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樋影プロト  作者: ハルキ
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第七幕

 唐突にすまないことをした。

 けれどもうすぐ初回のホームルームが始まる手前、いくら苦手な女子相手に手をこまねいていたとはいえども、あれ以上待っていられる余裕はなかったのだ。

 僕だってその先どんな展開になるのかイライラしながら眺めていたかったさ。

 いや、正直本当は通り過ぎたかったけれど、場所を変えるという案もあったにせよ、プライドが許さなかった。

 反対のトイレは遠いし。


 やっとのことで彼女らを説得し、用を済ませたのだけれど、そこからの一悶着がまた面倒なことになった。

 一番背の高い女子以外が廊下で待っていたのだが、残り二人の内の一番背の低い女子が便所から出てきた僕にいちゃもんをつけてきたのだ。

「どこ行くのよ?まだ話は終わってないわ」

 外履きを持って腕を組み、僕を睨みつける眼差しはさながら、さながら特に合う例はない。

 どうして関わらないといけない?

 付き合っていられないので無視して教室に戻ろうとすると。

「ちょっとどこ行くのよっ!無視すんなっ!」

 得てして怒りを露わにする彼女が、僕の前を通せんぼするのだ。

「なんだよ。いい加減ホームルームが始まるんだが、君もすぐに教室に戻りたまえ」

「変な言葉遣いはやめてっ!逃げるなんてそうはいかないわよっ!なんで止められてるかわかってるっ?」

 わからない。

 全くもって身に覚えがない。

 どうしてもっとわかりやすく教えてくれないのだろう?

 僕だってそれ相応の理由を突きつけられれば逃げるつもりもないのだが。

「はて、僕は君に何か不毛なことでもしたかな?」

「またその言い方ムカつくわね…………!」

「だから、要件を早く言ってくれ。いつまでおふざけに付き合わないといけないんだ」

「おふざけっ?」

「すっきりしたー」

 大きな声で怒鳴られるかと思うその刹那、先ほどの一番背の高い女子が手を拭きながらトイレから出てきた。

 その存在はとても威厳としている上、優しげな表情が印象的だ。

 そのはずなのに、態度がいちいち剽軽っぽくて頼り気はない。

 恐らくはこの一番背の低くてうるさい女子とは知り合いではないと思うのだが。

「なぁ君。君の相手だろう?ちょっとなんとかしてくれ」

 とにかく別の人物をぶつけ、やっかみ合っている内に退散したかった。

 ので、白羽の矢を立て話を逸らそうとしたわけだ。

「あたしに言われても…………ていうかあたしだってなんのこっちゃ」

 よくわからないらしい。しどろもどろだ。

 因縁がないのか?

 ではなぜこんなややこしいことに?

「惚けないでよっ!あなたのせいで私は入学式に出られなかったのよっ?」

「は?おい、それはマズくないか?」

「また惚けてっ!?」

 なんなんだ。

 結局わけがわからない。

 つまり何らかの原因で一番背の低いうるさいのが入学式に出席できず、その責任がこの一番背の高い女子に被らされようとしているのか?

 例を見ない事件だな。

 余計帰りたくなった。

「おい、どういうことだ?」

「いや知らないよ。あたしが訊きたいくらいだよ。あたしなんかしたの?」

「知らん。それを訊いてるんだが…………」

 要領が得ない。

「そんなことよりも大丈夫なのか?クラスとかわかるのか?」

「知るわけないじゃない…………私が今どういう気持ちかよくわかったっ?」

「わかったけど…………」

 わかったがそれでどう思えと?

 この態度では心配するのも億劫だ。

 一度は本心から心配したのだが、一番背の低くてうるさいのはただ単に鋭い目を一番背の高い女子に配せる。

「私が今してほしいのはね、謝罪よっ。私は悪くない!」

 怖い。

 一番背の高い女子はポカンと口を開けまだよく理解ができない様子だ。

 多分、どこまでいっても身に覚えがないのだろう。

 見ていられない。

「謝罪とはいうが、その罪状は?君はどういう経緯で、彼女のせいで、入学式をボイコットする羽目になったんだ?」

「それはねっ!それは…………それは、その」

 なんだ?

 途端に風当たりが弱くなったぞ?

 もしや言い訳できないのは彼女の方ではないのか?

