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『僕』と『先輩』の迷宮と日常  作者:
第一話 凄腕冒険者拾いました。
2/63

scene1 上層第二階層

 

 

 

 えっ? そういうのじゃない、冒険者の『大冒険』の話じゃなくて、冒険者の『日常』が知りたいと。


 ……んー? 別に面白おかしいこともロマンチックな恋も世界を脅かすほどの事件も無いよ?


 ……え? それでも良い?


 うーんそれなら……じゃあまずは、うん、この話から……、


 僕がこれから話すのは僕が十三迷宮市に移り住んで二ヶ月ほど過ぎた頃、とても強くて、とても変わった、凄腕冒険者のお兄さんを拾った時のお話。……ふふ、楽しんでくれたら良いけどね。











「えっ? ドッキリ?」


 僕こと、見習い冒険者シャーロックがギルドからの依頼を果たす為太陽がまだ低い内に入った迷宮で微かな異常を感じ、警戒しつつ行き止まりを覗いてその凄腕冒険者のお兄さんを見つけた瞬間、思わず口を出た言葉はそれだった。


 ……いや、だって、


上二うえにでこんなに年季が入ったボロっぷりって……」


 ここは十三迷宮上層第二階層、所謂初心者エリアだ。出て来るモンスターも仕掛けられた罠もしょぼい物、こんなボロボロヨレヨレグッタリ状態にはまずならない。つまり、


「……ずいぶん上から下りて来たのかな?」


 僕はそのボロボロヨレヨレグッタリ状態な黒髪で褐色の肌、その上黒ずくめの服装のとにかく黒い、多分人間の呼吸を確かめる、


「あっ、よかったー、まだ生きてる」


 死体なら迷宮から出て人を呼んで来ようと思ったけど生きてるなら……目覚めは良い方が良いよね……。


「ちょっとお兄さん? 起きて下さい」


 とりあえずまず声をかけてみる。……あー、うん、予想通り起きないな……こんなところで寝てるんだから当然だけど……仕方がないなー、


「うわー、重いっ、あと異臭がするっ」


 僕はそのとにかく黒い人の脇に手を入れズルズルと引っ張って行った。



   *   *   *



 僕は安全地帯セーフゾーンに黒い人を運び込み壁にもたれさせる。そして手持ちの薬などでの応急処置を試みることにした。


「あー、外傷は無い呼吸も安定……体温は少し低めかな? 毒とかの状態異常バッドステータスもなさそう」


 なのになんでこの人起きないんだ? 普通に寝てるようにしか見えないけど……あっ、


「……魔法書……あー魔力低下による強制停止シャットダウンかー」


 魔法師とはレアな人に出会った、左手に僕の背丈よりも長い武器……確かカタナだったっけ? を握り絞めているから気付くのが遅れた。だけど、それなら、


「魔力回復効果のあるグラスミントと体温を上げる黄金生姜の蜂蜜漬け、あと疲労回復にローズシードかな?」


 僕は背負っていたリュックからハーブと小鍋、水筒と簡易コンロを取り出しハーブティーを煮出し、そして火を止め蒸らす。その間に二つのカップとタオルも取り出し水でタオルを濡らし顔と首を拭ってあげる。


「あー、結構若いなー、二十ぐらい? うわっ、睫毛長っ、そんで、玄人のお姉さんにモテそうな顔ー」


 長い真っ直ぐな髪を後ろに流し汚れを軽く拭った顔はかなり精悍な男前。褐色の肌とあいまって酸いも甘いも噛み分けたお姉様方にはモテそう……つまり街のお嬢さん方には怖がられる顔だ。


「うーん、こんな魔法師のお兄さんがいるなんて、こっちに来て二ヶ月以上経つのに全然知らなかったなー」


 僕は蓋を使いハーブを漉しながらハーブティーをカップに注ぎ、もう一個のカップを使い泡を立てる感じで冷ましていく。人肌程度に冷めたのを軽く味見し確認。……うん、良い感じ。


