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樋影プロト  作者: ハルキ
8/13

第八幕

「やぁ、今日からあなたらの担任になる鍬狭 みゆきです。よろしくね」

 そんな自己紹介から、私の教師生活が始動した。

 三度も落ちた教員試験。

 やっとものにしたのだ、ここで一度バシッと決めて、私や彼らのためのカンフル剤としようか。

 気合い注入のためにさっきから頰っぺたが痛いのだが。

「担当は数学、まぁ担任だからと言って、担任だからこそ厳しく指導していくつもりなんで、みんな真面目にね。以上だ。なにか質問は?」

「クワセってどうやって書くんですか?」

 来た。

 お前の苗字難しいんだよ、と友達に何度突っ込まれたものか。

「こうかなぁ?」

「先生はおいくつなんですか?」

 いるいる。私が学生の頃もこんな質問が真っ先に飛び出したもんだ。

 まさかこちら側になるなんて思いもしなかったけど、その対処法もこのご時世ならでは確立されている。

「ピチピチの24歳です」

「さすが、ピチピチを自称するだけあってお若いですね」

「おい、並木くんって言ったかな?」

「あ、はい。よろしくお願いしますっ」

「うん、バカにしてるのかね?」

「滅相もあり…………ま…………せん。ごめんなさい…………」

「うん、女性はからかうのなんて大概にし大切にするのが、人生を上手く生きるコツです。ここテストに出るよ。恋愛のね」

 言うと、そこら中から質素な笑い声が聞こえた。

 引きは順調か。

 好調だな。

「では私の自己紹介はこれぐらいにして、みんなのことも知りたいので自己紹介をお願いします。出席順に行くか?それとも、今の席順で四隅の人がジャンケンするか?」

 するとクラス中が騒めき始めた。

 楽しい時間だ。

 しかし今の子はとてもシャイだから、この揉め事が収まるのに少々時間がかかるだろう。

 学園生活の話もしなければいけないのだから、先に勝負を着けてもらうとしよう。

「はい、ジャンケン、ジャンケン。青井さんと、峰口さんと、笹倉くんと、渡辺さん、はーい最初はグー、あジャーンケーンーーーー」


「七草 八根です。趣味は六法全書を読むこと。夢は世界の指導者となることです」

「指導者?大きな夢だね。叶うといいね」

「僭越ながら先生。先生は生徒のかけがえのない大きな夢を、教師ともあろうお方が茶々を入れるおつもりで?先生は確か僕らが初の担任だそうで、もう少し節操などを養うべきでしょう」

「別にそこまで言ってないんだけど?ケンカ売ってんのかメガネ?」

「何を仰いますか。ケンカは僕が一番に嫌悪すべき…………いえ…………どうかお気になさらず。ほんの冗談なので、ははは。冗談ですから。お願いしますお許しくださいっ。誰かっ!誰か先生を止めてくれっ!ギャァァァァっ?!」


「黒崎 愛花です。よろしくお願いします」

「ん。それだけかね?」

「…………それだけです」

「趣味は?」

「音楽鑑賞」

「好物とか?」

「ショートケーキが好き」

「彼氏はいる?」

「いません…………」

「ケーキ好きなんだ。私も昔食べ過ぎちゃってーーーー」

「年に一度しか食べないから太りません」

「…………お誕生日は特別だもんね」


「端沿 伽耶です。趣味は友達とショッピング。好物は特になくて、嫌いな物も特にありませんっ。将来の夢は…………あたしの夢って何?」

「知らん。惚けるな。お前の夢はなんだ?」

「うーん…………あっ」

「む」

「友達百人作ることっ!」

「小学生か」


「並木 守。趣味は」

「ナンパかな?」

「好物は…………」

「女の子?」

「はっはっは、さっきのせいで先生が俺のことどう思ってくれたか教えてくれてありがとう!」


「二ノ舞 千晴です…………あの…………趣味は…………趣味は…………あぅ」

「別に無理して言わんでもいい。言いやすいことでも一言言ってくれればな」

「はい…………あの…………」

「…………大丈夫か?」

「先生っ!ちーちゃんはこんな雰囲気が苦手なだけなんですっ!本当は優しくて気遣いがものすごくできて昨日なんか明日の準備を訊いたらノートと筆記用具と雑巾だけでいいって教えてくれた、とてもとても心優しくシャイで可愛いーーーー!」