「もしかして、八つ当たりか」

「違うわ!だって私は悪くないものっ!あの子らが校舎にまで寄り道せずにまっすぐ会場まで行きさえすれば私は入学式に出られたのよっ!」

 とうとうゲロを吐いたな。

 問うに落ちず、語るに落ちるとはこのことだ。

「つまりは、学園まで到着したはいいものの、うっかり入学式の会場がどこで行われているのかがわからずに右往左往していたわけだ。その時見つけた彼女ら二人に声をかけ、道案内を兼ねて行こうとは思ったのだが、二人共がまたしても道がわからず、君の性格のことだから愛想を尽かし見限って自分から道を探そうとした。しかし結果として道に迷い、入学式をボイコットしてしまい、悪い状況へと発展してしまったため、すべての元凶を二人になすりつけようという次第だな?」

「そうよっ!…………え?あぁ、うん、そうなのよ」

 勝訴。

 それだけの証拠があれば自ずと答えは導かれるのだ。

 我ながらなんという鮮やかなどんでん返しだろう。

 いや自分の手腕が恐ろしい。

 コナンドイルの作品を嗜むこの僕に掛かれば世の犯罪なんて丸裸も同然。

 弁護士への才能もあるのか。

 才色兼備とはこのことだっ!

「はっはっは」

「何がおかしいのよ…………」

「いや何、君も不憫だなと思って。とりあえず今回は君にも不備があったことだし、大目に見て、なぁなぁで済ませようじゃないか」

「?…………いえ、でも」

「大丈夫さ。悪いところさえ黙っていれば入学式のボイコットなんて許容されるだろうし、その時にクラスを訊けばいいんだから」

「…………それはそうだけど」

「僕から進言しておこう。第三者が意見を出せば、教師連中も好き放題言わないだろうさ」

「さっきから馴れ馴れしいんだけど…………いいわよ。どうせ私が悪いんでしょう。勝手にしてちょうだい」

「ああ、さっさと行こうか…………」

「異議ありっ!」

 被告人の無罪放免、しかしながら敗者へのアフターケアも忘れずにこの時を収めたところで、多少理解はいただけなかったが…………無粋にも新手の反論者が裁判を続けるために大声で申し立てた。

 驚きでその方を見ると、律儀に手を挙げて発言しようとしていたのはおさげを揺らす気弱そうなはずの女子だった。

「こ、この方とはさっき初めて会ったばっかりで、その…………」

 威勢よく喋り始めたはいいが、おいなんだ?

 今まで寡黙と傍観を貫いていたのに、ここに来て横槍を入れてくるなんて。

「はっきり喋ってほしいな。この方とは初めて会ったばかりだと?一部、僕の推理とは違うことを言うのか?」

「そうですっ!」

「ちーちゃん…………?」

「だとしたら、だとしたら?」

 だとしたら僕の推理に不備がある。

 やめろ。

 それはあり得ないことだ。

 ホームズ宜しくのアブダクションを再現して上手くいったのだ。

「僕の推理は完璧のはずだ。もういいじゃないか。もう彼女を苦しめるのはやめてやれ」

「ちょ…………何様?」

「まぁ話くらい聴いてよ」

 一番背の高い女子がそう促してきた。

 まぁいいさ。

 どうせ大した反論は出てこないだろう。

「私は端沿さんと朝出会いました。端沿さんは楽しくて、優しくて、明るくて、綺麗で脚が長くて…………」

 言ってる内に恥ずかしくなったらしい。

 真っ赤な顔をして、彼女を勢いを失い俯き始めた。

「何が言いたい?ノロケ話は結構だし、もうその楽しくて優しい彼女の無罪は証明されただろう?今更それを台無しにし敵に回すようなことをして、君になんのメリットがある?」

「あの…………あぅ…………」

 ふっ、やはりあまりこういう場に慣れてはいないようだな。

 これは正論さえ言っておけば退くだろう。

 所詮は野良犬の遠吠えだ。

「私は…………私は…………」

「なんなんだ。早く言え」

「おいメガネ」

 すると、端沿と呼ばれる一番背の高い女子が、先ほどと打って変わって修羅の表情で僕を見た。

「あたしのちーちゃんにどういう口の聞き方してんのかなぁ?」

「あ、いえ、その、ゴホンッ。続きをお願いします」

 なんなんだ。

 なんだ…………猫を被っていやがった。

 女子ってのはみんなこんなおっかないやつばかりなのか?

 感情の起伏があり過ぎる。

 端沿は扱いを改めた僕にもう言うことはないのか、だが僕には目を光らせてちーちゃんと呼ばれる女子にも催促した。

「私は…………端沿さんと会場に行くことにしたのですが、会場までの道で、後ろから静かに付いてくる人が…………いたんです」

「なんだって…………?」

「君も隣にいたんじゃないのか…………?」

 端沿はちーちゃんの告白に驚愕の表情を浮かべた。

 しかし矛盾ではない。

 この時は端沿が陽気に歩きながら、ちーちゃんは後ろの影に、これは怯えていたわけだな。

「多分、それがあの…………この人で」

「ちょっと待って。確かにそれは私だけど、後ろから見ていてあなたは一度も後ろを振り返らなかったわっ。どうやって私が付いて来てるってわかったのよっ!」

「あぅ…………」

 このちーちゃんという女子、いちいち反発に弱い女子だ。

 ここでは僕が助け舟を出した。

 端沿が怖いのでフォローをして点数を上げておこうという狙いでだ。

「大したことじゃないだろう。目の端の少し映っただけでも、誰かいるとわかる。実際はどの程度の距離だったか重要になるが」

「この辺?」

 真っ先に検証し始めたのは端沿だ。

 おい、お前僕への監視はもういいのか?