「ほら、お兄さん、結構美味しく出来ましたよ? 起きなくてもいいんで口だけでも開けて下さい?」


 僕はお兄さんの頬に手を当てカップを口元に近づける。すると匂いで自分に益のある物だとわかったのかお兄さんは薄く口を開ける。


「あー、ちゃんと飲めてますね、とりあえずカップの中身を飲み切って下さい、目が覚めたら固形物もたべましょう?」


 カップを空にしたお兄さんはさっきより少し緩んだ表情になった気がする。



   *   *   *



 黒い人が起きるまでここに来た目的である風切り鳥の捕獲を済ませることにした。まぁ仕掛けといた罠を回収するだけなんだけどね。


「ひーふーみー……よしっ、六羽ゲット、これでノルマ完了、ついでに食材と素材も取得、その上一羽二十プロフの報酬、フフ、おいしすぎる」


 ギルドカード更新の為のノルマだけど、報酬も多いし提出するのは頭部とそこにある魔石だけで良くって、肉と羽根はこっちで使えるっていうすこぶるおいしい仕事なんだよね。


「できれば何時もこんな仕事ばかりだと良いんだけどなー」


 罠の中の風切り鳥を眠り薬を嗅がせて眠らせ、一羽一羽丁寧に足とクチバシを縄で縛り布袋に入れ全て回収する。それが終わったところで罠もたたみ回収。


「あっ、ついでにラプラの実ももいで行こう」


 林檎が『変化』した果物でそのままじゃ酸っぱ過ぎるけど加熱すれば爽やかな香りと甘みの絶品デザートになるんだよね。


 僕はテラスの様な土で覆われた屋外エリアへ出るとラプラの木に登る。うーむ、やっぱり風切り鳥に結構食べられてるなー、討伐依頼が出るほど大発生してるし奴らの好物だから当然なんだけどね。まっ、とりあえず無傷のを十個ほどもいどこう。


「よしっ、それじゃ 安全地帯に戻ろう」


 お兄さんは起きてるかな? もしまだ寝てるなら人を呼びに行かないと……うーん、面倒だなぁ。



   *   *   *



 安全地帯に戻った僕は身を切るような殺気を感じ腰に隠している短剣に手を伸ばしかける。が、殺気の主が助けた黒いお兄さんだとわかり側に寄る。


「目が覚めたんですね。どこか具合が悪いところありますか?」


 おお、瞳も黒い。……目付きは鋭過ぎるけど……。


「無いならなんか食べられそうですか? お昼にパンとソーセージを持って来ているんで軽く調理しようと思っているんですけど?」


 初対面の人間の手料理なんて食えるかっ! っていうならそれはそれで良いけど、もし食べられるのならできれば付き合ってほしいよね。一人で食べるのは気が引けるし。


 黒いお兄さんは目を細め更に眼光を鋭くして僕を数秒ほど観察すると、漸く殺気を消し、表情を落ち着かせ、頷いた。


「……いただく……よろしく頼む」


 と、……うわー、低くて良い声ー。こりゃ、ほんとにモテるなぁ……ふふ、よしっ、じゃあ宿屋の厨房を預かる僕の細腕を振るうか!


「頼まれました!」


 胸を拳で叩いて請け負った僕は安全地帯に置いておいた調理道具一式と持ち歩いていた食材、採ったばかりのラプラの実を取り出した、そこで、ん? と思い尋ねた。


「……ええと、お兄さん食べられ無いものは無いですか?」


 と、身体に合わないものや気分が悪くなるほど苦手な食材があったら困るもんね。


「……少なくとも今出されているものは大丈夫だ」


 ならよかった。安心した僕は調理を始める。


 まず簡易コンロに火を着けフライパンを熱し切れ込みを入れたパンを二つ温める。その間にラプラの実をさっと洗い六つ割にする。温まったパンを皿に取りだしバターを一欠入れ、溶けたところにラプラの実とソーセージを二つずつ投入。ラプラの実に塩とクミンを振り掛け両面がこんがり焼けたら取りだしといたパンにラプラの実とソーセージを挟んで出来上がりだ。


「どうぞお兄さん、冷めないうちに召し上がれ」


 出来上がった変わりホットドッグをお兄さんに手渡し僕は自分の分を仕上げる。


「よしっかんせーい、いっただっきまーす」


 うん! 自画自賛だけどなかなかに美味しい! やっぱりダンジョンで作って食べるご飯は格別だよねー。僕は変わりホットドッグをほお張りつつ手鍋に水と残ったラプラの実を入れコンロにかける。沸騰したら紅茶を入れて蒸らせば美味しいラプラティーの出来上がりだ。


「……美味い、な」


 お兄さんは変わりホットドッグをびっくりするほど優雅な所作で食べながら、どこか噛み締めるようにつぶやく。


「お口に合ってよかったです」


 僕はニッコリ笑って返事をする。この風変わりなお兄さんがこんなにボロボロなのはなかなかの事情があるみたいだ。



 和やかに食事を終え、しばらくゆっくりと食後のお茶まで楽しんだお兄さんと僕。んー、さて、と、


「そろそろ僕はダンジョンを出ようと思いますけど、お兄さんはどうします? よければ一緒に行きませんか?」


 僕は戦闘力に自信が無いから一緒に来てくれるとすんごく助かるんだよねー。しかも! この黒いお兄さん僕の慧眼に因れば()()()()()強いし。


「ああ、俺から頼もうと思っていたところだ」


 結構切実だったりする提案にお兄さんは快く応じてくれた。ふっふっふー……やったね!


