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ソシオメーター  作者: 蓮と 悠
春の水面に映る虚像
8/19

四人、二人

「ああ、誰かと思えば貴女でしたか、美空さん」

「あれ……静流ちゃん? なんで兄と一緒に?」

「どうやら貴女のお兄さんは私の部活のOBのようで。この私の先輩とお知り合いだったのですよ」


 静流は美空と呼ばれた少女に陸人の時とは違う優しげな口調でそう伝える。すると少女はポカンと口を開き、陸人を凝視する。


「え、えーっと、はじめまして。俺は望月陸人。紗羅先輩の後輩やってます」


 陸人は苦笑いを浮かべ、気まずそうに頬を掻く。少女はそんな陸人を見上げながら、何も言えずに見つめていた。そして数秒後、少女は我に戻り、地に頭が付かんばかりの盛大なお辞儀をした。


「秋嶺大学一年、文学部所属、高杉美空ですぅ! この度は大変失礼致しましたぁ!」

「いやいや、頭上げてよ。そんな謝るようなことでもないから」


 美空は再び体を震わせながら、自分の出せる限界の大声を出して全身全霊で謝罪の意を表した。


「やめて下さい、美空さん。先輩に頭を下げるなんて時間と労力とプライドの無駄です」

「前二つは許そうしかし俺への謝罪はプライドを損なうほど屈辱的なのだろうか!」


 静流は陸人にフォローを入れたかのように思われたが、そんなことは全くなく、いつも通り悪態を吐く。


「まあ、陸人君もこう言ってくれてるし、ね?」

「兄様……」


 真紗羅は美空に穏やかな笑みを浮かべる。美空はそれに応えるように自然に頬を緩めた。


「あ、あの、ちょっといいかな?」

「……? なんでしょうか?」


 そんな二人の仲睦まじい様子を見ていた陸人だったが、自身が覚えていた違和感を誤魔化しきれなくなり、おずおずと声を上げた。


「今真紗羅さんに対して、兄様って言った?」

「はい。それが何か?」

「いや、そのなんというか……」


 言い出しにくいことなのか、陸人は本題を切り出せないようだ。そんな陸人を見て、美空は不思議そうに首を傾げている。

 そんなとき、はぁ、と息を吐く音が聞こえた。


「先輩、いちいち細かいですよ。美空さんがお兄さんのことをどう呼ぼうと勝手じゃないですか。小さい男ですね」

「君はいちいち貶してくるのをやめてくれないかな……」


 静流は煮え切らない態度の陸人を腹立たしく思ったらしい。

 そして陸人は思った。この子の毒舌はもう少し抑えられないのだろうか、と。


「そういえば、兄の後輩ってことは望月さんって文化研究部員なんですよね。あと静流ちゃんも」

「……俺は今年卒業したんだけど、一応部員だったよ。麻宮は現部長」

「と言っても部員は私一人だけなのですが」


 陸人はまだぎこちない様子でそう答える。そして、無表情な静流は淡々と補足情報を告げる。


「あの」


 その言葉を聞くと、真紗羅の横にいた美空は、とてとてと陸人の近くに歩いてきた。その姿はとても愛らしく、静流とは正反対だ。


「あの、兄はご迷惑をお掛けしませんでしたか? 例えば、物を壊したり」


 陸人の元に辿り着くと、美空は申し訳なさそうにそう尋ねた。

 陸人は少し考えると、何かを思い出したように苦笑いを浮かべる。


「あー……あれね。確かに数回起きたけど、そんなに被害は出なかったから大丈夫だよ。……それよりも、紗羅先輩の……」

「そうですか、なら良かったです!」

 陸人は続けて質問を投げかけようとするが、陸人の答えに美空はホッとしたように笑顔を浮かべ、その問いを聞く前に真紗羅の元へと戻って行ってしまった。


「じゃあ、私たちはそろそろ失礼します。……またねっ、静流ちゃん」

「ええ、また明日」

「陸人君も、今日はありがとう。楽しかったよ!」

「俺も久しぶりに会えて嬉しかったです。また会いましょう」


 真紗羅と美空は二人とも笑顔で手を振りながら校門を潜り、近くに止めてあった白の小型車に乗り込む。そして真紗羅の運転で、エンジン音とともに夕闇の中へ姿を消した。


「……さて、私たちも帰りますか」

「ああ」


 二人を見送った後、陸人と静流も歩き出した。校門を潜り、昨日と同じルートで、昨日と同じ風景を見ながら、昨日と同じ様な距離感で歩く。


「それにしても意外だな。麻宮にあんなにしっかりした友達がいたなんて」

「私にも友人ぐらいいます。まあ、仲が良いのは美空さんと藤花さんぐらいですが」

「藤花さんを友人と言うとは、麻宮も大概怖いもの知らずだよね」

「藤花さんはもちろんのことですが、美空さんも中々面白い方です。一緒にいて飽きません」


 静流は相変わらず顔色ひとつ変えずにそう語る。しかしいつもとは違い、その口調はどこか楽しそうだった。


「そうなんだ。でもそんな様には見えなかったけど」

「彼女は行動よりも彼女自身の思想や考え方が興味深いのです。まあ、凡骨でポンコツな先輩には理解できないでしょうが」

「麻宮が興味を持つ思想とか恐ろしくて理解したくないよ……」


 そう考えると、美空さんも麻宮ばりの変人なのではなかろうか……?


 陸人の脳裏に、一瞬そんな考えがよぎったが、すぐにそれは脳内で霧散した。

 否、霧散させた。

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