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ソシオメーター  作者: 蓮と 悠
春の水面に映る虚像
5/19

モノクロ

「おはようございます」


 次の日、陸人はいつも通り午前九時に牡丹を訪れた。引き戸を開け店内に入る陸人。すると二階から足音とともに黒服に包まれた長身の女性が降りてきた。


「やあ陸人。今朝も元気そうで結構」


 その女性とは、当然のことながらこの骨董屋の店主、矢野藤花だ。手に一冊の本を持ち、少しばかり嬉しそうにしている。

 ここまではいつもの朝の一コマだが、今日は普段とは一味違った。


「君が陸人君か、どうもはじめまして。僕は三崎海棠みさきかいどう。主に骨董品の鑑定をしている」


 二階から新たに現れた人物は、灰色の着物に紺の羽織を着た男性。身長は藤花と同じか少し低い程度だが、藤花より幾らか歳上のような雰囲気だ。その長髪を一つにまとめ、肩の上に流している。顔、体つきからして女性に間違われても不自然ではないだろう。

 そして最も驚くべきは、その髪や顔、手足に至るまで真っ白だということだ。


「驚かせてしまったかな。僕は先天性白皮症の患者、簡単に言えばアルビノなんだ」


 先天性白皮症——通称、アルビノ。

 メラニンの生合成に支障をきたす遺伝子疾患であり、その結果、メラニン沈着組織の色素欠乏を引き起こす、先天性の病。


 海棠はその白髪の頭を掻きながら、どこか申し訳なさそうな笑みを浮かべそう言った。このようなことには慣れているのか、陸人にそれ以上の驚きを与えることはなかった。その仕草、表情、言葉、どこをとっても普通の日本人のそれだ。


「そうだったんですか……。すみません、少しびっくりしました」

「ははっ、君は正直だね。全然良いよ。中には露骨に僕のことを嫌がる人もいるからね」


 陸人の素直な謝罪を海棠は軽快に笑い飛ばした。陸人には、その言葉に後ろめたい感情はこもっていない様に思えた。自虐的な言葉を口にするものの、それに関しては特に気にしていない、ただ事実を述べたまで。そんな様子だった。


「彼は私がいつも鑑定を依頼している鑑定士でな。性格に難ありだが腕は確かだ。先日入手した万葉集の写本の鑑定をして貰っていたのだ」

「褒めるなら褒めてよ、矢野君」


 海棠の抗議を尻目に藤花は手に持った本を陸人に軽く見せ、昨日と同じようにカウンターの後ろにある棚にしまった。


「なるほど。それで結果はどうだったんですか?」

「ああ、私の見立て通り江戸時代の物だだった」

「細井本といってね、江戸時代初期の写本なんだ。今のところ一巻から三巻、とんで七巻から二十巻までは発見されてたんだけど、なんとこれはまだ見つかっていない五巻なんだ。ホント、矢野君はこれをどこで見つけてきたのか……」

「それは企業秘密というやつだぞ、海棠」


 海棠は藤花に目をやり、驚き半分、呆れ半分でそうこぼした。それに藤花はどこか悪戯めいた笑みを持って返す。


「あれってそんな貴重な物だったんですか。というか、つくづく思うんですが藤花さんの骨董入手経路って一体……」

「それは万葉集の写本の価値もわかっていなかったお前に教える義理はないな」


 陸人の呟きも藤花の正論の前に崩れ去り、藤花の万葉集の入手経路については闇に葬られてしまった。


「じゃあ僕はこの辺で失礼しようかな。この後も仕事があるし」


 海棠はそう言うと、陸人の前を通り扉まで歩く。途中に海棠の白髪が陸人の目に映った。その髪は、朝の光を受けて白金のような輝きを放っていた。


「ああ、朝早くに悪かったな。また今度飲みにでも誘いたまえ」

「君は相変わらず上から目線だね。ただでは謝らないというかなんと言うか……まあ、考えておくよ」


 藤花の言葉に振り向く海棠。苦笑いを浮かべながらもやぶさかではないようだ。


「ああ、それと陸人君」

「? なんでしょうか?」


 海棠は何かを思い出したかのように陸人へ目を向ける。


「君はとても面白いね。よくお人好しだとか言われるんじゃないかい?」

「確かに大学の後輩に毎日のように言われてますが……何故わかったんです?」


 陸人は、いつも自分に悪態をついてくる無表情な後輩を思い浮かべながら答えた。実際海棠と話したのは一度きりで、とてもそんなことを判断できるような会話でもなかったはずだ。その返答に海棠は含みのある笑みで、


「君はいつもそうしてきたのだろう。人を疑うということをしない。信じることはしても、その反対の考えを持つことはない。君は、懐疑から逃げているんじゃないのかい?」

「懐疑から、逃げている……」


 海棠の、陸人の質問をまるで無視した言葉は、研いだ氷柱つららのように陸人の心に突き刺さる。それは陸人にとって、全く意識したことのない、未知の言葉だった。

 海棠はそんな陸人の様子を見ると、表情を一転、初めの穏やかな笑みに戻った。


「なんて、ちょっと言ってみただけだよ。まあ、また今度時間のある時にゆっくり話そう。じゃあ、またね」


 そう言って海棠は店を出た。陸人は徐々に小さくなる海棠の背中を、ただ眺めることしかできなかった。

 藤花はそんな陸人の肩に手を置き、可笑しそうに緩めた口を耳元に近づけて一言。


「どうだ? とびきり性格が悪いだろ?」


 陸人は少しの間をおいて答える。


「ええ、びっくりするぐらい」

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