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樋影プロト  作者: ハルキ
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第五幕

 そう声をかけると、驚いて振り返った小さな女の子は、次の瞬間まるでここで会ったが百年目の仇に出くわしたかのごとく、すごい研ぎ澄ました目であたしと千晴さんを見た。

 めっちゃ怖い子に声をかけてしまった。

 この先のトイレにやがてホームルームが始まるまでに用を足そうかと千晴さんを誘えば、この状況である。

 まさか前世から続く因縁というやつだろうか?

 まったく身に覚えのない恨みっぽいので今世で責任はないと断言させてもらう。

 ま、どっちかって言うと、割と涙目でギラギラした視線が、悪くはない。

 恥ずかしそうに顔を真っ赤にして胸で手に持ったスニーカーをぎゅっとしているこの構図は、言わずもがな素足に靴下では、どう考えても悪くないどころの騒ぎではない。

 目付きは悪いけれど、きっと心の底は良い子に違いないという微かなものを感じるのだ。

 たとえ違っていても需要がある。腹黒泣き虫キャラ。

 あたしの嗅覚が珍しくカネの匂いを感じとったほどに。

 でもなんで泣いてるんだろ?

「うん、同級生だよね?トイレ、この先の渡り廊下にあるんだけど、いっしょに行く?」

「トイレ?何を勘違いしているのかしら?」

 不快感を露わにするように、スニーカーを片手でまとめ腕を組みながら素足に靴下をズンと踏み鳴らした。

 依然涙目は変わらないけれど、これは強気の姿勢だ。

 こちらが物怖じしてしまう。

「もしよかったら一緒に行かないかな?」

「トイレに用なんてないわ。下品な誘いしないでくれる?」

 とても風当たりが強かった。

 傘なんて差したら布地が舐め取られて骨身にされるだろうこと間違いなしだ。

 台風の方が可愛く思える。

 いやそれはないな。この子の方が断然可愛らしい顔と体型をしている。

 それよりも、やっぱりあたしなんか嫌われるようなことしたかな?

 いや特に心当たりは…………初対面だし。

 いや違う。言い方が悪かったのだ。

「ご一緒にお花を摘みに参りませんこと?」

「…………」

 すごく怪訝な顔をされた。

 違うのか。

 下品なことが嫌いということは上品に言えばいいと思ったのだが、彼女が別にそういう整った育ちであるわけではないらしい。

 そういえばトイレに用はなかったみたいだから、あたし的外れしちゃっただけなんだ。

 せっかく言葉までお嬢様口調にしたのにちょっと恥ずかしいな。

「なんなのよ、いきなり改まって」

「うーむ…………じゃあどんな言い方が良かったかな?」

「言い方の問題だったかしら?」

 おや?

 このモノを試すような口振り。

 やはりあたしは何かしでかしていたのかもしれない。

 それが前世であれいつであれ、自分のケツは自分で拭く義務があるな。

 えっと確か…………やっぱり心当たりないな。

 なら、いやしかし、この挑戦を受け取っても良いのだろうか?

 こちらには理由はないし、尤も理由があっても即土下座でも敢行して謝罪を示せばいい。

 でもそれによって得るものや失うものがあろうとなかろうと、大義名分がない以上、下手にここで恥を晒せば今後友達になれる人間が減ってくる。

 それだけは勘弁だ。

 あたしは友を作るためにここに来た。

 それに背に千晴さんがそわそわと見守っていてくれてる。

 この掛け替えのない灯火に、果たして人生すべてを賭ける価値があろうか?いや全くない。

 なれば、どうやらこの問答勝負。

 争うしか道はあるまい。

 全くもって吝かではない。

 それであたしの前を阻む彼女の気が晴れるなら、全力でやって勝敗を分ける気兼ねだ。

 刺し違えてでも不肖、端沿 伽耶、推して参る。

 そうと決まれば武器がいるな。

 そう。

 彼女が納得できるほどの口撃力を備えた一撃必中の必殺。

 それさえ瞬時に思い浮かべば、決着をつけ本来の目的を果たすところなのに。

 なんてもどかしいんだっ。

 もしここであたしがかの諸葛孔明であったなら、それは素晴らしい一言が飛び出すのだろう。

 なるほど。

 天才と凡人の差をここで実感するな…………。

 そしてここで国語をもっと勉強すればよかったと思った瞬間はない。

 と不意に、ふわりとあたしの側を横切る影があった。

 それはまさに、あたしにとって戦場の女神が降り立ったと錯覚するほどに流麗で美しい登場の仕方だ。

 ぽろんぽろんとおさげを揺らし、やがて敵との対峙を図ったのは誰あろう。

「千晴さんっ!?」

 一瞬見えたその横顔からは、確固たる意志を滲ませる。

 まさか、戦況に見かねて手ずから掻き回そうというのかっ?

 あたしがおかしてしまった何やらを、君が終息させてみようというのかっ?!

 いや心強い。

 出会ってまだ数時間の間柄でしかないのに、あたしは…………とんでもないスピリチュアルベストフレンドに恵まれたんだな。

 君がいてくれてよかった。

 さぁ繰り出してやれっ!

「シャルウィ?」

 ガガントスっ?!

 諸葛孔明の生まれ変わりは君だったのか千晴さんっ!?

 偉大にもほどがあるっ!

 なにせこの一撃は強いっ!

 少しでも捻ろうと蛇足を踏むあたしでは到底思いつかない真っ直ぐストレートな文言!

 何よりなんかなんとなくお洒落!

 くるりと一回転を加えることによって、差し出した手が余計エレガンスとこれまた嗜みを弁えた淑女のようだっ!

 これでこの誘いを受けられないなど、天変地異が巻き起ころうとも不可能に違いない!

「馬鹿にしてるの?」

 稲妻が走った。

 馬鹿な…………あれで決まらなかったのか?

 一体どんな訓練を受ければあれほどの全てを受け流せるというのだっ?

 戦慄だゼっ☆

「あぅ…………」

「ナイスファイトっ、千晴さんっ!」

 くっ…………千晴さんの撃沈…………これ以上のダメージを抑えるためにも撤退はやむなし。

 しかしそれではもう手立てがないも等しい。

 あのちびっ子、中々の防御力を備えてやがるとは。

 さながら、体躯からは想像できない、小振りの城からは想像もできない鉄の城壁。

 さらには城壁を越えようとまごまごしている間に矢の雨を降らせるその冷徹さ、恐れ入った。

 かたやこちらはつい今朝方同盟を結んだばかりの烏合の衆。

 孔明でさえ巧妙な手段を即座に思いつくのは至難の業。

 どうしても敵わないのか…………あたしでは。

 そう…………あたしが不甲斐ないばかりに。

 ーーーー否。

「ふふふ。次はあたしのターンだ。千晴さんの仇、とらせてもらう」

「え?まだやるの?…………い、いいわ。臨むところ」

「その余裕がいつまで続くかなぁ…………ここでタジタジさせてやる」

「やれるものならやってみなさい」

「ああ、覚悟はいいな?」

「こっちのセリフよ。一体どんな狂言を見せてくれるのか…………まぁでも、あなたごときの語彙力で高が知れてるだろうけれど、ね?」

 言ってくれる。

 この戦い、もうこれ以上負けるわけにはいかない。

 あたしのため。

 なによりも仲間のためにも。


「これがあたしの、本気だぁぁぁぁっ!」


 そんな気合から決めゼリフを吐こうとするなんて、我ながらいらんことをしてしまった思います☆

続くっ!

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