第二幕
なんというか、あたしは夢でも見ているんじゃないかと思う。
あっと違った。
夢で見たような景色を見た。
おっとまた間違えた。
夢にまで見たお姫様が目の前を通り過ぎた。
三回言うまでにニュアンスの原型が破綻したな。
彼女はおさげを弾ませて、これから一緒に入学式に臨むんだろうなという意識が感じられる燐とした真っ直ぐでキラキラした瞳の女の子。
あたしのハートをガッチリとつかんで握り潰されるには申し分ないどころか、あ、これは仲良くなっておこうと考えるまでもなく直感で閃いてしまった。
あたしはあの子と仲良くなりたいと思う。
面食いと言われようが、あたしにはあの子が必要なのだ。
などと決めたのは、あたしがまず人見知りであること、それを克服しようというチャレンジに基づく。
「ヘイ彼女!桜が綺麗だね!君の桜色の頬が溶けてしまいそうだぜベイベー!」
だからまず何を話題に話しかければ文句ないのかがわからなかった。
天気や季節のこと、話しかける相手の特徴などを褒めると距離を近づけられると聞いたことがある。
それをどちらも織り交ぜて完成したアドリブの文言は、なんというか、これ録音したら将来恥ずかしくなるだろうことが明らかだった。
黒歴史に新たな一行を追加してしまったことになる。
やってしまった。
実に清々しいほどの注目を浴びている気がするけれど、実際に視線が集まってる事実を知りたくないのであたしはまっすぐとおさげの子を見据えるだけにした。
こうドシンと構えているから、わざと言ったんだよという勢いで押し切るつもりだから、呆れられたり苦笑いしてくれて構わないから忘れてくれないだろうか、みんな?
暑くもない暖かさのはずなのに汗がブシャーっと吹き出てくる。
背筋が凍るように寒くなってきた。
数秒後に振り向いてくれたおさげさんはあたしのお陰でアイドルだ。
ざわざわ…………ざわざわ…………。
あたしのことはいくらでも後ろ指差してくれても構わない。
けれど彼女が困っているじゃないか、やめたげてっ☆
あたしのせいだけどもっ。
「あの…………なんですか?」
「いや、ちょっとテンションの絞り方を誤りまして…………」
とはいえキッカケは申し分ない。
まずは恐らく底辺の好感度からここで挽回すればいいだけだろう。
初の試みでハードルを高くしてしまった人見知りの末路がこれだ。
みんなは真似するなっ☆
「ちょっと迷惑かけちゃったな。ごめんね、あたしも人と話すの久しぶりでさー」
生憎だなあたし。
さり気なくボッチ宣言とは、間違ってないけれど酷い言い草じゃないか?
「それは…………」
案の定というか、あたしの境遇を察したらしい彼女の表情が曇り、何だか申し訳なさそうにモジモジし始めた。
安心して、今日から君と友達だからボッチ卒業だから、君が気に病むことはない。
自分勝手な進捗で他人を巻き込む人間を、人はナルシストやエゴイストというはずだ。
あたしのことかっ☆
「もし今誰かと約束がなけりゃ、いやあっても、しばらくでもいいから話相手になってあげようかなぁとか思ったり、思わなかったり…………」
おいなんだあたし?
ツンデレかっ!
おかしいぞ?こんなはずではないんだがついつい口を吐いて出るのは催促するように向こうから誘ってもらえるような文節だけだ。
昨日ありったけ練習したというのに、一人で盛り上がって今朝隣人が怪訝な顔してくれたほど騒がしくできたというのに、どうやら本番に弱い性分らしい。
やればできる子、と言われ続けてきたのは、みんなの建前だったというのか…………。
「もしよければだけど…………」
なぜこうも自分に追い打ちをかけてしまうんだろう?
だって友達になってくださいっ、と手を差し出せば是非が問われる。
そんな簡単なことをせず、回りくどい方法でネゴシエーションするなんて意味がわからないよ?
というわけで、今更ながらあたしは頭を低くして右手を差し出し、大声でこう告げた。
「一目惚れですっ、友達からで結構なので付き合ってくださいっ!」
終わった…………。
昨日練習には体育館裏での告白も視野に入れていたので、まさかこんな風に発動するとは夢にも思わず、あまりに素っ頓狂な姿で己が腹を割きボッチを留年しました…………。
「…………」
もう、見てはいられなくなっただろう群衆も粗方解散し、あたしは俯いて前を見ないので彼女でさえ愛想を尽かし消えていることを祈り、この姿勢を崩すことができなかった。
これが、友達百人への道程か…………。
険しいぜっ…………☆
「私も…………友達からでよければ」
「ふぁ?」
そう自己嫌悪に夢中になっていると不意に手のひらが暖かくなり、優しい口調でそう返事をされた。
「ふぁ?」
「あの…………なので早く中に入りませんか?」
とうとう我が耳が信じられなくなり目を上げると、今にも泣き出しそうな顔で周りを見渡し、注目から逃れようと提案する彼女の姿が、未だそこにはあったのだった。
あたしの黒歴史には、彼女の偉大なる名を刻み込んでおくとしよう。
「よ…………よろしく。あたしは端沿 伽耶。カヤと呼んでください」
「あ、どうもです…………二ノ舞 千晴です…………早く中に」
千晴さんか。
千晴さん、っと。
「千晴さん、絶対に幸せにします」
「友達…………恋人…………?」
「いや多分あたしの運命の人は千晴さんだから」
「え…………?」
友情握手で集めた衆目にではなく、今度はあたしの危険な剣幕にビビった千晴さんがまた涙目になった。
「できれば友達のままで…………」
「そんな…………っ!まさか許嫁がっ?!」
「なぜショックを…………っ?」
落ち着いてほしい。
これはノリのままいってしまって収拾がつかなくなって自暴自棄になった末路だから。
良い子は真似すんなっ☆
「本当に許嫁が…………っ?」
「いません…………」
ご注目の皆さんはこれを反面教師に上手に友達を作ってください☆
入学式数時間前の出来事でしたっ。