「わかったから座れ!端沿!」


 これで全員か。

 なんか妙に個性的な奴らがいるな。

 実は不安なんだから張り切ってほしくないのだが…………。

「では、今後ともよろしくな。ちなみに雑巾だが、チャイムが鳴ったら適当にこの箱に入れといてくれ。それから毎週このようにホームルーム、それ以外は学習と実習。中学とは勝手が違うから、みんな気を引き締めて頑張るように」

 とは言ってみるが、このような真新しい空気にとっとと馴染めというのは押し付けがましいと思う。

 こういうのは建前で本音では勝手に自然に溶け込んでいくのが一番だ。

 だからこそ、最初の一年は無駄にしてでも様子見に徹しろ。

 そんなことは口が裂けても言えない。

 すると、しっかり者の七草が、性懲りもなく腕を天井に向かって突き上げ、私の方をマジマジと睨んでいた。

「はい七草くん」

 言いたいことがあるなら聞こうじゃないか。

 さぁなんとでも言うがいい。

 反論があるなら返り討ちにしてくれよう。

「この学園、というか世界、僕らは現時点でどの程度把握していればいいのでしょうか?」

 予想外にも七草はさっき私から受けた仕打ちを忘れていないだろうに、むしろ気にした様子がなく毅然として真面目で大事な部分を突っ込んできた。

 なんだこいつ?

 私に虐げられて精神を保っている奴なんて、うちのダチか後輩以外にいない。

 あながち指導者向きの精神と性格をしているのかもしれないな、七草。見直したぞ。

 そしてその質問の答えも、最終的には誰もが受け入れなければならないのだ。

 ここでいくらか、ネタをばらしてもいいだろう。

「あなたらがどの程度理解してこの学園に来る羽目になったか、人それぞれだと思います」

 突然、神妙にしてみせた私に、ほとんどの生徒がどよめきを返した。

「七草くんの言うこの世界とは、つまり、こう、なんて言うの?七草くん、こういうのなんて言うんだっけ?」

「いや滑り出しで躓きますか…………?」

 この野郎…………フォローじゃなくてツッコミを入れやがって…………前言撤回。

 お前の夢は叶うまい。私が全力で阻止する。

 舐められてたまるか。

 そんなことを思う間にいい文言が出来上がった。

 早速その『真実』を言い渡すことにする。

「知らない人はなんのこっちゃ信じられないかもしれませんが、ここは実はあなたらが生まれた世界からは別のマガイモノの世界となります」

 難しく言ったつもりはないが、それが余計に奇怪に聴こえるらしく、生徒たちはどよめきが大きくなった。

 中にはケラケラ笑う者、それとは対照的に毅然と悠然としている連中もおり、その彼らは恐らく、七草を含め「古株(・・)」であり事情を知っている連中と思われる。

「どこにあるのかはわかりませんが、恐らくあなたらの()の世界とは隣り合って、ある程度のことを共有している、そんな仮説がなされている世界だそうで。ただ単に、形がなかった世界だった。それだけがルーツです」

 古株じゃない奴らに気を遣ったのだとすれば、七草はやはり責任感のある優れたものを持っているんだろう。

 どうしてエリート意識が強いなんて余計な性格も持ってるんだ?

 だから早い段階で『ここ』に飛ばされたのかな?

 無駄な思案をしながらも口は自然と動いてくれた。

「原住民でさえその全容は把握していない、そんなちゃらんぽらんな世界だと理解してくれたら別に構いません」

「なんか最後面倒そうに言ったぞ?」

「なにか質問は?」

 早々に切り上げさせてもらったが、半信半疑の脳が多いこの状況で質問などありはしないだろう。

 古株だって大抵のことはまだ知らないだろうけど。

 たとえ気になることを胸の内に秘めていたとしても、子供はそれを聞き出す価値を知らない。まだな。

 それを早い段階で価値を見出すことこそが、人生で勝ち上がる術の一つなのだろう。

 つまるところ、その勝ち組候補がおよそ3名もいたことに不覚にも驚かされた。

 これは意外。

 でも見た目から出しゃ張りではあるのだろうと思える奴らだけが手を挙げている。

 順番に聞いてみるか。

 ではまずは端沿というかなりお調子者な娘からいこう。

「あたしたちって帰れるんですか?」

「もう信じたのか?私が嘘を吐いてあなたらを影で嘲笑うつもりだろうとか考えないのかね?」

「え…………まさかそのつもりで?」

「嘘嘘。そんなつもりはない。ジョークだって。ジョークだって言ってるだろ?なんだその目は?」

 私が詐欺師に見えるか?

