ああもう仕方ないなぁ、また来るから!! その時!!
ふふ、じゃ、またね。
第一話 凄腕冒険者拾いました。終
『放置』
迷宮内に同行者を置いてきぼりにする行為
冒険者最大のタブー
大抵は普通に殺人
但し表面化することはほぼ無い
パーティー内で行方不明が相次げば調査される。