第三幕
ついにボッチ卒業と相成りました。
拍手っ☆
でも当の友達一号、千晴さんは浮かない顔で大人しくあたしの後ろをちょこちょこと着いてきていた。
なんだか「ちょ顔貸せや」とか言われてしまった子のように、もしくは潔白なのに「ご同行願えますか?」と言われてしまった子のようにトコトコついて来る。
どちらにせよ、あたしはこの後小動物千晴さんをとって食おうなどとは毛頭ない。
まぁさっき軽く虐めてしまったりしちゃったのだが、あれは事故なんだよ。
そう、ついブレーキが効かなくなって追突してしまったのと似ている。
互いに渦中に巻き込まれた人間が同じ境遇に嘆きながらもシンパシーを感じて共感を得る状態に似ているのだ。
それを吊り橋効果という。
プラシーボとも言ったっけ?
そして車から抜け出せなくなっているかのごとく、衆目に晒され逃げられない彼女に手を差し伸べたのもあたしだ。
つまりあたしは彼女を救ったも同然なのだ。
まぁまぁ野次はやめたまえ。わかっているとも。
捏造も大概にせぇってかっ☆
っと、特に気まずくもないのに無言で歩いていると、やがて新入生がはびこる体育館前まで到着した。
上級生から桜の花を胸ポケットに着けてもらい、早いものから順に列に並べられているらしい。
クラス表はどこかな?
ちなみに、会話をしなかったのは意地悪からではない。
こんなにも黙ってちょこちょことついて来る千晴さんが愛くるしくてさっきまで散々的外れの場所をグルグルするのに夢中だったのである。
しかしここまで来て沈黙を保ち続けるのもいけない。
早速、友達とお喋りという長年の夢を叶えるとしよう。
「千晴さんと同じクラスになれるかな?」
「そうですね…………なれるといいな」
この子は、さっきあたしが道に迷ったと勘違いしてナビをしてくれようにも、それであたしが機嫌を損ねて嫌われてしまったらどうしよう、みたいにオロオロパクパクして親切を憚っていたどころか、その確信犯たるあたしの言葉に同調して一緒に不安になってくれようというのか?
あたしが意地悪を有耶無耶にしようと目論んでいるのに、なんて健気でいい子なんだろう。
おっと、意地悪だなんて、口が滑った。
「まぁでも、お互い総合科で同じ校舎だから、多少離れても大丈夫かもしれないね」
「そうですね。廊下で会えますし」
千晴さんはそう言うと、ほんのり頬を朱に染めた。
この初々しさ。
おそらくこの子も、先程のあたしと同じく、ボッチ卒業を遂に果たしたと思われる。
なんというか、穢れたところなはにもないその俯きに人生の全てを捧げたくなってくる。
もっと照れろ。もっと赤くなれ。いずれその微笑みを完全なるあたしのものにしてやる☆
もう断るまでもないと思うけど、あたしはこのようにセクハラできる女子高生だった。
かっこいい男の子も好きだけど、今は千晴さんとの仲をもっと親密に深くすることが目下の務めである。
何としてもクラスは同じになるよう、今抜け出して操作できないものだろうか?
クラス表はどこだ?
「端沿さん」
「呼び捨てでいいよ。下の名前の方が呼び慣れてるし」
「は、はい…………えっと、カヤさん」
「すみません、おかわりもらえますか?」
「…………何のことですか?」
ーーーーもう一度ほっぺ真っ赤にして恥ずかしそうで嬉しそうに名前を呼び直してもらえないだろうか?
とは、そこまで重度のセクハラ親父になり下がれない自分が情けない。
写真に収めたかった。
おのれ不意打ちとは…………やりおる。
やはり千晴さんあたしのもの計画を推し進めていく必要がありそうだ。
あたしの望むときに、いつでもどこでも願えば叶う微笑みを手に入れてやる。
「ごめんなんでもない。何かな?」
「はぁ…………端沿さん」
あれ?