 いや、嘘を吐いていたという嘘を吐く奴を信じろという方がおかしいか。

 確かにツレの中では一番嘘上手かったからな。

 なんで一番信用されてなかったりする。

 続いて、確かダイエットには自信があるらしい黒崎。

「この世界は太陽系にありますか?」

「それは知らん。ガリレオにでも訊いてこい」

「え、もっとなにか知ってるんじゃ?」

「知らないって。なんでここにいるのかもとか私もわかんないし、この世界一定の距離から離れられないから宇宙に行けないのだよ」

「えっ?どういうことですかっ?」

「この学園から出ることはできない。学園の中でしか秩序、形容ができないから、一定の距離へ行くと世界に取り込まれるっていう話らしい。だからあの空もただの模様さ。全部聞いた話だけど、まぁ多少の尾ひれはついてるだろうな」

「なるほど…………」

 これはスグにケリがついた。

 そう、特に気にするべきは、この世界に閉じ込められたという事実。

 思春期を回った学生には重かろう。

 ではどうやって帰るのだ?

 私は帰ろうと思わなかったからそれを知る由はない。

 さて、この程度で納得してくれようなら、そうは問屋が卸すまい。

 最後に並木だな。

 ここでバシッと決めてもらってもいいが、嫌な予感しかしない。

「先生のスリーサイズは?」

「上から82・60・78。言い忘れていたことがありましたが、この世界は大変不安定な状況下に置かれています。具体的には、個人差があってよく言えませんが、私の場合はこのように遠く離れた胸ぐらを掴んで」

「グエッ?!」

「即座に机へ叩きつけるという芸当も可能なくらいに不安定です」

「ぎゃふんっ?!」

 これをしたことによって、大勢の生徒が恐怖を露わにした。。

 それもそのはず、全くとして私は並木のシャツに触れていないどころか、教卓からそこまで届かないのにそれを成し上げたのだから。

 怪奇現象。

 しかも暴力的な。

 理屈を度外視した能力。

 早く名前が決まらないかな?ただ単に「能力」だけだと味気ない。

「これはなんか空気を掴むとかまるで科学を無視した超能力のようですが、実はみんなの身にも宿っています。各々能力を開花させることが目下課題となりますので。並木くんわかりましたか?」

「…………」

 返事がない。ただの屍のようだ。

「返事がないのでもう一度お見せしましょう」

「アイアンダーストゥッドマアムっ!?」

 並木は大袈裟に敬礼なぞして見せながら、私の説明のシメを括った。

「よろしい。では次に委員会を決めよう」

 正直、未だ実感を信じきることができない生徒たちを置いて先々進んでしまうのはどうだろうか、そうは言ってもどうせいつかは驚愕しなければならないのだから、今ここでさらっと何気なしに見せてしまえば簡単だ。

 私はそう思い、不器用なりに全てではない世界の秘密を語った。

 納得してくれる生徒もいると確信して。

「そんな…………」

「なんか…………意味わかんない」

「気味悪ぃ」

「頭おかしいのか?」

「おい、今バカにした奴だけは許せん。今スグ名乗れ」

 誰も名乗らなかったけど。

 まぁいい。

 この学園は『戦闘』さえも日常で、ある程度の実力行使は許されている。

 というか、例えるなら補整がかかってダメージが伝わり辛いために痛みが弱い。

 医療系の能力者だって大勢いるのだから、如何せん容赦せん。

 いずれ炙り出してやろうと思う。

「委員長は七草でいいな。お前の夢に貢献してやろう。さっさと他の委員を決めてくれ」

「誠に恐縮ですが先生。そういったことは他者に僕の本来の力を認められ、僕も己の自信とが両立するときに渡されるべきです。間違っても誰でもいいから一番できそうなだけという印象だけで決めつけていいものではない」