 そして僕はいそいそと荷物を詰め直す。……あー、ラプラの実はリュックに入ったけどさすがに風切り鳥が入った袋は手で持たないとなー……僕のメイン武器は弓なんだけど、……ホントお兄さんが頷いてくれて助かったよ……。


「えへへ。じゃっ、行きましょうか!」


「……ああ、その前に」


 すちゃ、と、立ち上がった僕をお兄さんが止める。……なんだろう?


「お前が此処まで運んでくれたのだろう。……助かった、礼を言う。……ご馳走様」


 お、お兄さんが笑った!? うわー! 街のお嬢さん方も夢中になりそうなほどの破壊力だよ!!


「……え、えへへ、どういたしまして。ふふ、お粗末様でした」


 ……お兄さん……恐るべし。



   *   *   *



 数分後、僕は笑顔が危険なお兄さんを出て来たばかりの安全地帯に連れ戻した。そして言う、


「……お兄さん……方向音痴だって言われてますよね?」


 と、うん、これは問い掛けの形の断言だ。なにしろこの黒い人はとにかく変な方向に進んで行く。安全地帯を出たら即行き止まりに直行、慌てて連れ戻したら今度は白雲蜘蛛モンスターの群れに突っ込み嬉々としてそれを殲滅──この時その余りの戦闘力にうっかり見惚れてしまったのは内緒だ──挙げ句の果てには帰ろうと話していたのに階段を上がろうとする始末……方向音痴って言葉で片付けては駄目なレベルだ。


「ああ、どうやらそうらしい、周囲の者が言うには俺のそれは呪いに近い才能だそうだ」


 お兄さんは悪びれた様子も無く答える。……どうやら反省したり気をつける程度でどうにかなるものじゃ無いらしい。


「……お兄さん、ちょっとコートの裾、掴んで良いですか?」


「昔知り合いが同じことをして十分ではぐれたな」


 僕が出した対策案は既に実行済みで失敗済みでした。……お兄さんが暴走したら裾を掴み続けることは難しいようだ。


「……じゃあ紐で互いを……」


「それも知り合いが試して半泣きで二度とやってはいけない、と、言われたな」


 食い気味で却下された。……先人の犠牲を元にタブー指定されているらしい。……ウウム、既に様々な試みと失敗があってどうにもならんと匙が投げられた状態なのか……。


「……んー……あっ、じゃ、手を繋ぎましょう。僕が前でお兄さんが後ろ、……お兄さん利き手は右ですよね? じゃあ左手どうしで」


 よしっ、これならどうだろうか、手なら紐より簡単に解けるし僕が前を歩くことで暴走しそうな場所に近づか無いよう誘導出来る。ついでに手から伝わる体温で僕という人間の存在を常に感じ、少しは気をつけてくれるかも知れない。


「じゃ、行きましょう」


 僕は驚いた顔で僕を見るお兄さんの左手をガシッと左手で掴みそのまま歩き出す。…………よしっ、背後の気配は怒っていないしこのまま行こう。両手完全にふさがったけどね……。


 

   *   *   *

 


 結果から言えばこの手繋ぎ作戦は成功だった。お兄さんは僕の誘導に従いおとなしくついて来てくれるし、僕も背後の索敵をせずに済むから前方の敵や罠を的確に避けられる。さっきまでの苦労が何だったのかっていうぐらい速やかに上一うえいちまで下りられ、ついでにポロ茸とシド水の採取も出来たよ! お兄さんの反応だと初めての試みだったみたいだけど、……これはかなり良い対策じゃない? どうして今まで試さなかったのかな?


「……今までの俺の連れは成人男子がほとんどだったんだ」


 僕の疑問にお兄さんは言葉少なに答えてくれた。……うん、確かにこれは男同士ではやりづらいよね。……僕は紅顔の美少年だから問題無いけど。



 だけど、どうやら僕は対策の成功に少し浮かれていたみたいで、上一からロビーに下りた僕とお兄さんは気がついたら七人の男達に囲まれていたのです。……うん、どうしよう。





 

 

『変化』


迷宮内で『魔素』を吸収した動植物が魔物化する現象。

普通の動植物よりステータスがアップしている。

冒険者のメシの種。

 

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