警戒されて苗字で呼び直されてしまった…………ゼっ☆
「端沿さん、以前は何か?」
「ん、どうしたの?」
「スポーツとか…………」
「あー、あたしね、陸上やってた。千晴さんは何かやってたりする?」
「私は、なにも…………」
おや。
運動ネタでいくのではないのかね。あたしを褒めたかだけかい?ドンとこい。
「陸上ですか…………やっぱり脚が凄く長くて綺麗ですね」
興奮気味に千晴さんがあたしの脚部を舐めるよう眺めてきた。
あたしの背が千晴さんより頭を半ば抜いている分、年下に憧れられているようでなんだか心地いい。
もっと言えば、別の意味でもいい気分になってくる。
もしかしてあたしは本当に…………。
「ふふふ。散々鍛えあげてやったよ。百メートルで全国3位になればよかったのに…………」
身体とベンチをあっためるのがあたしの役目だったまであるとは口が裂けても言うまい。
言わなくてもこの態度で察することができるだろうけど」
「えっと…………すごいですっ」
「高が3位圏外さ」
「でも私は運動音痴ですから…………すごいなぁ」
助けてーっ!
この子が健気過ぎてあたしの自虐ダメージが思いの外倍率高くなってしまったんですけどっ!
あたしは突っ込んで欲しかっただけなのに、褒めてくるとかなんていい子なんだっ!
こんな子は今まで一人もあったことはないっ!
「端沿さん…………ハンカチを」
「あぁ…………ありがとう」
振り返ると胸が苦しく、目の前が涙で溢れてきた。
そんなあたしに、千晴さんはハンカチを取り出して涙を拭くように促してくれる。
千晴さんは別に悪くもないのに申し訳なさそうな顔をしたけれど、多分あたしが3位圏外に不満なんだと勘違いしている。
銅メダルや金メダルよりも友達が欲しかったとは、千晴さんがいる今となっては口が裂けても言うまい。
「もしよかったらまた運動しようよ千晴さんっ。あたしが手取り足取り…………手取り足取り身体の動かし方を教えてあげるからっ」
後ろの手取り足取りにいやらしい雰囲気を含んだことはスルーしてもらおう。
「そうですね…………でも私は本当に運動が苦手で。今日も桜の花弁でいっぱいだった水溜りに足を滑らせまして…………」
「あー、滑りやすいもんねー。ハンカチいる?」
「あぁ…………ありがとうございます」
そんな出来事があったのか。
情けなくなったのだろうか、可哀想にっ。
そんなことで涙ぐむなんて、千晴さんはどうやら涙もろい性格らしい。
あたしの涙が含まれたハンカチでよかったのかな…………ごめんね。
「でも通りすがりの方が助けてくださって」
「それはよかった。世の中捨てたもんじゃないね」
「はい。優しい人で、とても…………綺麗な方でした」
「へー」
可愛い…………。
なんかはにかむ千晴さんを見ると、なんでその時に助けたのがあたしじゃないんだろうって気分になるな。
ちっくしょーっ。
すると突然、やっと準備が整ったらしい体育館の中から盛大なブラスバンドの演奏と拍手が巻き起こり、この列の先頭を阻んでいた扉が意気揚々と開かれた。
あたしたちを含めた新入生一同が気を引き締め、上級生から預かった桜を胸に心を躍らせる。
新生活に期待を抱き、そしてあの華やかな門をくぐるのだ。
これだけの騒音なのに、鳴り止まない拍手のリズムはとても気持ちが良い。
ただ前の同級生につられて行くまま、その彼もまた前の同級生につられて行くままマーチに乗って、おや?
よく見ると二列になった新入生がばっくりと左右に分かれ一つの空席もなく席に座っている。
その距離たるや快速電車の一列は余裕で収まりそう。
最初に隣同士だったあたしと千晴さんが、このままでは七夕の織姫、彦星のごとく引き裂かれてしまうではないか。
そうはさせないゾっ☆
咄嗟の機転で、あたしは千晴さんの前にいた男子の肘を掴み、流れるようでいて自然な動作でその位置を入れ替え、何くわぬ顔でその場を組み込んだ。
突然のことで男子は何が起こったのかわからないだろうけど、絶対違うクラスになるだろうから知らんふりしておこう。
ちょっと後ろからかなり怪訝な視線を感じるけど、彼らともクラスが同じになる可能性は少ないと仮定し、これは仕方のない行為なのだと勝手に納得させてもらう。
あたしたちの友情は何人たりともヒビすら入れさません…………。
ごめんなさい。
かくして、全新入生が勢揃い、約一時間、退屈な入学式が開式された。
まったく退屈なので、どうやって千晴さんにテレパシーを送れるかを検証することにして時間を過ごすことにする。
起立。
「これより、第206回入学式を開会致します」
礼。
着席。
zzzzzz。