「あっそう。じゃあ他にやりたい人?いませんか?では七草くんがいい人は挙手。はい、一、二、三、四、少ないな…………え、人望ないな」

「面倒くさがりながら意外と痛い事実掘り起こしやがったっ?!」

 でも秩序ある決定をしているところだけは認めてほしい。

 七草の才能を発揮させるには十分でない人数。

 どうすればまことしやかで、鮮やか、迅速に収拾が着くのやら。

 若者というものはさっぱりだ、と思っていた。

 しかし私はこのクラスの担任になってよかったと早速感じることができる。

 だって、空気に押し潰されることなく、言うなれば空気を切り裂くように手刀を切り上げた『彼女』の存在を認めたからだ。

 誰よりも弱そうな女の子が、誰よりも先に意志を示して見せる、そんな光景にありつけた私の人生に感謝したい。

 大変お行儀の良いことを考えてみたが、要は空気の読めない奴が息苦しい空気を掻き回してくれたのだ。

 もっと簡単に言うと、二ノ舞が手を挙げていた。

「やる気かね?」

 ここに来て番狂わせ。

 ソワソワと、けどなぜか私の話を聞くときはイキイキしていた彼女が、たった彼女だけが、なんと対決の意を決して手を高々と掲げていた。

「…………はい」

 顔は真っ赤である。

 お世辞にも格好がつかない。

 だがこれは面白そうな展開になるだろう。

 なにせ。

「確かに、どこの馬の骨とも知らんむっつりメガネを私の相棒にするよりは、同性で特待生で照れ屋の可愛い子が側にいた方が仕事がしやすいに決まっている。私の株も上がりやすいしな」

「そんな個人的な好みでっ?いや、むっつりじゃないからっ!」

 私の何気ない一言で、特に特待生という言葉に、ツッコミに夢中な七草を除く生徒全員が二ノ舞に注目し驚愕に目を見開いた。

 驚きを尽かさない連中だな。

 どうやらそんな有能な人間が何気もなく近くにいるとは、ついぞ思いもしなかったのだろう。

 度肝を抜くとはまさにこのこと。

 私の大好きな言葉である。

「いいだろう。他に立候補者はいないか?」

 教卓を叩き、彼らを挑発するように口調も合わせて訊いてみた。

 すると二人ほどのメンツが勇気を振り絞ってゆっくりと手を挙げた。

 やればできるじゃないか。

「ふむ。いいだろう。これでいいダービー戦が繰り広げられるというわけだな。馬の数は足りんが、十分。早速勝負の方法でも考えようか。演説は必須だ。もちろん協力者が推薦文を提示してもらっても構わない」

「そんな大層な競争じゃないんですが?」

 七草は耳に痛いことを言う。

 でもこれには理由がある。

「どうせここの生徒会選挙は体験できんのだから、今本格的にして楽しむ方がいいと思わないか?」

「生徒会選挙が…………できない?」

「今にわかる。設定しよう。面白そうな提案をしてほしいな。私の長年の退屈を払拭させてくれ」

「退屈しのぎが狙いか…………」

「七草には一番期待している。男子はコキツカ…………力があって頼りになるしな」

「パシリにするつもりだろっ!?」

 とうとう敬語を忘れた七草の雑言を流し、他のメンツにも同様に期待する旨を伝えた。

 平等にしたことによって、怖々だった彼らにも自信がみなぎった様に俯いた顔が上がる。

「そして二ノ舞さん」

「はいっ…………」

「君の実力がどれほどのものか、お手並み拝見といこう。やはり正直言うと本命は君だからね」

 ここで初めて依怙贔屓をしてしまった。

 だって、今年度から学園に取り込まれながらも、無知のまま最優秀になった人間が無能であるはずがない。

 他の立候補者が目を狭めたところ申し訳ないが、そういうことなので大目に見ろ。

「がんばりますっ」

「さすが先生っ!ちーちゃんのいいところを即座に見抜くなんてお目が高くて只者じゃありませんねっ!」

「あ、うん。端沿、女子が大声を挙げて乱暴に立ち上がるものではない」

「ちーちゃんの応援はあたしがっ!」

「端沿なんかに務まるわけないでしょうっ?!千晴さんは私がフォローするからっ!」

 俄然やる気なのは立候補者のみではない。

 いい兆候が目に見えるようだ。

 いや…………うるさいのはその二人に限定されてるが。

「では来週のこの時間までに必要な武器を整えておくといい。七草、二ノ舞、木村、浜瀬、以上の四人で委員長決定戦ここに開幕を宣言する」

 大袈裟に、高らかにそう言わせてもらった。

 いいよ。

 学生の頃を思い出す。

 精々、後輩に奢る時のいい土産話となればいいが。


「僕まだ一言もやるって言ってないんだけど?」

つづくっ!

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