 いや、見るだけなら距離は関係ないが、さっきの剣幕が嘘のようにノリノリである。

「いえ…………もっとよ」

 この事実関係は一番背の低いうるさいのに託す。

 彼女の視点でしか正確な距離は測れないのだ。

「もっとよ。もっと。そのくらい」

「遠すぎだろ」

 見ると、端沿は廊下の向こうで僕の人差し指ほどの大きさしか見えなくなってしまった。

 こんなもの、曲がり角を曲がる時に目の端に捉えられても気にするほどじゃない。

 これでは目撃者としてあり得ない。

 彼女が超人的な視力と視界を持っていないければの話だが。

「でもこれでも君は彼女を捉えることができたというのか。ええっと」

「二ノ舞ですっ」

「二ノ舞さん…………」

 名前を語るときが誇らしげだ。

「まぁそれはいい。今はどうして彼女の間違いを更に糾弾する必要がある?もっと罰を与えたいようにしか思えない」

 言うと、一番背の低いうるさいのは二ノ舞さんへ目付きを鋭くした。

 二ノ舞さん、見た目によらずエグいことをする。

「違うんです…………」

 消え入りそうな小さな声で否定はしたものの。

「君の証言を考慮すると、僕の推理に肯定した彼女は嘘を吐いたという事実がある。それがわかったところで、罪を増やすだけだ。そういう罰とかは多少でいいんだよ。正義の味方気取りも大概にしろ」

「えっと…………勝手に解釈したのはあなただけどね」

 耳が痛いことが聴こえたような気がするが気のせいだろう。

「違うんです…………その子が声をかけたそうにしてたから…………端沿さんに言おうと思ったんですけど、端沿さんが変な道を通るから、わかってて、その子から声をかけられるように待ってたんじゃないかと思って」

「え…………?」

「そんな馬鹿な。君から声をかければよかったものを」

「でもいつに間にかいなくなってたから…………」

「端沿さんは彼女の存在を知らなかっただろ?つまりすれ違いからこんなややこしいことになったんだとしたら相当なーーーー」

「ごめんねえぇぇぇぇ!!」

「ええぇぇっ?!ちょっと何するのっ?!」

 端沿は次の瞬間、両手を広げ一番背の低いうるさいのに飛びついた。

 って、いつの間にっ?

 今の今まで僕らとは逆の廊下の端っこにいたのに、なんて瞬発力だ…………。

 いやそうじゃなくて。

「あたしが気づいてあげられなくてっ!ちーちゃんも気遣わせてごめんねぇ!?そういう時は遠慮なく言っていいんだよっ!あたしは女の子が大好きなんだよっ!でもあたしは鈍感なんだよっ!ドジっ子なんだよっ!」

「いやっ!わかったからっ!わかったからっ!ちょっ!変なところ触らないでよっ!」

 端沿の自称ドジっ子の方に突っ込みたかったがそれどころではない。

「お前らなんで大団円に収めようとしてるんだっ?これはどう考えても、二ノ舞さんの証言でまだ追及すべき事柄ができたんじゃないのかっ?」

「そんなつもりで言ったんじゃ…………っ」

「そうだよっ!ちーちゃんはこの子と仲良くなりたかっただけなんだよっ!あたしはそれを気づいてあげられなくて恥ずかしいよっ!」

 なんて掌返しだ…………さっきまで悪者扱いされてたのはお前だろう…………。

 口に出そうにも、もう無理くりな良い話に割り込めない。

 いや、一番背の低いうるさいのは、絶対にこれを許しはしない。

 端沿を拒絶し、暴言の限りを尽くして自分を陥れたと信じ込む人間に鉄槌を下しーーーー。

「ごめんねっ!」

「う…………うん、別に良いけど」

 満更でもなさそうだった。

「いいのかお前らそれでっ?」

「あたし端沿 伽耶っていいます。よろしくねっ」

「そう…………私は、黒崎 愛花よ」

「二ノ舞 千晴ですっ」

「無視すんな…………」

「愛花ちゃん、じゃあ職員室に行くぞっ!クラス一緒だといいねっ。ちーちゃんとあたしで三人っ!」

「職員室はこっちじゃないの?」

「黒崎さん、そっちは逆です…………」

「あれ?僕の声聴こえてるっ?なんかマジのシカトしてない?ねぇ、ごめんって。おい…………」

 なんだろう。

 あの三人との今のやり取りが、今後の僕への扱いに対する、予行演習のような気がした。

入学式編、完っ

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